117. 楽しいことなら泰然自若に
クレアのあらすじ!
晴れてプニさんと家族になった私、これもウールコットンさんの後押しのおかげですね。彼は王として、これからも民を照らし続けることでしょう。後ほど「豊穣の力」を進呈いたします!
そして私達が次に出会うのは……
固い絆で結ばれたクレアとプニュスタージ、赤子のユーシャ、そしてペットのウリオールは、カプル王国を経由して北の大国へ向かう。
「そういや、ユーシャって普段何食べてるの」
ふと気になった。
「あ、はい! この子は食事も睡眠も必要ないんです!」
「えっ、じゃあ寝たり食べたりできないの?」
「できるにはできますけど、完全な娯楽ですね」
プニュスタージはクレアの肩に手を置いて、目を見据える。クレアは少し赤くなった。
「な、なんですか?」
「クレア……それは良くない」
「ダメですか?」
「ダメじゃないけど……クレアはユーシャをどうしたいの?」
ここで育児方針をすり合わせる。クレアは少し考えて言葉をまとめる。
「人々の平穏を守ると同時に勇気を与える人間に! なってほしいです!」
元気いっぱいに答えた。それならば、とプニュスタージは頷く。
「だったら、必要なくても人間と同じもの食べて育った方がいいと思うんだよね。食べたもので体ってできてるわけだし」
「でもまだ赤ちゃんですし……プニさん、母乳出ますか?」
「出るか!」
そしてやってきたのは、北の国の牧草地域。クレアは白黒の牛たちを眺めながら呟いた。
「……飲みますかね」
「クレア? 変な事考えてない?」
生乳は病原体を多く含むので、きちんと殺菌処理がなされた牛乳を飲もう──
牛たちがいる柵の中では、小太りの青年がせわしなく牛の世話にいそしんでいる。田舎の牧場の風景だ。
「大変そうですねぇ」
「うん、そうだね……」
「カルム! また仕事押し付けられたんでしょ!」
ほのぼのしていたところへの、背後からの突然の大声でクレアは肩をすくめた。気の強そうな女性が、柵の中の青年に言ったようだ。
「ちょっと、どうしたんですか、大声出して……」
「ビックリしました!」
「ああ、すみません、気づかなくて」
女性は慌てて頭を下げた。しかし彼女が怒鳴るのには理由がある。気まずそうに微笑む青年を指さして言う。
「でもカルム……あの太っちょも悪いんですよ! いっつも兄弟に仕事押し付けられて、それなのにへらへら……」
「他人のために怒れるのは優しい証拠です」
クレアが嬉しそうに言うと、女性は赤くなった。
「別に、良いように使われてるのに文句ひとつ言わないのが気に食わないだけだし……あっ! 可愛らしい赤ちゃん!」
女性は分かりやすく話題を逸らして、ユーシャに手を伸ばす。
「男の子ですか?」
「はい、私達の息子です」
「クレア……」
プニュスタージは恥ずかしそうにしながら、クレアの方に顔をうずめる。クレアが敢えて語弊のある言い方をするので、女性は二人を交互に見渡した。
「え? 達?」
「あ、そうです。プニさんが母乳出なくて困ってるんです」
「だからその言い方……!」
プニュスタージはもはや顔を上げられなくなっていた。それはそれとして、クレアが何気なく口にした問題に、女性は意外な解決策を示してくれた。
「お姉さん、丁度いいのがありますよ。カルム! 今からそっち行くから!」
女性に案内されて、小太りの男性「カルム=タウラス」のもとに案内された。彼の作業場になっている小屋へ通される。
「カルム、こちらの女性が母乳が出なくて困ってるんだって! あれの出番じゃない?」
「そうなんだけどそうじゃなくてっ……!」
誤解を解く機会は与えられそうもない。カルムは見た目に似合わない機敏な動きで、木棚を探る。
「これ、どうぞー」
白い粉末が入った瓶をプニュスタージに手渡した。二人は不思議そうに瓶の中を見つめる。
「これは何ですか?」
「牛乳を乾燥させて粉状にしたんですー」
カルムが説明すると、隣にいた女性がなぜか偉そうに胸を張った。
「もともと保存用に作ったんですけどね、栄養価も高いから母乳の代用として使われるようになって! 今や王侯貴族にも御用達です!」
「うん、そうそうー」
カルムがのほほんと頷くと、女性はキッと睨み返した。
「カルム! もっと自分をアピールしなきゃ! そんなだから兄弟にバカにされんだよ?」
「そうかなぁ? 俺は頼りにされてると思うけど……」
どうやらカルムと女性の間で認識の齟齬があるようだ。人の良いカルムはいいように利用されていることに気づいてないのだ。
「カルムさんも優しいんですね……」
「いやぁ、仕事好きなんで」
「こいつの場合ただのお人好し、バカってこと」
クレアがフォローしようとしたが、女性はすぐに反論してきた。カルムはそれでも微笑んでいる。
「怒りなさいよ! バカって言われたんだよ!?」
「自分で言ったんじゃん……」
理不尽に怒鳴られるカルムが少々気の毒に思えたが、それでも彼は笑みを崩さなかった。
「カルムさん。争いは嫌いですか?」
クレアの問いに、ビックリしたように振り返る。
「好きな人の方が少ないんじゃないですかねぇ?」
「その筈なんですけどね。些細なことで怒ったり、妬んだり、恨んだりして、皆いつもケンカばかりです」
カルムは不思議そうにクレアを見つめる。その顔を見たクレアは確信した。
「あなたはちっとも我慢していませんね。本当に心の底から平穏です。まるで悪意なんて言葉すら知らないみたいに」
「悪……意……?」
「……本当に知らなかったんですね」
クレアは少しあきれ気味に微笑んだ。よくぞこの世界でここまで穏やかに育ったものだと。
「カルムさんは、そのままでいいと思います」
「ちょっとそんな無責任なこと……」
女性が食って掛かるが、クレアは落ち着いて言い返した。
「足りないところは補ってあげればいいんです。……お似合いだと思いますよ」
予想外の反撃を受けて、女性はやはり真っ赤になった。カルムは小声で女性に尋ねる。
「今のどういう意味だ?」
「し、知らないわよ……」
初々しい反応を黙って楽しんでいる。クレアたちはしばしの間、穏やかな時間を享受したのであった。
続く




