38. 似た者同士は惹かれ会い
前回のあらすじ!
残念ながら師匠は本気でリッキーさんの味方に付いてしまったみたいです……
しかしピスケスさんがそこに待ったを掛けました。ピスケスさんが語る師匠の、そしてラスターさんの過去とは!?
少しさかのぼってピスケス宅では
「『信じて』って言われたので」
「ほほう、それでそれで」
しかしピスケスさんはただニコニコとほほ笑むだけで…………本当にそれだけですか?
「あら、ピスケスちゃんってば意外と男に騙されやすいタイプなのかしら」
「いえいえ~私は可愛い女の子にしか興味ありませんのでご心配なく~」
「正体現したわね」
シルちゃんが汚らわしいものを見る目でピスケスさんを見つめています。ふむ、しかし師匠がそういうのなら本当に何か考えがあるのかもしれません。
「ピスケスちゃん、でもどうしてそこまで信頼するの?」
「そう、あれはもう8年も前のことです」
「急に語り始めました!」
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「ぴすけすさん、ありがとー!」
「いえいえ~質問があったらいつでも来てね~」
当時魔法学校に通っていた私はたくさんの可愛らしい後輩に囲まれて楽しく学園生活を過ごしていました。
ピスケスさん、後輩ってどれぐらい下の……
そんなある日でした、彼が私たちの学舎にやってきたのは。
「ピスケス。また後輩にちょっかいかけてんのか?」
「あらクロウリー君、健全な交流ですよ~それよりリッキー先生のところにいたのでは?」
「いやぁ、なんか先生変なのに付きまとわれててさ」
そう言いながら、廊下の窓越しに中庭を指さしました。校内に不審者がいるとあっては後輩たちも不安でしょうからね、正体を見極めないとと思ったわけです。
「あれは……ラスターくんじゃないですか~」
「え? 知り合いか?」
「ええ、もちろん~彼が今の勇者ですよ~」
「へぇ!? あいつが? えぇ~」
ラスターくんが何をしに来ていたのかは知りませんでしたが、取りあえずまずは気になったので直接話を聞いてみることにしたのです。
「ラスターくん、ですよね?」
「ピスケスさん……」
「任命式以来でしょうか~元気でしたか?」
「はぁ……それで、そっちの人は……」
「この学校の生徒だ。お前、先生に何の用だ」
ラスター君は少しバツが悪そうにしていました。しばらく黙っていましたが、その後伏し目がちにしながら小さな声で答えました。
「リッキー老師に……魔法を教えてもらおうと思って……」
その時はラスター君の事情なんて知りませんでしたから、あくなき向上心に感心した物です。しかしクロウリー君はそうではなかったようです。
「あのな、先生は忙しいんだよ。大体あんた勇者なんだから、わざわざこんなところ来なくたって王様に頼めば魔法教えてくれる人間ぐらい用意してくれるだろ?」
「それは……まあ、そうなんだが……」
言われてみれば不思議でした。彼はどうしてわざわざここまで来たのだろうかと。
「クロウリー、彼は魔力がないんじゃよ」
「あっ、先生! ……えっ?」
「あら~それは……」
にわかには信じがたい話でした。どんな人でも多かれ少なかれ魔力は持っているものです。そんな人に会うのは初めてでした。それがしかも勇者様だったなんて。
「ラスター君、さっきも言ったが、君に魔力がない以上、魔法を使うのは不可能。聞くところによると、君には剣術の才があるのだろう? できぬことに無駄な時間を割くより、長所を磨きなさい」
先生のおっしゃることは正論でした。押し黙るラスター君に向かって先生はさらに続けました。
「今はこんなことを言っても意味が分からないかもしれない。だが言わせてもらうよ。君は誇りに思うべきだ、自分に魔力がないことを」
「……どういう意味です?」
「そのうち分かるよ。今日のところは諦めて騎士団長に稽古でもつけてもらいなさい」
少し煮え切らない様子でしたが、ラスター君はそこでいったん帰っていきました。先生がよく分からないことを言って煙に巻いてくるのは日常茶飯事だったので私たちは何も思いませんでしたが。
「しかし“魔力がない人間”と“勇者”が同一人物ってどんな確率だよ。先生、追い返してよかったんですか?」
「我々にはどうする術もないよ。気になるならお前が稽古を付けてあげるか?」
「えぇ~それはちょっと……先生?」
先生は首元を軽く押さえて何やら考え込んでいるようでした。一度考え込んでしまうとこちらの声は聞こえないので考えが纏まるまで待つしかありません。
「勇者に魔法が使えずとも相手には関係ない……ふむ、君たち、魔法を使う敵を想定した訓練に付き合ってあげなさい」
私は良い提案だと思いましたが、クロウリー君はあからさまに面倒くさそうな顔をしていました。
「俺はやめときますよ……自分のことで手いっぱいだ」
「あらあら~いいんですか? 私とラスターくんの二人きりになっちゃいますけど~」
「心底どうでもいいんだが」
勇者のサポートは十二神官の仕事の1つですから、私は喜んで協力しました。
あの、師匠がログアウトしたんですが……
焦らないでください~それはここからです。そんなこんなで一週間ほどが経過しました。
「よっ。今日も勇者と一緒だったのか?」
「はい~そういうクロウリー君は先生に絞られてましたね?」
「……いや、進路のことでちょっとだけな?」
「あらまぁ、大変ですね~」
「まあ最悪兄貴の助手とかでもいいかな、って」
「最悪とか言ったらお兄さんが泣きますよ~?」
「そりゃそうだ」と少し笑った後、意を決したように口を開きました。何を言ってくるのかと思えば、実に可愛らしい質問でした。
「あの勇者って……ちゃんと強いの?」
「やっぱり彼のこと気になってるじゃないですか~」
「そりゃ気になるだろ……怖ェもん」
「ああ~怯えてるんですね~? ラスターくんがホントに自分たちを守れるのかって」
「ち、違う! 一国民として当然の疑問というか、その……」
私は何も心配していませんでしたが、クロウリー君が傷ついた小鳥のように怯えていたので実際に見てもらうことにしたんです。
散々な言い様です!
「あー、クロウリー? 今日のところはこのぐらいで……」
「うるせぇ! もっかい!」
クロウリー君は魔力の限りを尽くしましたがラスター君に尻餅一つつかせることはできませんでした。
「これじゃあどっちが付き合ってあげてるか分かりませんね~」
「笑ってないで止めろよ」
「シャッこい、オラァ!」
何はともあれクロウリー君の勇者に対する不信は解消されたわけです。そこから二人はどんどん仲良しになっていきました。
「いいよなお前らは進路が決まってて。俺の進路も神託で決めてくれないかな」
「そんなアホな」
「ちゃんと考えないとダメですよ~」
それと同時にラスター君や私にこんなやっかみをぶつけてくることも多くなってきました。クロウリー君は悩み続けていたのです。
「じゃあ逆によ、家系とか神託抜きだったら何やりたかった?」
「「………………」」
「ほらな! そういうもんだよ!」
私はそんなこと考えたこともありませんでしたから。しかしラスター君はそうでもなかったようです。
「……夢なら、あったかな」
「おう、何だ、言ってみろ」
「世界中の人を理不尽な死から救いたい、って夢」
一点の曇りもない瞳で言い放ちました。私とクロウリー君は、正直に言って、圧倒されてしまいました。
「あんなこと心の底から言っちゃうんだもん。あいつ根っからだわ」
「ですね~」
「俺は自分が恥ずかしい。そしてお前が羨ましい」
「えっ? どうしてですか~」
「あいつみたいな勇者なら、俺も支えたいと思った」
恥ずかしそうにそう言ったクロウリー君が、私は嬉しかったです。彼のような、十二神官でも役人でもない“ただの国民”が勇者を支えたいと思ってくれたことが。
そこで私はクロウリー君に“入れ知恵”をしました。
「ところで勇者って魔王が復活するまでは何をするんだ?」
「そうだな……主には暴走してる魔物を退治したりかな」
「ふーん、それじゃああちこち飛び回るんだな」
「まあそうだな」
「空間魔法とか使えたら便利だろうな」
「だから魔力ねぇんだって」
しかしなかなか思い通りにはいきません。聞いていてラスターくんの鈍感さにため息が出そうになりました。
「クロウリー君~もっと素直に言わないと~」
「いやぁ、でも、なんかなぁ……」
「できないなら私から言いましょうか?」
「お前は変な伝え方するだろうが!」
説得の末、ようやくストレートに思いを伝える覚悟を決めてくれました。……と思った私がバカでした。
「どうしてもっていうなら魔法使いとして? お前の手伝いしてやってもいいけどな」
「何で上からなんだよ」
本当にがっかりしましたよ。ですが私も精一杯のフォローを
「いいな~私も十二神官の仕事がなければ~」
「まだ一言も、連れてくって言ってねぇから」
「意地悪言わないで土下座してあげればいいのに~」
「こいつもそこまで言ってねぇだろ!?」
あの……それフォローになってるんです?
ん~?
「俺が仲間になるんだから土下座ぐらい安い安い」
「便乗してんじゃねぇよ!」
そして私の完璧なフォローによって風向きが変わってきました。
どこに完璧なフォローが……?
「まあでも、土下座まではさせなくていいんじゃないですか?」
「ん……それもそうだな……って、言い出したのお前だけどな!」
「そうか、それなら安心して頼めるな」
私のフォローの甲斐あって、ラスター君はクロウリー君をお供にすることに決めたのです。ちなみにこれは“ドアインザフェィス”という交渉術です。
……もはや突っ込むまい。それにしてもラッさんて本当唐突にデレますよね。
「まあっ、それじゃあ~」
「うん。クロウリー、お前の力が必要だ」
「……しょうがねぇな。そこまで言うなら力貸してやるよ」
「ホントは嬉しい癖に~ふふふ」
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一通り話し終えたピスケスさんは満足気にほほ笑んでいました。何でしょうこの……好き勝手に暴れてただけなのに自分のお蔭と言わんばかりの態度……恥ずかしくないんでしょうか……
「チギリちゃんも人のこと言えないでしょ」
「へ? 何の話ですか?」
まあピスケスさんのことはさておき、ラスターさんと師匠の間には熱い友情の絆の繋がりが結ばれていたんですね。
「だからクロウリー君がラスター君の足を引っ張るようなことはしないんです、絶対に……」
「私もそう思いますです! ししょーはししょーです!」
「ほんとぉ? シルコは怪しいと思うの!」
「あたしも同感だわ。結局ピスケスちゃんの主観じゃない」
アムールお姉さんは厳しいです。しかしそう言われてしまうとぐぅの音も出ません。
「大丈夫ですよ~もし見当違いだったらその時は……私が始末を付けますから」
「へぇっ!?」
さっきまで感動の友情小噺をしていたのに急にそんなこと言うなんて! 温度差で風邪ひきますわ!
「責任ならきちっと取りますよ~だからお願いです、麗しきアムールさん」
媚びてます!
「……そこまで言うなら仕方ないわね。今のところは見逃してあげるわ、今のところは」
媚が通じてます!
「ありがとうございます~それじゃあ次はチギリちゃんの番ですね~」
「ほえ? 私が何か?」
「ちょうどアムールさんも来てますから~いろいろ思い出してもらいましょう」
不気味にほほ笑むピスケスさん、そして無言で近付いてくるアムールさん。何か嫌な予感がします。
続く!




