22. オシノチギリはRを守る
前回のあらすじ!
私とラスターさんはふもとの村の魔法屋さん『マジカル☆ケミカル オリヴィン山麓店』にやってきました! そこでいろんな魔道具を見せてもらっているのですがどれもイマイチ……店主のブルーメさん、気合入りすぎちゃってませんか? ちょっと不安です……
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──どうしてこうなったのでしょう。
私の手の平の上に小さなビー玉。そして、その中に閉じ込められたラスターさんとブルーメさんの姿。
「どうしてくれるんだよ、あんた……」
「私もどうしてこうなったのか……」
ブルーメさんはこう言ってますが、私には分かります。多分ブルーメさんのせいです。
さかのぼること数分前──
「チギリちゃん! 次はこれなんかどうかな!」
もはや敬語を忘れています。私はその方がいいですけど。
ブルーメさんが取り出してきたのは小さなビー玉のようなものでした。これは何をするアイテムなのでしょう?
「このボールは特殊な鉱石を成形した物でね、高度な空間魔法の術式が……」
「お話が難しいですよ……」
めっちゃ早口で言ってます。要するに、物を小さくしてこのビー玉の中に収納しておけるそうです。私はマントのフードが四次元ポケットなので必要ありませんが……
「その気になればこの店だって丸ごと収納できちゃうんだから! 何なら実演……」
「い、いいです! そこまでしなくて!」
ヒートアップしすぎて完全にオーバーヒートしてますね。必要ないのに……
「なあ、それは魔力がなくても使えるのか?」
ラスターさんが食いつきました。そういえばこの前、王都の食堂でご飯食べてる時……
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昼食時ということもあって店内はかなり混んでおり、私とラスターさんはカウンター席に並んで座っていました。
ガンッ、ガンッ
「……すみません」
「ああ、いえ……」
ラスターさんが背負っている剣の鞘が隣の人に当たっていました。すぐに剣を背負う向きを変えましたが、今度は私の背中に当たり出しました。
「……悪い」
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混雑した場所での剣は周りのご迷惑となるのです……気にしてたんですね。
「もちろん使えますとも! そういう人達のためにこそ、魔道具はありますから!」
じゃあなんで私に紹介してたんですかね。
「ちょっと試させてもらってもいいか?」
「ええ、どうぞ、どうぞ!」
ブルーメさんはラスターさんに使い方を説明しています。楽しそうで何よりです。……あ、私ほったらかされてる!
「えーとですね、そう、鍵! 鍵があるんですよ! これを使えば……」
どうやら手こずっているみたいです、まだ時間かかりそうですね。今の内に自由に見て回って……
「ひやーっ!」
「何だ!?」
何ですか⁉ 二人の叫び声です! ……あれ、姿が見当たりません……二人はどこへ……
「おーい、ここだー!」
ラスターさんの声がします! しかし、やはり姿は見えません。おかしいですねぇ……
「声は聞こえてるだろ? 声のする方に近づいて来い!」
はいはい、言われるままに声の聞こえる方へと。一体どこに消えてしまったんでしょう。
「よし、そこで止まれ。見下げてごらん」
「うわっ!」
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このようにして今の状況になったわけです。見たわけではないですが、多分ブルーメさんが原因……
「チギリちゃん! 私のせいだと思ってるでしょう⁉」
ブルーメさんが吠えていらっしゃいますが……正直状況から見てそうとしか……
「うぅ……ひどいわ……」
「それじゃあ何が原因なんですか?」
「私が使い方間違えちゃって……」
「正解じゃないですか!」
困った人です……ラスターさんはその場で胡坐をかいて呆れた顔をしています。そりゃ誰だって呆れます。私も呆れます。
「鍵、あんたが持ってんだろ? 早く外に出ようぜ」
「あの、これは……外から開ける用でして……中からは開かないようになってて……」
何て不便な設計なんですか! 今までこういう事故なかったんですかね……
「あ、そうだ! 合鍵があるんです! こんな時のために肌身離さず……」
ブルーメさんはズボンのポケットから鍵が沢山ぶら下がったリングを取り出しました!
「これで開けられますね!」
「どうですか、私だってやるときは」
「……その鍵が外にあればな」
中からは鍵を開けられなくて、鍵はブルーメさんが全部持ってて、そしてブルーメさんはビー玉の中に……あぁっ!?
「何してるんですか! 私と同レベルの知能で恥ずかしくないんですか⁉」
「自分で言うのか……」
ブルーメさんはとうとう泣き出してしまいました。もうこれどうするんですか! チギリちゃんはお手上げですよ!
「あんたも落ち着けよ。誰か相談できそうな人はいないのか?」
「うぅ……両親もちょうど旅行に行ってるし……おばあちゃんは死んじゃったし……おばあちゃん……」
完全に取り乱してます。ラスターさんも頑張って優しい言葉を掛けていますが、うわごとのように「ごめんなさい」と返すだけです。ダぁメだ、こりゃ。
「……あー、冷静になれよ。そうだ、これの仕組み教えてくれよ。何か手掛かりになるかも……」
ブルーメさんもようやく落ち着いてきました。魔法の道具の説明するときだけ早口になるんですよね。
「なるほど、空間魔法の応用か……」
「空間魔法使える人がいれば何とかなるかもってことですか?」
「そうだけど……空間魔法に強い人なんてこの辺にいないですよ……凄くレアなんですから……」
そういうことなら何とかなりますよ! 私には頼れる師匠がいるのです!
「もしもし師匠?」
「どうした弟子よ」
我が師クロウリーさんに魔法の石で連絡を取り、事情を説明します。さすが師匠は頭がいいです。すぐに解決策を提示してくれました。
「魔法のシステムに関わる少し複雑な話になるんだが……」
「むずかしいのはにがてです……」
「OK、じゃあラスターでも分かるように説明しよう」
「おい」
「空間魔法の術式が外から内にしか向いてないんだよ。で、取り出す時だけ店長が持ってる鍵でそれを逆にするってシステムだろう?」
師匠が確認するとビー玉の中のブルーメさんはこくりとうなずきました。私は既についていけていませんが、二人は理解しているみたいです。
「内部で膨大な魔力を発生させることができれば、術式が反発してひっくり返る……つまり外に出られるハズだ」
よく分かりませんでしたが、魔力がいっぱいあれば何とかなるってことですね! よかったです!
「でもラスター魔力ないもんなぁ。そっちのお姉さんも魔術師じゃないし、魔力は大したことないんだろ?」
ビー玉の中の二人は沈痛な表情でうつむきました。師匠ったらどうしてそんな酷い言い方するんですか! ぷんぷん!
「もう! それじゃあダメじゃないですか!」
「いや? 方法なくはないけど……聞くか?」
「お願いします! 私なんでもやります!」
ブルーメさんが喰い気味に頭を下げて懇願しました。果たしてその方法とは?
「愛がそのまま魔力になるのがこの世界のルールだよな? 幼い弟子がいるからオブラートに包むけど、最近発表された論文でな、男女が愛し合うと周辺に大量の魔力が放出されることが判明しました。自然なことだな」
愛し合う? イチャイチャするってことですかね? その程度のことで脱出できるなら安いもの……どうしたのでしょう、ラスターさんの目が死んでいます。ブルーメさんは顔を抑えてしまっているので表情が見えません。
「お前……本気で言って……」
「魔力がないってのは大変だな? まあ、そこから始まる“愛”もあるんじゃないか?」
師匠は一方的に言い残して通話を切ってしまいました。でも解決方法があってよかったですね! ……何してるんでしょう? 早くイチャイチャすればいいのに……
「二人ともー? サクッと済ませちゃってくださいよー」
「あの子の倫理観どうなってるんですか⁉」
「意味を理解していないだけだと思うが……」
何をためらうことがあるんでしょうね……見られていたら恥ずかしいんですかね? 私としては見届けたいんですが……おっと鼻血が。
「じゃあ私向こう向いてますからそのうちにお二人で仲良く……」
まあ嘘なんですけどね。私の遠視魔法から逃げられると思わないでくださいよ……
「ど、どうしますか⁉」
「落ち着けよ。出来るわけないだろ」
「で、ですよね……それじゃあ一生このまま⁉」
まだウジウジしてるんですか、じれったいですね……
「ラッさんが出てこないと寂しいなー! このお店は誰が経営するのかなー!」
「うっ……それは……」
「あいつ……」
おっ、効いてますか?
「あいつの口車に乗せられるな」
「だ、だけど……」
「もっと自分を大事にしろ」
むっ……さすがラスターさん、お見通しですか。しかし、ちょっと仲良くすればいいだけなのに大袈裟ですね……
「こいつだってあんたの商品なんだ。きっと持ってるはずだ、この状況を打開できる何かを」
「もうないですよ……もう私に期待しないでください……」
「いや、期待させてもらう」
「どうしてそんなこと言うんですか!」
「あんたはチギリを楽しませようと一生懸命だったろ?」
それを聞いてブルーメさんはハッとしました。そういえば、そうですね。ずっと空回りしていましたけど、それだけは確かに伝わってきました。もっと楽しむふりしてあげればよかった……そうすればこんなことには……
「……そうですね。でも、いいんです」
「おい、あんた……」
「これは傷になりませんよ?」
え、ちょっと何してるんですか、これ以上は、R15すらまだ駄目なのに、一気に飛び越え……ああ、見ちゃいけません!
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「……てことがあったんですよ……疲れました……」
村に戻ってきたボマードさんと合流してみんなで夕食です。ボマードさんは私の話を笑いながら聞いています。笑い事じゃなかったって言うのに!
「結局、どのように脱出したのですか?」
「ああ、それはですね……」
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「……ちょっと待て。これ、鍵が閉まってないんじゃないか?」
あられもない姿になったブルーメさんを制止しながらラスターさんが尋ねました。そういえば鍵は全部中に入ってますもんね。
「それでも外には……」
「……外から中には入れるんじゃないかってことだ」
「入れますけど……あっ!」
見られてる気がします。……あっ、そっかぁ!
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「私が中に入って魔力いっぱい出したんですよ! 疲れましたよ……」
「それはそれは、お疲れ様でした」
ブルーメさんがあそこまでするとは思いませんでした……あんなことされても冷静だったラスターさんもどうかと思いますが……
「ぶるる?」(ラスターの兄貴、不能なのか?)
「ウリたん、お前失礼なこと言ってるだろ?」
かくしてラスターの純潔は守られた。愛し合わないと出られない部屋は、伝説だけの存在なのかもしれない……続く!
「して、ラスター殿、結局その収納用水晶は?」
「……買った」
小さくなったラスターさんの剣が水晶の中にすっぽり収まっていました。




