107. 心の色は桜梅桃李
クレアのあらすじ!
ツリーズ=カドローアさんは生命の進化の可能性を見せてくれました。彼女には後程、「進化の力」を進呈します!
そして次に出会うのは……
東の国を一通り回ったクレアたちはカプル王国に戻ってきていた。例の親切な食堂の主人に、旅の途中経過を聞かせているところだ。
「でさ、その領主のご令嬢が凄いんだよ。新種の麦やら何やらを自分で作ってさ……」
主人はプニュスタージの話を「ほお」と相槌を打ちながら楽しそうに聞いている。旅の話が聞きたいというのも、あながち気を遣わせないための方便と言うわけでもなさそうだ。
「ほお……世界は広いな」
「そうなんだよ。私より強い奴にはまだ会えてないけどね」
クレアは「プニさんのような人間がホイホイ出てきたら苦労はない」と思ったが、プニュスタージの強さをよく知らない主人は可笑しそうに笑っていた。
「じゃあね、ごちそうさま!」
「おう、また来いよ」
プニュスタージもタダ飯を食わせてもらうのは気が引けていたが、主人も楽しそうだったので安心した。
そして彼女らは新たな土地へ向かう。
「次はどうしよっかなー」
「プニさんに任せますよ」
そういいながらプニュスタージの方をチラリと見ると、彼女の服がボロボロになっているのに気づく。思い返せば、ずっと一緒にいたのに彼女が着替えるところを一度も見ていない。
「……プニさん、服を買いましょう」
「え? まだ着れてるじゃん」
クレアは相方のあまりの意識の低さに愕然とした。察しはしていたが、これほどまでとは思いもしなかった。
「いい仕立て屋さんがいないか聞いてみます」
「大丈夫だって、お金もったいないし……」
「探してきます!」
クレアの圧に押し負けた。しかし、カプル王国は物価が高かった。
「クレア~、気持ちは分かったけど、流石に手が出ないって……」
「ぬぅ……」
クレアが悔しそうにしていると、仕立て屋の主人が口を開いた。
「そういや、南の国に格安で仕立ててくれる腕のいい職人がいるって聞いたな」
「詳しく!」
「芸術家肌の気難しい男だが、気に入った相手にはタダ同然で作ってくれるとか。あんた、見てくれだけは悪くねぇし、結構まけてもらえんじゃねぇの?」
指をさされたプニュスタージはとぼけた顔をしてみせた。まったく自覚がないようである。そして、その話を聞いたクレアは勇み立った。
「プニさん、次は南の国を回りましょう!」
「そんな理由で? まあ、どうせ全部回るつもりだけど……」
プニュスタージも見た目を褒められて悪い気はしていなかったので、クレアの提案に乗ることにした。
「ご主人、情報ありがとうです!」
「勘違いするな。金のない客にいつまでも居座られたら迷惑だってだけだ」
「そういうことにしておいてあげます!」
こうして、クレアたちは南の国へ向かうのであった──
「お話にあった職人さんはどこでしょうかね?」
「まあ、気長に探せばいいよ……」
と、言ったところで、何者かが背後からプニュスタージの肩を掴む。ゴツゴツした男の手だ。
「誰だ、あんた……」
「あなた、自分が何をしているか分かってるの!?」
手を振りほどこうとしたら、プニュスタージが逆に叱られた。当然、戸惑う。
「えっ、何で私怒られたの……?」
「きっと変な人です、逃げた方がいいです!」
二人は小声で相談する。しかし、男の握力は、プニュスタージが振りほどけないほどに強力だった。
「クレア……あなただけでも逃げて……!」
「プニさん!」
恐るべきパワー。そして男は、瞳を揺らしながらこう言うのだ。
「そんなボロボロの服着て! 宝の持ち腐れ! ついてらっしゃい!」
その言葉に、思い当たった。この男はもしやすると──
「あの! ラブラス=ウィルゴさん?」
「ええ、そう。よく知ってるね」
例の職人であった。これぞ渡りに船、彼女らはラブラスの店に連れて行かれた。
「安心なさい、無料で作ってあげるから。可哀想に……」
ラブラスは何やら事情を勘違いしながら、プニュスタージを採寸している。クレアは、強い人間というものは相手の事情を勝手に察する性質があるのかと訝しんだ。
「ありがたいけどさ……別に私、貧困してるわけじゃ……」
伝えるとラブラスは驚いてひっくり返った。
「なのにそんな恰好……えぇ?」
「そんな驚かなくても……」
「プニさん、これが一般的な価値観ですよ」
立ち上がるラブラスの瞳は、燃えていた。
「プニさんとか言ったかな? あなたに教えてあげるわ、女の子はいつでもオシャレのメインキャストだってね!」
プニュスタージは相変わらずとぼけた顔をしていた。クレアもノリノリで、準備するラブラスを手伝っている。
「……私、何されるんだろう」
怪しむ割に全く警戒していないプニュスタージ、この後散々クレアの着せ替え人形にされた。
「何で……?」
美しいドレスに身を包んだプニュスタージは生気のない目をしていた。その割に断らない。
「やっぱり似合うんですよ、プニさんは」
「私の目に狂いはなかったわね」
クレアとラブラスは固い握手を交わす。プニュスタージはその様子を不可解そうに見つめていた。
「久しぶりに楽しかったわ。ありがとね」
「最近は楽しくなかったんですか?」
クレアは逃さなかった。言葉尻も、些細な表情の変化も。
「何か嫌なことでも?」
「贅沢な悩みなんだけどね、私もちょっと名前が売れてきて、貴族の方の衣装なんかも作らせてもらえるようになったわけよ」
ラブラスはため息をつく。彼がこんな表情をする理由は、なんとなく察していた。
「……彼らは煌びやかさばかりを求めて、まるで衣服を権威誇示の道具か何かみたいに扱って……衣服が輝くほどに、彼らの心がくすんでいるように見えた。服っていうのは、本来は着る人の心を煌かせるものなのに……」
クレアは真剣に話を聞いていたが、プニュスタージはそうではなかった。慣れないドレスに、かなりの窮屈さを感じていたのだ。
「ねえ、話の途中で悪いんだけど、もっと動きやすい服ないかな? そっちの方が性に合うっていうか……」
空気を読まない発言だったが、それを聞いたラブラスは天啓でも受けたように目を開いた。
「そうか……大事なのは個性、個性を愛せば誰でも輝く……」
「ラブラスさん?」
「こうしちゃいられないわ! ガールズ、少々お待ちなさい!」
何かを思い立ったラブラスは、服を作り始めた。
「ねぇ~、これ脱いでいい?」
「プニさん、黙って見届けましょう」
プニュスタージは子どものように口を尖らせた。しかしすぐに、ラブラスの手さばきに目を奪われていた。
「……できたわ。プニさん、これに着替えてらっしゃい」
「あ、はい」
言われるがまま、貰った衣装に袖を通す。おっ、と思った。
「軽い! 動きやすい! 体に馴染む! 何これ、すっごくいいじゃん!」
プニュスタージは嬉しそうに飛び跳ねている。どんなドレスを着た時よりも、心ときめいていた。
「プニさんの心が躍っています!」
「目が曇っていたのは、私の方ね」
ラブラスは微笑んだ。
「顧客の要望に応えつつ、最大限に可愛く、美しく、個性を輝かせる衣装。それこそが私の理想形。そのためには、私自身が相手の個性を愛すること。輝かないのをお客様のせいにするなんて、私もまだまだだわ」
望まぬ権力闘争に巻き込まれて、いつしか忘れかけていた初心を、奇しくもオシャレにまったく無頓着なこの女性が思い出させてくれた。
「クレアさん、私はいつかあなたの衣装を作るわ」
「今じゃダメなんです?」
「……今はまだ、畏れ多いから」
貴族の衣装まで作る彼がそう言った、きっとクレアの正体には気づいていたのだろう。クレアは敢えて曖昧に笑って答えた。
「楽しみにしていますよ。いつか必ず着せて下さい」
「ええ。いつか必ず」
クレアはその日が来るのが楽しみで仕方なかった。
続く!




