43. 嫉風、すさぶ
前回のあらすじ!
ラスターさんとシルちゃんは謎の泥棒・シルフィー=アランドロンと魔王の手下サラメーヤの繋がりを探るため、二人の故郷であるゴーフー村にやってきていました! 私は置いていかれました!
ゴーフー村はシルコの故郷、勝手知ったるものである。早速ラスターとシルコは村の住民に聞き込みを開始した。
「まずは前村長のお家ね! こっちこっち!」
何度も盗みに入った家なので自宅に帰るよりもスムーズに侵入することができる。しかし今日は勇者も一緒なので堂々と正面から入らねばならない。
「コンコン。お邪魔しまーす」
「口で言うのか……」
マーシー前村長ご本人が出迎えてくれた。シルコの“顔”も憶えていたようで、約10年ぶりの再会を喜んでいた。まあ中身は何度も盗みを働いたコソ泥なのだが。
「シルコちゃんは……あまり変わってないですね。元気そうでよかった」
「え、ええ、まあね。思い出話はいいんですよ!」
されると墓穴を掘るからである。ラスターが真面目な顔で切り出した。
「あの……娘さんのことなんですが……」
「だと思ってました。私も信じられませんよ……」
自分の娘が魔王の手先として世界に宣戦布告していたのだから信じたくないだろう。ところがどっこい事実である。
「サラは本当にいい子だったんですよ……それがあんな……」
「えっ、サラ?」
「あぁ、サラメーヤだからサラ、そう呼んでました」
「すみません、妹の名前がサラなので……」
勇者特有の過剰反応である。
「そうでしたか……またサラと呼べるんだろうか……」
「マーシーさん……」
シンパシーが発生した。シルコは両者を冷ややかな目で見つめた。
「おね……サラメーヤさんの話はぁ?」
「おぉ、そうでしたね、すみません」
マーシーは一礼して再び話し始めた。ラスターも気まずそうに頭を下げ返した。
「とにかく優しい子だったんです。困っている人がいたら私よりも先に駆けつけて手を差し伸べて」
「そうですか……シルフィー=アランドロンもその一人ですか?」
「彼女のことまで知ってるんですか……ええ、シルフィーちゃんは、何と言いますか、手癖が少し悪かったので、当然良く思わない人も多くいまして」
かなりオブラートに包んだ言い方をしているが、当の本人は悪いとも何とも思っていないのである。見よ、シルコのこの無の顔を。聞きたくない情報をすべて遮断している人間の顔である。
「サラメーヤも彼女が更生できるように心を尽くしておりまして、それでよく一緒にいたのですが……あの日突然、姿を消してしまいまして……」
「あの日ってのは……」
マーシーはためらいがちに、声を低くして答えた。
「シルフィーちゃん達が殺されたのと同じ日に……娘ですから、当然信じたい、しかし、タイミングがあまりにも……」
嗚咽をこらえながら話してくれた。しかしどうやら彼はシルフィーが生きているということはまだ知らないようだ。
だがシルフィー本人はそんなこと、どうでもいいのである。それよりも彼女が引っ掛かったのは別のポイントだった。
「お姉様が私の家族を殺すわけないでしょ!!」
思わず立ち上がって怒鳴りつけたが、その後にすぐ己の失策に気が付いた。ラスターもマーシーも目を丸くしている。
「…………シルフィーちゃんが聞いてたらそう言うんじゃないかな」
かなり苦しいがこれが精一杯である。しかしマーシーは、自分を励ますためにそう言ってくれたと解釈したようだ。
「ありがとう、シルコちゃん。……そうだ、一つ思い出しましたよ!」
そう言われて紹介された村民のお宅へ伺うことになった。
「薄暗かったんでよく見えんかったんじゃがのぉ~……あれは多分、マーシー村長の娘さんと流れ者の子どもじゃったと思うぞえ」
杖をついたお爺さんが丁寧に教えてくれた。つまりサラメーヤはシルコを連れてこの村を出た、ということになる……
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シルフィー、私がいいって言うまでこれを被ってなさい。大丈夫、私が一緒にいてあげるから。
そう言いながら被せてくれた仮面は少し湿っぽくて滑るような感触がした……
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「シルコ? ボッーとしてどうした?」
「……何でもない」
「こう言ってるけど、間違いないのか?」
「シルコがサラメーヤさんと? シルコが……」
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いいなぁ、あいつ流れもんの癖にみんなから好かれて。よそ者のガキにあんな優しくしなくていいのに。
そんな心の狭いこと言わないの。それに、私はシルフィーのことも好きよ?
本当!? やっぱりサラメーヤさんは分かってる……
うん。だから、皆にもシルフィーの魅力を知ってもらうために、まずその盗み癖治そうか? 私の指輪返して。
……やっぱりそうなるか。
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「……違う。シルコじゃない」
「違う? それじゃあ誰が」
「シルフィーだもん、サラメーヤさんと一緒にいたのはずっと! シルコじゃない!絶対あんな奴じゃない!」
「わ、分かったから、一旦落ち着け」
ついカッとなってしまった。ラスターも面食らった様子でシルコをなだめている。杖をついた老人もガタガタ震えている。いや、これは足腰が弱いだけだ。
「それじゃあ、つまり、シルフィー=アランドロンがお前に……シルコに成りすましてた。そう言いたいのか?」
「!! え、いや、そこまでは言ってない、それは、どうかな?」
(偶然にも)ほぼ正解に近いところまでたどり着いてしまった。シルコは、否、シルフィーは、もう笑ってごまかすことしかできなかった。
「そういうことか……だとしたら少女の遺体はどこから? 一体誰の……」
「そ、そうだよ! きっとこのジジイの見間違いだよ!」
「いやぁ~……ワシはハぁッキリとこの目で見たぞえ」
「そうですか、ありがとうございました」
にこやかに一礼して立ち去っていく。シルフィーが本当のことを話せばすべての謎は解けるのだが、彼女がそんなことをするはずがない。シルフィーは警戒の目をラスターに向けている。
「よし、じゃあ行くか」
「か、帰るの!?」
「いや、最後にもう一つ」
そう言って連れてこられたのは、シルフィーにとって一番見慣れた場所だった。
「シルフィー=アランドロンの実家だ。ついでだし少し調べていこう」
これほど気が重い里帰りもなかなかないだろう。里帰りと言ってもシルフィーを出迎える家族はもういないわけだが。
「家人がいないとはいえ勝手に入っていいわけ? それに撤去とかしてないの?」
「駐屯してる衛兵から許可取ってある心配すんな。事件が未解決だから撤去するわけにもいかないそうでな」
シルフィーは今すぐにでも家の者として侵入拒否したいところだったが、それをやっては本末転倒、正体がばれてしまう。
「それにしても……惨いな」
家の内装は不規則な赤のまだら模様で彩られていた。遺体は既に存在しないが事件の痕跡はこの通りである。
「シルコ、何か気づいたか?」
「いやぁ、特に何も……ここで人が死んだんだなぁって」
これは偽らざるシルフィーの本音である。両親が殺された現場だというのに薄情なものだ。
「ねぇ、早く帰ろうよ。オバケとか出たら……ッ!?」
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お前はいつもいつも! どこまで人様に迷惑かければ気が済むんだ!
もういい、そんな手は切り落としてやる!
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「…………父さんが悪いんだもん」
さっきまで何かに怯えてビクビクしていたシルコが、急に大人しくなったのでラスターは逆に違和感を覚えた。
「どうしたシル……」
パリーン
心配して声を掛けようとしたその時だった。上階で窓が割れる音がした。
ラスターは慌てて階段を駆け上がった。そこには──
「ごきげんよう、勇者くん。小さな女の子をこんな場所に連れてくるなんて、感心しないわね」
ラスターはそいつの顔を知っている。つい先日脳裏に焼き付いたばかりだ。月光を背に立つその女は──
「サラメーヤ……!」
続く!




