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106. 進化の道は百花繚乱

クレアのあらすじ!

ジャッザーさんという素晴らしいお医者さんに出会いました。彼には後ほど「裁きの力」を進呈いたします!

そして私達が次に出会うのは……

クレアたちが東の国を回り始めて数カ月が経過していた。


 「東の国ももうすぐ制覇だな」

 「うむむ……」


しかしジャッザーと別れて以降、クレアは「力を託すに足る人物」をまだ見つけられずにいた。


 「そんなに焦らなくても。世界は広いんだし」

 「うーん、そうですけど……」


クレアの悩みをどうにか取り除いてやりたかったが、彼女の判断基準もよく分からぬ故、助言しあぐねていた。


 「クレアはさ、どういう人がいいの?」

 「直感ですよ。こう……ビビッと!」


まったく参考にならなかった。赤子の里親も探さなくてはいけない。クレアの焦りはプニュスタージの方にも伝染しつつあった。


 「……私まで焦ったらどうしようもないか」


一つ長く息を吐いて気持ちを落ち着かせる。どうにかしてクレアの助けになれないだろうか? プニュスタージは思考を巡らせる。


 「……変わり者?」


一つの考えが思い当たった。


もしかしたら、ジャッザーのように我が道を突き進むあまり爪弾きにされたような、芯のある、ある意味での変わり者が、クレアの眼鏡には適うのかもしれない。


 「クレア、変わり者を探そう。その辺の人に、聞いてみよう」

 「えっ、なんで?」


そうして聞き込みをしている内に、人々が口々に“変わり者”だと称する女がいることが分かった。


 「変わりモンと言やあ、領主様の娘のツリーズ嬢だや」

 「だな、自分で鍬を振るうご令嬢なんか初めて見たべ」

 「噂だと、この間豚の腹を掻っ捌いていたとか……」


確かに変わり者のようだが、そう簡単に領主の娘に会わせてもらえるだろうか……しかし出会いは意外とすぐだった。


 「皆さ~ん、新種の種持ってきたんですけど~」


ゆるい喋り方の女がやってくる。クレアたちに情報を教えてくれた農夫たちは、蜘蛛の子を散らすように立ち去っていった。


 「あら? 皆さん忙しいのかしら~」


袋を握りしめたまま首をかしげる。プニュスタージは思い当たった。この女性が先ほどの話に合った……


 「あなたひょっとして……ツリーズさん?」

 「そうですよ~。見ない顔ですが、どちらから?」


知らない顔だからと、よそから来た人間と判断する。裏を返せば市民全員の顔を覚えているということだろうか。


 「私はプニュスタージ=グレイゾ。カプルの山奥から来た。で、こっちは……」

 「クレアと申します。そして彼らは弟の赤ちゃんと、イノシシのウリオール」


説明の面倒を避けるため、赤子はクレアの弟ということにされている。


 「まあ、カプル王国から~。ようこそ、ようこそ~」


嬉しそうに迎えるツリーズは決して悪人のようには見えなかったが、だからこそ農夫たちから避けられていた理由が分からなかった。


 「ところでツリーズさんさ、その袋は?」

 「これですか~? よくぞ聞いてくれました~」


ツリーズは袋から種もみを取り出した。


 「これはですね~、交配で作った新種なんですよ~。寒さに強く害虫も付きにくい、優れモノでして~、皆さんに育て方を教えようと……」


感心しながら聞いていると、メイド服を着た老女が駆け寄ってきて、ツリーズの腕を掴んだ。


 「あら、どうしました……」

 「農民の真似事などおやめください、お嬢様!」

 「あらら、ちょっと~……すみません~、またお会いしましょ~」


ツリーズは連れて行かれてしまった。プニュスタージはその後姿を見ながら、口をへの字に曲げた。


 「……思ったより面倒臭い事情がありそうだな」

 「どういうことですか?」

 「領主の娘なりの悩みって奴よ」


プニュスタージ達は、さっきの農夫たちに事情を聞いてみることにした。「口外しないでくれ」と前置きして、語り出した。


 「ツリーズ嬢は悪い人じゃねえんだよ? でも父親……つまり領主様が厳格な方でな。お嬢様が畑に来てるといい顔しねぇんだわ」


要するに、地元の領主に目を付けられないようにツリーズのことを避けている、ということだった。


 「やっぱりねー。クレア、あの子に会いたい?」

 「そうですね……」


クレアは考え込む。実際、彼女も気になっていた、ツリーズの行動は令嬢としてみると極めて特異であった。


 「貴族なのにあんな優しい態度で農民さんに接するなんておかしいですよ! 私も気になります!」

 「……ごめんね、イヤなものばっかり見せちゃって」


その夜、クレアとプニュスタージはツリーズ=カドローアの家に“お邪魔”することにした。


 「私が正面玄関から突入して引き付けるから、クレアはその隙にツリーズさんの所へ」

 「え、行ってどうすれば?」

 「導いてあげな。神様なんでしょ?」


クレアは頷いた。


 「でもプニさん、大丈夫ですか?」

 「心配しないで、私の強さ知ってるでしょ?」

 「ちゃんと手加減できますか?」

 「そっちね!」


そして贅沢にもプニュスタージを囮に使い、クレアはカドローア邸に押し入った。ツリーズは運よく庭に出ていたためすぐに見つかった。


 「あ、ツリーズさん!」

 「あ、クレアさん~、どうやってここへ?」


ツリーズは家の者に見つからないように、自分の部屋へ招き入れてくれた。


 「プニさんが囮になっているので……家の人が心配です、手短に」

 「うちの者が?」

 「それはいいんです。それより、ツリーズさんは農業に興味が?」

 「それもあります~……ただ……」


ツリーズは思いの丈を語ってくれた。それを聞いたクレアは──


 「ツリーズさんのお父さんは、悪い領主ですか?」

 「そんなことないです、自慢の父です」

 「だったらきちんと話しましょう。領民を思う気持ちは同じはずです」

 「でも~……お父様は頑固者ですし~……」


俯くツリーズの手を、クレアがそっと握る。


 「殻を破りましょう。変わっていかなければ、生き残れない、ってそう思ったから、新種を作ったんでしょう?」

 「クレアさん……そこまでは話してないのに……」

 「スゴイことなんですよ。新しい生物を作っちゃうなんて。本来は神様しかできないことなんですよ? ツリーズさん、ここから一歩、踏み出しましょう」


クレアは嬉しかった。人間が知恵と創意工夫で、不完全とはいえ自分の領域にまで近づいてきたのだ。


 「自慢のお父さんなら、娘の成長を喜ばないはずがありません」

 「……そうですね~、話してみます」


ツリーズは父の部屋へ行った。イメージ通りの威厳ある風貌に、流石のクレアもたじろぎそうになる。


 「……そのお嬢さんは? 旅行者のようだが……」

 「私の友人のクレアさんです~」

 「ごきげんようです。ツリーズさんがお話があるそうですよ」


クレアは友人の背中を押す。ツリーズは大きく息を吸った。


 「お父様! 作物の新種開発を、認めて下さいませんか?」


父の眉がピクリと動く。


 「……また農民の真似事か? 何度も言ったはずだ。領主は領民に付け入るスキを見せるな。厳格に、毅然と、威厳ある態度でいることが結果的に領民を守ることにもつながる。そこが緩めば、領土が、ひいては国が乱れる」


あとずさるツリーズの背中をクレアが押し戻す。


 「ほ、本当にそうでしょうか? お父様、昨年の不作を覚えていますか?」

 「勿論だ。しかし備蓄を作っていたから助かった、他地域への援助もできた。自然相手にどうしようもないことは起こる、だからこそ有事に備えて領主の統率力を日頃から高めておく必要が……」

 「お父様! 知っているじゃありませんか!」


今まで聞いたことのないような娘の大声に、領主は驚いた。ツリーズは構わず畳みかける。


 「そうです、どうしようもないことは起こるんです。昨年の不作は天候不順が原因でしたが、気候だけじゃありませんよ、災害や戦争だって凶作の要因になりえます。ですから、気候の変化に強い作物を育てるのは、決して無駄じゃないです。

 不作の要因を一つ潰せるんです。一時的にじゃなくてこの先何年にもわたって、ですよ? 必ず、領民の、ひいては国のためになります!」


領主はしばらくは目を細めながら聞いていたが、我に返ると難色を示した。


 「しかしだな……そんなことが本当に上手くいくのか?」

 「可能です」


ツリーズはきっぱりと言い切った。


 「……お前が私に意見するようになるとはな。好きにしろ」


領主は背を向ける。「好きにしろ」とは「自分の力でやってみろ」の意味である。託した背中は少し震えていた。


 「お父様……はいっ! 好きにしま~す!」


ツリーズは父と向き合い本音でぶつかることで殻を破った。クレアはそんな彼女の姿に、人間の可能性を見出すのであった。


 「……この家の人が心配です、プニさんを迎えに行きましょう」



続く!


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