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114. 千変万化の観測者

クレアのあらすじ!

ファーティさんは言っときは自殺まで考えるほど思い詰めていましたが、母親の本音を聞いて踏みとどまりました。向き合ってみないと運命って分からないものです。

そして私は、ファーティさんに嘘を吹きこんだ人に会うべく、単身シックザール邸に潜入するのでした……

 「ファーティさん、ファーティさん!」

 「ん? え?」


人生の大きな憂いが一つ消えたファーティは部屋でくつろいでいた。そこに、窓を叩く音が聞こえてきたのだ。ファーティはカーテンを開けて窓の外を見る。


 「うわぁあああっ!?」

 「ちょっとお邪魔していいですか?」

 「ここ2階ですけど!?」


クレアがへばりついていた。ファーティは戸惑いつつも部屋に迎え入れた。


 「ファーティさんに嘘を吹きこんだ侍従さんはどなたですか?」

 「えっ? どうしてそんなことを?」

 「ちょっと気になることがありまして。悪いようにはしませんから」


ファーティはクレアの勢いに押されたのか、彼女のために精巧な似顔絵を描いてみせた。


 「……この人です」

 「お上手ですねぇ! ありがとうございます!」


侍従の女の似顔絵をもらったクレアは、部屋の外に出ていった。


 「えっ、ちょっと、見つかったら……」

 「大丈夫ですよ」


クレアは微笑んで見せたが、何が大丈夫なのか全くわからなかった。追いかけようとしたが、廊下の曲がり角のところで、クレアの姿は消えていた。


 「……なんで?」



そしてクレアは、侍従の女が一人になったところに接触していた。住み込みの部屋で翌朝の支度をしているところだった。


 「うっふっふ~、失礼しますよ~」

 「!?!? だ、誰!? ど、どこから!?」


音もたてずにやってきたクレアに腰を抜かせる。クレアには、違和感なく中に入りこめる秘策があった。


 「私はこの土地の地縛霊です~、うらめしや!」

 「じ、地縛霊!?」


女は余計に青ざめてしまった。これでは会話にならないので、一度相手を落ち着かせることにした。


 「あなたを呪うつもりはないのでご安心ください!」

 「へ……? あ、はい……」


女は少しだけ落ち着きを取り戻した。クレアは早速本題に切り込む。


 「私はこの家をずぅっと見てましたよ~そこで質問、あなたここのお坊ちゃんに嘘をつきましたね~? それは何故でしょうか?」


人間の持つ霊のイメージに合わせながら語り掛ける。女は冷や汗をかいた。


 「な、なぜそのことを……」

 「見てましたから。さあ、理由を教えてください! ここでも嘘をついたら呪いますよ~!」


クレアは女に顔を近づける。女は「ひい!」と声を上げ、必死の様子で首を縦にふった。


 「しゃっ、喋りますから! 呪わないでっ!」

 「よいでしょ~う。それではどうぞ」


女は声を潜めて語り始めた。


 「旦那様……私の方がずっと好きだったのに」


「旦那様」というのは、ファーティの父親のことだ。彼女は、子どもの頃からシックザール家に仕えていた。


 「身分が違うからと、諦めていました。高貴な生まれの方と結ばれたのならまだ諦めもつきました。それなのに──」


平民の娘を選んだ、自分とそう変わらない身分の別の女を。


 「坊ちゃまの顔を、旦那様の面影を強く受け継いでいるのに、瞳だけはあの女そっくりな、あの顔を見る度に、どうしようもなく突きつけられる、私にはとても耐えられない!」


要するに失恋の逆恨みである。信じられない身勝手だ、それだけの理由で子どもを、しかも愛した男の子どもを死なせかけたのだから。


 「そこまで思い詰めるとは思ってなくて……ちょっと嫌がらせてやろうぐらいの気持ちで……」

 「はえ~、救いようのない……まあ、私が口出しすることじゃないです。……らしいですよ、ファーティさん」

 「えっ!?」


クレアは扉越しに呼び掛ける。ファーティはそこにいた。


クレアを見失った時は一瞬焦ったがよく考えれば、会いに行く相手は分かっているのだから探すまでもないことだ。


 「入っていいですよね?」

 「ぼ、坊ちゃま……」


ファーティは神妙な面持ちで部屋に足を踏み入れる。


 「こ、このことは、旦那様には……」

 「あんたは、昨日までの僕と同じだ」


縋りつく女に、冷たく吐き捨てる。クレアは黙って見守ることにした。


 「ただ現実から目を逸らして逃げることにばかり必死で運命を呪うばかり。自分からは何も変えようとしない。父さんに思いを伝えればよかったじゃないですか? 結果は分からない、僕も生まれなかったかもしれないし、何も変わらなかったかもしれない。……でも、少なくとも、こんな屈折した感情は抱かなかったはずです」


一息で言い切った後、侮辱の目で見下ろした。女の屈折した感情が爆発した。


 「その目で私を見下すなっ……! その女の目でっ……!」


女はファーティの襟首に掴みかかる。彼は怯えながらも、しかしどこか冷静にさらに続ける。


 「母さんは! 最初は父さんとの結婚を認められなかった! それでも諦めなかった、毎日、毎日、頭を下げに来た! そして認めさせたんだ! 切り拓いたんだよ、自分の運命を!」


掴む腕が少し緩む。ファーティはそっと、その手を離させた。


 「もう分かるでしょう? あんたが母さんに勝てる道理は一つもない! 諦めなかった母さんと父さん、僕は両親を誇りに思う!」


力のこもった声ではっきり言い切った。女はへなへなと、膝から崩れ落ちた。


 「……僕から父さんには何も言いません。自分で、どうするか決めて下さい」


ファーティはそれだけ言って立ち去った。クレアも彼の後を追う。


 「ファーティさん! 凄いじゃないですか! 今朝と同じ人と思えませんでしたよ!」


クレアが嬉しそうに言うと、ファーティは少し照れ臭そうにした。


 「……皆さんのおかげです。お連れの二人にもお礼を……」

 「いいですよ、今日はもう遅いですし、私達もうすぐここを出ますから」

 「そうですか……じゃあ、またどこかで」

 「はい! またどこかで!」


クレアは例によって窓から脱出しようとしている。窓枠に足を掛けたところで、一度動きを止めて振り返った。


 「ファーティさん、運命のままに、いきましょうね!」

 「え? ……はい」


意味はよく分からなかったが、なんとなく頷いた。



そして翌日の早朝──



 「よーし、じゃあ次の街に行くぞー!」

 「おー!」

 「ふぁ~、朝から元気ですね」


ジャッザーはあくびをしながら元気いっぱいの二人を見る。薄暗い都の外に向かって歩き出す──


 「皆さぁーん!」


朝っぱらから大声で呼びかける声。ファーティの声だった。3人は振り返る。


 「わざわざ見送りに?」

 「僕が決めたんです、皆さんを見送るって! ありがとうございました!」


ファーティは深く頭を下げた。クレアの言いたかったことは、どうやら伝わったようだ。


 「うん、そんな大したことじゃ……」

 「運命のままに!」


謙遜するプニュスタージを遮ったクレアが叫ぶ。頭を上げたファーティは叫び返す。


 「運命のままに!」


クレアは安心したように微笑んだ。その時、朝日が昇った──



続く!


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