4. 勇者ラスターは教えられない
前回までのあらすじ!
私、オシノチギリ! ひょんなことからファンタジー世界に転生しちゃった私は、勇者ラスターさんのお嫁さんを探してあげることに! それなのにラスターさんったら酷いんです! 私の邪魔したうえにお嫁さん候補への接近を禁止されちゃったんです! でも私はあきらめません! ネバギバです!
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私、重大なことに気づいてしまいました。これはラスターさんに相談しないといけません。今度はちゃんと部屋の扉をノックしてから入ります。また裸体を見せつけられたら、たまったもんじゃないですからね。
「おはよーございます!」
「おう」
……そっけない挨拶ですね。もうちょっと愛想よくできないんですかね? それはそうとボマードさんの姿が見当たりませんがどうしたんでしょう?
「ボマードさんは?」
「自宅だよ。もうすぐ来るだろ」
ボマードさん自宅あったんだ……ラスターさんの付き添いで一緒に泊まっていただけのようです。そりゃそうですよね。いい大人が自分の家も持たずにフラフラこんなボロ宿に泊まってるなんてないですよね!
「……お前失礼なこと考えてるだろ」
「家、全然! それより相談したいことがありまして!」
「何だ?」
「ラッさん、魔法ってどうやって使うんですか?」
「お? ケンカ売ってんのか?」
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「それでこの険悪ムード、というわけですか……」
それから少ししてやってきたボマードさんが、ベッドに座った私たちを困った顔で見降ろしています。私は悪くないです。ラスターさんが勝手に怒りだすからいけないんです。
「怒ったわけじゃねえよ。魔力のない俺にそれを聞いてどうすんだ?って話だよ。そうだろ?」
「裁判長! 被告は嘘をついています! もっとトゲのある言い方でした!」
「誰が被告だ!」
「まあまあ、お二人とも落ち着いて。腹が減っては腹も立ちましょう。ひとまず朝食にしませんか?」
そう言ってボマードさんが取り出したのは、おいしそうな焼き立てフランスパン。呼び方が適切でない気がしますが形がフランスパンなんですもの。食べ物でご機嫌とろうったってそう簡単には行きませんよ……
「あ、おいしー!」
「……うまいな」
表面の香ばしい香りが鼻腔を吹き抜けるのと同時にフワフワとした中の触感と小麦の自然な甘みがお口の中に広がって完全調和─パーフェクトハーモニー─を生み出す、まさに至福の味わい! 優しさのフランス革命! 私もラスターさんも食べ終わるころには喧嘩のことなどすっかり忘れてしまっていました。
「俺も少し言い過ぎた。……魔法は、他の人に教えてもらえ」
「私の方こそ無神経なこと言ってすみません! それじゃあ教えてもらいに行ってきますね!」
仲直りもできたことですし、これで後顧の憂いなく魔法を習いに行けますね! ……しかしラスターさんはそんな私の襟首を掴んで引き留めました。仲直りしたはずでは!?
「お前、どこ行く気だ」
「餅は餅屋、魔法は魔法屋ですよ! というわけでリリスさんのところに……」
「ダメに決まってんだろ!? あいつお前のことまだちょっと怖がってんだからな!?」
「何ですかそれ、彼氏面ですか。あいつは俺が守るってことですか。えへへへへ……」
「このガキ、まだ諦めてなかったのか……」
「今度は上手くやるから大丈夫ですよぉ!」
「その時点でアウトなんだよぉ!」
「……この喧嘩は犬も食いませんな」 ワン!
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そんなこんなですったもんだあったわけで、結局魔法はボマードさんに教えてもらうことになりました。最初からこうすればよかったですね!
「……で、私たちどこに向かっているんでしょう?」
「何で俺まで……」
なぜ登山をしているんでしょう? 山を二つも越えたのにまだ歩いているのでしょう? ボマードさんはなんであんなに元気なのでしょう……
「この山を越えれば、私が修行していた寺院があります。もうすぐですよ!」
「もうすぐとは」
そしてやってきました、修行の場、新しい新天地! 疲れました! ここがボマードさんが修行されていたという『ザラアストゥラ寺院』! ドーム型の屋根と真っ白な柱がいっぱい立ち並んだ、大迫力の建物が私たちを出迎えてくれています。なんだかマハラジャ感のある荘厳なお寺です! くぅー!
「どんな修行するんですか!?」
「まず肝要は精神修養です。魔力の放出自体はそう難しいことではありませんが、きちんと量を調節できないと暴発して本人や周囲に危険が及んでしまいます。チギリさんの場合魔力が多いですから特に」
「なるほどぉ……ドーンと来いです! どんな修行でも耐え抜いてみせますよ!」
「よろしければラスター殿も是非ご一緒に」
「……ただ待ってるよりはいいか」
「はい、それでは参りましょうか!」
「まっほう、まっほう!」
かくして私の魔法修業が幕を開けました。チギリちゃんの大魔導師伝説がここから始まるのですよ!
「あびゃっはぁぁぁぁぁぁ!! し、死ぬ! 死んじゃいますって!」
「なぜ俺までぇぇぇぇぇぇ!!」
寺院の裏手にある滝に打たれることおよそ1時間。痛みに慣れることはなく、絶え間ない苦痛がダイレクトアタックしてきます。寒いです。
「お二人とも集中が足りません。水の流れに身を委ね、せせらぎの音と心音のリズムでハーモニーを刻むのです!」
可哀想に、ボマードさんはおそらく度重なる滝行で頭皮の痛覚がお亡くなりになってしまったのでしょう。私はこんな瀑布をせせらぎと思うことはできません。鎌倉室町江戸ですよ。
「おっ、ラスター殿はいい感じに集中してきましたな!」
「うそぉ!?」
「後で殺す後で殺す後で殺す後で殺す後で殺す後で殺す後で殺す後で殺す後で殺す後で殺す」
「チギリさんもあのように心を穏やかにするのです」
「むしろメチャクチャ荒ぶってますよ!」
私たちの激しい修業は1週間にも及びました。お寺のご飯がおいしかったです。いつしか滝の水は大海にそそぐ一筋のせせらぎとなり優しく私の脳天を撫でていました。そして私は悟ったのです。この大いなる空には星も月も太陽もなく、己の誇りと信念だけが気高く光り輝く一等星であるということを。我は神をも凌駕する存在。光輝なる魂よ、奔流する生命よ。天駆ける稲妻となりて虚空を焼き払え、汝の命運を己が手に。
「おい、チギリ……?」
「おお、邪を討ち滅ぼす運命の剣士よ」
「ボマード、こいつ大丈夫か?」
「ふむ……精神の乱れ……でしょうか?」
「はーい、チギリちゃんですよ☆いい修業でしたね!」
はて? 私は一体どうしていたんでしょう。ともかくあんな修行をもう一回なんて言われたらブチ○してやるところでした。危ない、危ない。
「それではチギリさん、庭に薪を組んでありますから、魔法で火を付けてみてください」
「お任せくださいよ!」
ローブと帽子を身につけて杖を持ったらさあ出発です。では参りましょうか、正義の魔法使いチギリちゃんの記念すべきデビューの瞬間です!
身につけたローブによって全身の魔力の流れが均一になっているのを感じます。これこういうアイテムだったんですね。そして杖が発射口のようなもの、ですか。あれ、それじゃあ帽子は何の意味が……それは後で聞きましょう。
右手に握った杖の先っちょを薪の方に向けて意識を集中させます。そして体内の魔力の流れをまず右腕に傾注、そこから右手を通じて杖に伝わらせて……炎を強くイメージして、と。
「それじゃあ行きますよ!」
寺院の庭には僧侶全員が集められて水魔法を発射する準備をしている。
「せーの……インフィニティヘルフレイム!」
チギリの杖から放たれた†インフィニティヘルフレイム†は組み上げられた薪の中心に点火し、瞬く間に†インフィニティキャンプファイヤー†が完成した。
「やったー! できましたよ!」
「凄いではありませんか! よく頑張りましたな」
記念すべき私の初☆魔法ですよ! へっへーい! しっかり目に焼き付けておくがよいですよ! そうですね、この焚火で焼き芋でも焼きましょうか……
「おい、喜んでていいのか?」
何ですかラスターさんったら水差してきて……ははぁ、さては私の神の才能に嫉妬してるんですね? やれやれ、器の小さい勇者様です……
「ラッさん……素直に褒めてもいいんですよ?」
「そうじゃねえよ! なんか……炎が広がってないか?」
「ほへ?」
【インフィニティヘルフレイム】
古来より伝わる炎魔法。その威力の大きさとコントロールの困難さ、使用する魔力の膨大さから禁術の一つとされている。この魔法は、最初の発火にのみ術者の魔力を必要とし、その後は炎が互いを火種としあって、その名の通り無限に燃え広がり続ける。
(『魔法大百科』王立文部科学院編 より)
チギリが適当に叫んだ魔法名がこの世界に偶然存在していたため、これまた偶然発動してしまったのだ。†インフィニティヘルフレイム†は一瞬にして薪を食らい尽くし、ザラアストゥラ寺院の中庭までもを覆い尽くさんと成長を続けていた。
「何やってんだチギリィいいいいいい!!」
「ごめんなさ~い!!」
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「はぁ……死ぬかと思いました……」
「万が一に備えておいて正解でしたな……」
チギリの†インフィニティヘルフレイム†は、僧侶たちの懸命な消火活動により消し止められ大事には至らなかった。
「そのローブと杖がなければもっと大事になっていたでしょうな……」
「はへぇ……やっぱり大事なんですね……」
そこでチギリは、帽子の役割について聞こうとしていたことを思い出した。
「そうだ、この帽子って何に使うんです?」
「帽子ですか? ……私にも分かりかねます、申し訳ありません」
恭しく頭を下げるボマードにチギリは恐縮した。そして、魔力がないラスターのことだからなんとなく雰囲気で買ってきてしまったのだろうと勝手に結論付けた。
そして、実はボマードはラスターがあの帽子を買ってきた理由を知っている──
『ラスター殿、あの帽子は? 魔力の使用補助ならローブと杖だけでいいはず……』
『……別に。似合うと思ったんだよ』
『ほぉ……なるほど、そうですか』
『何笑ってやがんだ……あっ、絶対あいつに言うなよ!』
『分かっていますとも』
ボマードはあの時のラスターの恥ずかしそうな表情を思い出して、思わず笑いそうになってしまった。
「ボマードさん、何笑ってるんです?」
「いえ、何でもありません」
「えー、気になりますよー!」
「早く寝ないと明日起きられませんぞ」
「気になって眠れませんー!」
夜はこうして騒がしく更けてゆく。そして君は知るだろう、見上げた夜空には星も月も太陽もなく、己の誇りと信念だけが気高く光り輝く一等星であr(ry