124. 君に届け
クレアのあらすじ!
この世界での私の旅はここまでです。それから私は、この世界に戻ってくるべく転生を繰り返しました。
私が舞い戻る頃には、優しい世界になっていると嬉しいです。いえ、きっとなっているはずです。
世界を託した友人たちがいますから、きっと。
輪廻の理の外にいた少女は、自らその中に身を投じることを選択し、そして飲み込まれていった。
その少女には、一人の愛する女性と12人の友人がいた。彼らは示し合わせたわけではなかったが、カプル王国王都の広場に集まっていた。
「私の腹にはクレアの子がいる」
荒唐無稽な話だったが誰一人として疑わなかった。拳聖女は、クレアの最後の言葉を友人達に告げた。
「ユーシャのことも引き続きうちで育てるから、皆はそれぞれの場所で、世界を導いてほしい」
彼らもまた、クレアから力の一端を受け取っていた。歴史を記す老人が重い口を開いた。
「以前、わしの所に来た。約束を守るために」
彼はクレアの足跡を記す約束をしていた。
「友人たちとの出会い、愛する者との日常を、記すよう頼まれた」
神として君臨した悠久の時間より、彼らと出会い、過ごしたこの数年がクレアの心には深く刻まれていた。
「そしてもう一つ……邪悪な存在が滅びることはない、と」
拳聖女は目を見開く。それではクレアは犬死にだったというのか。叡智の守り人が静かに語る。
「根源が“人間の悪感情”であるから……であるな?」
クレアは人間を守るために命を落としたというのに、人間のために再び邪悪な存在が生まれるという。
「どうして……? クレアが命懸けで……」
「違うな、嬢ちゃん。だから命を懸けたんだ」
豊穣の王はすかさず切り込んだ。
「俺達が、人間の力でどうにかできるようにしなきゃいけないんだ。そのためにあの赤ん坊……今は少年か、彼を託したんじゃないのか」
分かっている。少し寄り道したが、クレアは初めからユーシャを託すつもりで来ていた。運命を観る者も同調した。
「クレアさんが告げたのは、邪悪な存在の復活だけ。その後の運命は白紙だよね?」
公平無私の医者が付け足して言う。
「人間の悪感情が根源なら、治療のしようはありますよ。人が正しく、強く、生きられるようにするんです」
この陰謀渦巻く世界で、そんなことが可能であろうか。真っ先に肯定したのは慈悲の女神だった。
「やりましょう。それが世界のためになるなら。……お尋ね者の私が言うのもなんですが」
泰然自若な働き者も穏やかに笑う。
「俺にできることなら。忙しくなるねー」
クレアは人間を信じたからこそ、命を懸けられた。不可能なはずがない。不屈の巫女は手を叩いた。
「人間と邪悪な存在の我慢比べってことか! それならこっちの得意分野だね!」
進化の道の開拓者も楽しそうに微笑む。
「面白くなってきましたね~。人間の底力、見せつけてあげましょ~」
奇跡を呼ぶ双子は、周りの仲間たちを見渡した。
「悪感情は恐怖から生まれるのですわ」
「だから勇気があれば大丈夫。皆は、大丈夫」
勇気とは、恐怖を乗り越える感情であったか。愛の研鑽者は満足気に頷いた。
「世界をキラメキで埋め尽くしましょう。愛さえあれば、できないことはないわ」
頼もしい友人達であった。拳聖女も落ち込んでいる場合ではないと前を向いた。クレアから預かった二つの命を、未来永劫まで守り続けなくてはならない。
「……約束だもんね。皆さん、力を貸してください」
人類の希望の導き手として、「勇気ある者」を守り育て命をつなぐこと、それが全員の誓いともなった。
「それでは、準備は良いのである?」
それぞれがクレアから受け取った力の結晶を手の平に握りこむ。指輪の形状になっているのは拳聖女の物だけであった。
神の力を受け入れるということは、輪廻の理から外れ転生を拒絶するということ。魂を永遠にこの世界にくくりつける決意である。
死後の安寧は求めない。闇が霧散するその時まで、煌々と世界に降り注ぎ続ける。使命であり、大切な友人との約束だった。
「父上、お話が」
道場に帰ったプニュスタージは父の部屋を訪ねた。父も娘の言わんとしていることはなんとなく察していた。
「父上、私はグレイゾ家の墓に入ることはできません」
普通なら嫁入りを想像するところだが、そうではない。父は娘の決意を汲み取り、あえて笑って見せた。
「そうか、そうか。まあ、お前は家の墓なんぞに納まる器ではないな!」
「……親不孝な娘で申し訳ございません」
「永遠なのだろう? 親不孝ってのは、親より先に死ぬことだ」
プニュスタージには天寿を全うした後、神としての永遠が待っている。残された時間で、なるべく多くの物を現世に残さねばならない。
「……それから、お腹に子どもが」
「相手はクレアさんか?」
「そう……なるのかな。うん、そうだ」
父の物分かりが良すぎて少し笑ってしまいそうになった。この子どもとユーシャが元気に育ってくれさえすれば、後は思い残すことはない。
「ねえ、父上、演武の型、教えてよ」
これまで平静を装っていた父が、初めて驚いたそぶりを見せた。実用的でない、と言って身に付けようとしてこなかった演武を、自分から教えてくれと頼んだ。
「なぜ急に?」
「届けたい人がいるんだ」
その日プニュスタージは、日が暮れてから夜が明けるまで舞い続けた。
「ありがとう、クレア。愛してるよ」
帰ってくる場所を見失わないように標となるべく、己の魂をこの世界に刻み付けた。
続く




