2. 勇者ラスター
「だからですね、私にできることを考えた結果、勇者様のお嫁さんを探すことしかないな、って。そう思ったんですよ」
「なあボマード。俺の理解力が足りてないのか?」
ボマードは申し訳なさそうにかぶりを振った。勇者ラスターは自分に非がないことを確認すると、木製のコップに注がれた水を一気に飲み干して立ち上がった。
「会計頼む。そこのガキも一緒で良い。」
「ちょっと私まだ食べてるんですけど!」
チギリは抗議の声を上げたが、ラスターは気に留めずに立ち去っていく。チギリは残りの料理を名残惜しそうにかき込んで、ラスターの後ろを追いすがった。
「勇者様! 何で無視するんですか!」
「俺はガキのお守りしてる暇ねぇんだよ」
取り付く島もない。チギリはムゥッと頬を膨らせた。
「こうなったのは勇者様のせいなんですよ! それはないんじゃないですか!? 責任とってくださいよ! 私これからどうすればいいんですか!」
年端もいかない少女に「責任とれ」と罵られる勇者。不幸にも彼らが歩いているのは人通りの多い往来である。それを聞いた通行人たちはざわめき始める。
「俺が頼んだわけじゃねぇ、変な言い方するな! ……あー、もう! こっち来い!」
「ほえ!?」
ラスターはチギリの手首を掴んでグイと引っ張りながら速足で歩く。連れていかれたのは、往来から少し外れた所にあるレンガ造りのボロッちい宿屋だった。
ラスターは、「今日は子連れですか?」と茶化してくる宿屋の主人を無視して自室に戻る。例によって後ろを歩くボマードが申し訳なさそうに頭を下げた。
「お前往来で誤解を招くような言い方すんじゃねえよ」
「……すみません」
ラスターはチギリの手を離してベッドにドカリと腰を下ろす。チギリはその隣にチョコンと座った。少し遅れて部屋に入ってきたボマードはあきれたように肩をすくめた。
「ラスター殿、そんな態度ではチギリさんが委縮してしまいますぞ」
「……っるせーな。……で、何でここに来た」
「それは勇者様のお嫁さんをですね……」
「それはもういい。そう思う理由を説明しろ」
ラスターが促すと、チギリはラスターの手を小さな両手で握って上目遣いで見つめた。ラスターは困惑しながら少しのけぞる。
「……何だよ」
「私もう……抑えきれなくて……」
「チギリさん? 落ち着いて下さい。最初から順を追って、教えていただけますかな?」
「ああ、すみません。私、聞いてしまったんです……」
ボマードが優しく促すと、チギリは落ち着いた様子でこうなるに至った経緯を語り始めた。
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「まったく、品性を疑います……」
侍従に王宮内を案内されながら、チギリはボヤいていた。先程のラスターの態度が気に入らなかったためだ。不機嫌そうなチギリを侍従は優しくなだめる。
「まあまあ。彼にもいろいろ事情があるのです」
しかしチギリは食って掛かった。
「そんなんじゃダメですよ! いいですか?ファンタジー世界における勇者は、いわば角界における横綱のようなもの。品格が大事なんです!」
「その例えはよく分かりませんが……勇者としての資質、という意味でしたら彼はそれを十分持っていると思いますよ」
「え~? 本当ですかぁ?」
チギリは、ラスターを勇者審査会にかけろと言わんばかりの勢いだ。異世界に来て不安なところに、いきなりクソガキなどと罵られれば悪印象を抱くのも当然である。
「実は彼、あなたと同い年の妹さんがいたんです」
「はえ~その子はあんなお兄さんで可哀想です! ……いた?」
「その子……魔王に……」
「え……」
「いえ、口が過ぎました。しかし、彼はあなたを危険から遠ざけるためにわざとあのような態度をとられたのではないでしょうか?」
その言葉にチギリは立ち止まった。彼女の心の中で一つの思いが渦巻き始めていた。
「………………とい」
「えっ? 何かおっしゃいましたか?」
「私こうしちゃいられません! 勇者様のところに行ってきます!」
「えぇ!? ちょ、ちょっとぉ!?」
チギリは王宮の広い廊下を駆け出していった。そしてすぐに侍従のもとへ戻って来た。
「道が分かりません!」
「……ご案内します」
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「……あの野郎、余計な事を……」
ラスターは苛立ちながらため息をついた。チギリは胸の前で手を組みながら、うんうん、と頷いている。
「しかし、チギリさんの抱いた感情とは何だったのです?」
ボマードが疑問をぶつけるとチギリはふふんと鼻を鳴らした。
「それは……“尊み”です!」
ボマードは不可解そうな表情を浮かべる。ラスターも「はぁ?」と睨み付けた。
「妹さんを失った悲しみを胸に戦う戦士……それを献身的に支える妻……ああ! どうあがいても尊い! そ、それを私がすっ……好きにカップリング……私もう……想像しただけでハートがトゥインクル☆トゥインクリング☆シューティングスターですよ! あっ、鼻血でそう……」
ベッドの上で身もだえるチギリを、ラスターとボマードはドン引きしながら見つめた。
「ボマード……あと頼む……」
「えっ!? ちょっ、ラスター殿!?」
ラスターは頭を押さえながらふらふら部屋を出ていった。カプ厨モンスターと二人取り残されたボマードは恐る恐る口を開いた。
「あー、オホン! チギリさん。ラスター殿の旅は危険なものになります。あなたのような少女がわざわざ死地に踏み込むことは……」
「あっ、それなら心配いりませんよ! 王様からもお墨付きをもらいました!」
「お墨付き……ですか?」
「はい! 私の魔力を調べてみてください!」
「魔力を……? 分かりました」
ボマードはチギリの頭に右手をかざす。聖職者であるボマードは、手をかざすだけでその者の魔力の大小と善悪を見分けることができるのだ。
「……! これは……!」
ボマードは思わず後ずさった。彼の目には、チギリから白色のオーラのようなものが溢れ出しているのが映っていた。そのオーラは、部屋を飛び出し宿を飛び出し街を飛び出し大陸をも覆い尽くさんばかりの勢いであった。
「へっへーん! どうですか!」
「凄まじい魔力です……! しかしなぜこれほど……」
「私の脳内ではいくつものカップルが、清く、正しく、美しく、愛を育んでおります。つまりそういうことです」
「おお……! …………??」
ボマードはチギリの言っている意味は全く理解していないが無理矢理納得してみることにした。チギリは一人で満足そうに微笑んでいる。
「私もお役に立てると思うんです!」
「確かに……いや、しかしラスター殿が何と言うか……」
「……いいんじゃねぇか」
部屋の外に逃げていたラスターが帰ってくるなりぶっきらぼうに答えた。瞳を輝かせるチギリの頭にポンと帽子を乗せて、杖とマントを押し付けた。
「これは……?」
「魔導士になるんだろ? だったら必要だろうが」
「ラスター殿……!」
「……放っておいても付いてきそうだったからな。目の届く場所に置いとく方が安全だ」
「勇者様ー!」
チギリは満面の笑みを浮かべながらラスターの腰に抱き着いた。ラスターは鬱陶しそうにチギリを引き剥がす。
「あんまりくっつくな。……それと、その“勇者様”ってのやめろ。堅苦しい」
「へ? それじゃあ……よろしくお願いします! ラッさん!」
「は?」
「はっはっは! 良い呼び名ではありませんか!」
「ですよね!」
「ボマード! ……はぁ……まあいい。足引っ張るなよ」
「ですってボマードさん」
「お前だよ!」
勇者と僧侶の一行に幼き魔術師が加わった。しかし、これがラスターのさらなる苦難の幕開けであることをこの時はまだ知る由もなかった……