122. エンゲージリング
クレアのあらすじ!
私とユーシャはプニさんの実家で暮らすことになりました。好きな人と一つ屋根の下で同じものを食べて同じ布団で眠る、こんなに幸せなことはありません。
クレアとユーシャがグレイゾ家で暮らし始めて、3年の歳月が経過した。部屋で日課の朝の体操をしながら、クレアに問う。
「クレアさぁ、見た目変わってないよね?」
「当然です! 神ですので!」
「……外の人との接触控えた方がいいんじゃない?」
「心配しなくてもプニさん以外にはなびきませんよ!」
「そこは心配してないけど……」
それに引き換え、ユーシャはすっかり成長し、今では自分の足で歩き、言葉を発することもできる。
「ところでユーシャは?」
「道場の朝稽古に交じってますよ!」
「またか……」
それでは頑張る息子と門下生のために朝食でも作ってやるかと、部屋を出たところでちょうど弟とかち合った。
「姉上、お客さんが来てるけど」
「私に?」
「うん、カドローアさんって女の人」
「ツリーズさんが?」
旅の途中に出会った時以来であるため、プニュスタージは懐かしく思った。クレアはプニュスタージの肩に飛び乗る。
「ツリーズさん? 私、会いたいです!」
「うん、そうだね。ブート、朝食の用意、頼んでいい?」
「頼むも何も、いつも僕がやってるじゃん」
「ごめん、ごめん。今日はホントにやろうと思ってたんだよ」
そして客人を部屋に招き入れ、ひとしきり再会を喜んだ後、ツリーズは本題を切り出した。
「実は生態系の調査で近くまで来ていたものですから~」
「生態系の?」
プニュスタージは間抜けな顔で聞き返す。山にこもっていると外の情報が入って来にくいので、要点だけ話されてもピンと来ないのだ。
「私知ってます! 世界各地で動物さんの異常行動が見られてるんです!」
「へぇー……って何でクレアが知ってんの?」
「クレアさんは時々うちにも遊びに来てますから~」
「いつの間に……」
時折姿が見えないと思っていたら。プニュスタージは後でクレアを問いただすことを決意した。
「それで、異常行動ってどんな?」
「主には狂暴化です~。人里を襲ったり、時には共食いしたり~」
プニュスタージは顔をしかめた。恐怖からではなく、自分の所に来てくれれば全部引き受けたのに、という気持ちからだ。
「この辺では見ないよね?」
「はい~。だから不思議だな~、と思って~」
知人であるプニュスタージに話を聞きに来たということだ。しかし騒ぎ自体を知らなかった彼女だ、当然思い当たることなどなかった。
「分かんないや。神様の加護とか?」
冗談めかして言ってみると、ツリーズは盲点を突かれたような顔をした。
「それですよ~! ここにはクレアさんがいます!」
「私?」
「確かにクレアは神様……って、ツリーズさんも知ってたの!?」
ツリーズはあっさりと頷いて話を戻す。秘密が秘密でなくなっているような気がして、プニュスタージは少しモヤモヤした。
「でも私は何もしてませんよ?」
「あら~、そうなんですか?」
結局結論は出なかったが、取りあえず道場の周りは安全なようだ。しかし、だからと言って黙っていられるプニュスタージではなかった。
「……他の場所は危険なんだよね?」
「いえ~、警戒体制も整っていますので~」
「あっ、そう……」
肩透かしを食らった気分になった。今日はいまひとつ決まらないプニュスタージであった。
「ですが心配ですねぇ。国際情勢も危ういこの時代に」
「ですね~、大国間の緊張も高まってますから~」
「そうなんだ……」
腕っぷしに自信があっても戦争一つ止められない。プニュスタージは己の無力さを突きつけられた気がした。
「私は弱いなぁ……」
「えっ、何言ってんですか?」
プニュスタージはため息をついた。クレアが引きつった顔でプニュスタージを見る。
「何か分かったらまたお知らせに来ますね~」
「あ、ツリーズさん、ご飯食べていきなよ。うちの弟、料理上手いんだ」
「あら、それではお言葉に甘えて~」
即答だった。急に膳を増やされたので弟は文句たらたらだったが、ツリーズに褒められて満更でもなさそうだった。
「今日はご馳走様でした~」
「ツリーズさん、また来てくださいね!」
「うん、またブートに作らせるよ」
正門でツリーズを見送った。彼女の背中が見えなくなると、クレアがプニュスタージの方を振り返った。
「プニさん、何かお悩み事ですか?」
「うぇっ、いやぁ、悩みって程のことじゃ」
しかしクレアにそんなごまかしは通用しない、観念して打ち明けた。
「私さ、自分のこと強いと思ってんだけど……それだけだな、って」
「だけ? はぁ、そうですか」
クレアは不可解そうな表情をする。あの異常な強さを発揮しながら「だけ」と言われても、言われた方は意味不明である。
「強くても世界の裏側までは守れないし」
「それはそうでしょうよ」
「強くても戦争は止められないし」
「それはそうでしょうよ」
出来なくて当然のことだが、常軌を逸した強さを持ってしまったばかりに、そんなことができないと嘆いていた。
クレアはこの強き人間が愛おしくてたまらなくなった。
「プニさん、目を閉じて下さい。そしてそのまま手を前に」
「ん? こう?」
言われるがまま、左手を差し出す。薬指がひんやりとした感触に包まれる。
「開けていいですよ」
おそるおそる目を開けると、左手の薬指に指輪がはめられていた。透き通った白い石が陽光を反射して虹色にきらめいている。
「……指輪? 何でまた……」
「その石は、私の『力』の力の結晶です」
クレアが人間に託すと言った、力の欠片のその一部である。プニュスタージは想像を絶する鈍感であるため、自分が選ばれるとは今の今まで思っても見なかった。
「断られるのが怖くてなかなか渡せませんでした。受け取ってくれますか?」
「私がクレアのお願い断るわけないじゃん……でも、どうして?」
プニュスタージのあまりの鈍感さにクレアは笑ってしまう。
「プニさんなんですよ、私が最初に選んだのは」
「そうなの……?」
「前にも言いました、プニさん以外にありえません」
「うひぇあ」
クレアは背伸びして、プニュスタージの唇に人差し指を当てる。やけに色っぽい表情なので、プニュスタージは変な声が出てしまった。
「神様の初恋奪ったんですから、しっかりその責任果たしてください」
「は、はつこい? ま、またそんなこと言って……」
茶化そうとしても、クレアの目を見ると何も言えない。クレアから目が外せなくなる。クレアの鼓動が近づいてくる──
「あー! 母さんたちここにいたー!」
タイミング良く(悪く?)ユーシャがやってきた。クレアは一歩後ずさって、残念そうに口を尖らせる。
「ユーシャ……良い所だったんですよ?」
「何が? あっ、プニ母さん、じいじが呼んでた!」
「そ、そう! ありがとね、ユーシャ!」
慌てて走るプニュスタージの背中を見ながら、クレアはユーシャの頭に手を置いた。
「ユーシャ、プニ母さんを大事にするんですよ」
「? 当たり前じゃん」
「ユーシャはいい子です……」
愛する人と自分の子を、壊れそうなほど強く、いつまでも抱き締めていた。
続く




