23. 怪盗少女は取り入りたい
前回のあらすじ!
ある意味最大の危機だったかもしれません。しかし、私のお蔭で無事に二人とも脱出できて、レーティングも守られたわけです!
そういえばスーミンおじさんはボマードさんと別れた後どこに行ったんでしょうね?
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「いやぁ~くたびれた!」
スーミンはわざとらしくため息をつきながら、魔王陣営のアジトに帰ってきた。糸目の男も、これまたわざとらしく両手を広げて出迎えた。
「お疲れ様、スーミン。勇者様ご一行はどうだった?」
「変わり者ですわな。ありゃ一筋縄じゃ行きやせんぜ」
スーミンは糸目を軽く押しのけソファに倒れ込んだ。ソファの隅っこに座っていたシルフィーは邪魔そうに顔をしかめた。
「おっさん、場所取りすぎ!」
「へいへい、すいやせんねぇ」
シルフィーはスーミンに嫉妬している。なぜなら「自分より落ち着きがあるから」だ。スーミンは頭をかきながら起き上がった。そして、そのタイミングを見計らったように、糸目が口を開いた。
「やっぱり厄介そう? それはそうだよねぇ……」
「何だよもったいぶって?」
シルフィーは不機嫌そうに糸目を見つめた。シルフィーは糸目に嫉妬している。なぜなら「自分より賢そうだから」だ。
「こちらとしても、勇者に邪魔されすぎると嫌じゃない? だから向こうにスパイを送り込めないかと思ってね……」
「あっしはパス。面倒だ」
「だよねー。僕でもいいんだけど……ほら、僕って胡散臭いでしょう?」
「そうだな」
シルフィーが即答すると、糸目はわざとらしくずっこけて見せた。こういう行動が胡散臭そうに見える原因だというのは本人は気づいていない。彼はただ親しみやすいようにしているだけのつもりなのだ。
「噂によるとね、あの勇者様、子どもには特に優しいらしいんだよね」
「私はこの辺で……」
シルフィーは嫌な予感がしたのでこの場から立ち去ろうとしたが、糸目の男はその細い目で彼女の姿をしっかりとらえていた。疾風のごとく逃げ出した彼女の動きが突如停止した。
「ぬまぁっ……金縛り……⁉」
「僕ねぇ、シル子ちゃんが適任だと思うんだ。ちんちく……童顔だし」
「シル子って言うな! それと誰がちんちくりんだ!」
糸目は楽しそうに笑った。彼は心から笑っている。
「いいじゃん、やってごらんよ」
「無理だよ! 私指名手配中だし、あいつらには顔割れてるし……」
「顔ぐらい変えられるでしょ? 何のために怪盗やってるの?」
「お前怪盗を何だと思ってるんだ!?」
「えっ、できないの?」
「できないよ!」
強情なシルフィーに糸目は困り果ててしまった。そこにもう一人の仲間が戻ってきた。
「ディヒター? 私の妹分に何してるの?」
シルフィーが“お姉様”と慕う女・サラメーヤだ。糸目の男改めディヒターは彼女に事情を説明した。シルフィーは当然、サラメーヤは自分の味方をしてくれるものだと思っていた。
「あら、そう。いいんじゃないの?」
「お、お姉さま⁉ いや、ほら、私顔知られて……」
「顔ぐらい私の力で変えてあげるわよ」
「いや、待って、いや……いやぁ~!」
魔王の根城に、シルフィーの情けない声が響いた。
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「勇者一味に接触って言っても……どうすればいいの……」
シルフィーは途方に暮れていた。自分を探している衛兵が山ほどいる王都に放り出されて、以前自分を捕まえた勇者に取り入れというのだ。
「ぐすん……お姉様まで私を裏切るなんて……」
シルフィーは一人泣いた。人通りの多い往来のど真ん中で一人うずくまって泣いていた。非常に迷惑であった。
──あなたにしかできないことよ。期待してるわ。
シルフィーはサラメーヤの言葉を思い出した。そうだ、これは自分にしかできないことなのだ。シルフィーは奮い立った。実に簡単な女である。
「そうと決まれば、早く勇者一味を見つけないと!」
シルフィーはもう泣くのをやめた。往来のど真ん中に立ち止まって周囲をキョロキョロ見回した。非常に迷惑であった。
「ん? あのガキは……」
あのガキ──シルフィーは自分と大して見た目年齢の変わらない少女を見てそう呼んだ。実際彼女の方が一回りほど年上なので、おかしくはないのだが。
「ウリたん、あっちで焼き芋売ってますよ!」
「ぶほ!」(うまそうだぜ!)
「でもお財布を忘れてきましたよ!」
「ぶほ!」(残念だぜ!)
茶色いイノシシの背中に乗って歩く少女の姿を見てシルフィーは嫉妬した。理由は「楽しそうだから」だ。そして、あの少女こそが勇者一味のチビ魔法使い・オシノチギリだ。
「……近づいた方がいいのかな」
しかし、シルフィーは生まれてこのかた、友達などいたことがない。つまり平和的に他人と接触する方法を知らないのだ。シルフィーは一か八かチギリの前に飛び出した。
「ああ! 痛ぁい!」
「ほえ⁉ 何事です!?」
風の如き速さでチギリの前に飛び出したシルフィーは、歩くウリたんにわざと正面衝突した。そう、当たり屋である。恵まれた身体能力を生かしてやることがこれなのだ。
「ぶひぶ……」(いや、でも全然スピード出してない……)
「うああ、痛いよ~」
「でもすごく痛がってます! 生粋の虚弱体質かもしれません!」
シルフィーの演技はお世辞にもうまいとは言えなかった。通行人もほとんど気づいていたが、それでもあっさりと騙されるチギリに、シルフィーは嫉妬した。理由は「心が純粋だから」だ。
「ウリたん、シザー先生のところに運びましょう!」
「ぶきゅるる」(あの旦那は獣医だろ)
「そうでした! それならとりあえず私の部屋へ!」
何こいつら、普通に会話してるんだけど⁉ ──チギリとウリたんを見たシルフィーの率直な感想であった。だが、シルフィーにとって都合のいい方に事態は動いていた。
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「ねえねえ、ウリたん」
「ぶひ?」(どうした嬢ちゃん?)
シルフィーはチギリの部屋のベッドに寝かされていた。アジトのベッドの方が寝心地はよかったので、特に嫉妬はしなかった。
「回復魔法を使ってあげようと思うんです!」
「ぶぉ!」(おお、それはいい!)
「でも私やったことないんです!」
「ぶぉ!」(おお、ぶっつけ本番か!)
「はぁ!?」
思わず叫び声をあげてしまった。こんなクソガキの練習台にされるのなんてごめんだ──シルフィーはそう思った。
「あー、もう直ったみたい! ありがとう!」
「本当ですか? よかったです!」
最初からケガなどしていないのだが。安心してニマーと笑うチギリを見てシルフィーは嫌な気持ちになった。
「ごめんね、最近寝てなくて……もう少しここで休ませてもらってもいい?」
「はい、もちろん! あ、私の名前はチギリです!」
シルフィーはチギリの自己紹介を聞いて、ただ「そう」とだけ答えた。自己紹介が返ってこなかったのでチギリはキョトンとしてしまった。
──シルフィー、挨拶されたら返すのが常識よ。
ここでお姉様から教えられたことを思い出した。自分も名乗らなければ──そう思った。
「わ、私は……」
しかし言葉に詰まってしまった。指名手配の身ゆえに“シルフィー=アランドロン”という名前は使えない。偽名など考えていなかった。そして彼女はとっさに──
「シルコです……」
こう名乗った。
「汁粉さん? 変わった名前です! よろしくです!」
「ぶひぶひ!」(うまそうな名前だな!)
シルフィー改めシルコは内心忸怩たる思いだった。よりにもよって、あのいけ好かない糸目男に付けられたあだ名を名乗ってしまったのだから。
「やっぱりまだどこか痛むんですか?」
「ああ、いや、大丈夫! うん!」
悔しさが思いきり顔に出ていたようである。チギリに心配されてしまった。チギリはまた安心したように笑うと、少しモジモジしながら話し始めた。
「あの……シルちゃんって呼んでいいですか?」
「え?」
「こっちに同年代の友達いないので……仲良くなれたらって……」
友達がいない──その言葉がシルフィーの心に刺さった。自分と同じだ。しかし、同時に何かが引っ掛かっていた。何だこの違和感は? そして気づいた。そうだ、チギリはこう言った。
「……誰が同年代よ!」
そう、見た目こそ大差ないが、年齢はシルフィーの方が一回りほども上なのだ。しかしこの反応は悪手であった。彼女はチギリと仲良くなるべきなのだ。
「ご、ごめんなさい……見た目だけで決めつけて……」
「あ、いや、私こそ……ムキになってごめん……」
少し気まずくなった。シルフィーは誰か助けてという気分だった。
「チギリ、誰か来てるのか?」
「げっ」
扉越しに声が聞こえた。以前シルフィーをひっ捕らえた憎き勇者の声だ。必死に取り繕っているが、シルフィーの瞳孔は開き切っていた。
──大丈夫、私を信じなさい。
自分の顔はお姉様が“変えて”くれた、大丈夫、気づかれない、チギリだって気づかなかった。そう自分に言い聞かせた。
「チギリちゃん! 私、勇者さんに会ってみたい!」
「へ? あ、じゃあ……ラッさん! 入って、どうぞ」
ラスターは無造作に扉を開けながら入ってきたが、ベッドの上にシルフィーの姿を認めると一瞬怪訝な顔をした。
「そいつは?」
「シルコさんです! そこで拾いました!」
いくらプライドのないシルフィーでも捨て犬のように言われるのはいささか不快であったが、作り笑顔で勇者に会釈して見せた。
「友達できたのか?」
「あ、それはですね……」
チギリは暗い表情で言い淀んだ。しかしシルフィー、この一瞬の好機を見逃さなかった。
「友達だよ! ねっ?」
チギリの顔がパァッと明るくなった。そして彼女は嬉しそうに何度も何度もうなずいた。
「そうか、同年代の友達できてよかったな。」
「ラッさん!!」
再び踏まれた地雷。しかしシルフィーは直情的であっても学習能力がないわけではない。落ち着いた様子で聞き流してみせた。だが内心でははらわた煮えくり返っていた。
「年上といっても、そこまで離れてるわけじゃないから……せいぜい2、3歳差よ」
精一杯の妥協点であった。必要以上に幼くみられるのは嫌でも、今回は“子供”として近づかなければならない。
「まだそんな年か……親はどうした? よければ送っていくが……」
「……親なんていないわ」
芝居ではない。シルフィーは盗み癖のせいで実の両親から勘当されていた。自業自得である。勇者はそんなこと知らないので悲しそうに「そうか」とつぶやいた。
「どうせ行く当てなんかないしさ、仲間に入れてよ! チギリちゃんと一緒なら私も嬉しいし!」
「シルちゃんさん……」
「行く当てなんかない、か……分かった、連れて行ってやる」
シルフィーは心の中で快哉を叫んだ。お姉様、見ていますか⁉ 私やりましたよ! と今すぐ伝えたかった。
そして勇者に仕える銀色の龍に乗せてもらって、次なる目的地へと同行した。そこは緑豊かな草原地帯。日の光のように真っ白な建物だけがぽつんと立っている。
「ヴァイスさん、その子のこと頼むな」
「うん、この子も今日から僕の家族だ」
シルコちゃんはスカイルーク孤児院に連れてこられた。潜入失敗である。飛び去る銀龍の背中を見つめながら、シルフィーは人目も憚らずに叫んでいた。
「何でこうなるのぉおおおおおお⁉」
続く!




