10. 幼き者は覚悟を決める
前回のあらすじ!
リオさんとボマードさんの活躍でオオカミさんの浄化が完了しました! そういえば私何もやってません!
リオさんからラスターさんの意外な一面を知らされた私は説得に赴くのでした!
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「“俺はみんなの勇者だから誰か一人のものになるわけにはいかない”」
「……急にどうした」
ラスターさんはお先に宿に戻ってくつろいでいました。ボマードさんは実家の方に顔を出しているそうです。
「ホントにそんなこと言ったんですか?」
そう言いつつも心の中では否定してほしいと思っていました。だって似合わなさすぎるんですもの。ラスターさんは何か思案するように天井を見上げています。
「……あれのことかな」
「うわぁーお! 心当たってるぅー!」
何が悪いと言わんばかりの仏頂面。ご自分のキャラを考えていただきたいです!
「ラッさん! そんなの間違ってますよ!」
「何でお前にそんなこと言われなきゃならんのだ」
なんという開き直り! 大問題ですよ! そんなイタイこと言ってたらいつまで経ってもお嫁さんなんか見つかりませんよ!
「ラッさんには何としてもお嫁さんを見つけてもらわないと……」
「余計なお世話だ。必要ないって言ってるだろ」
余計なお世話って……ここまで強情だとは思いませんでした。これは説得に骨が折れそうです。
「ラッさんは知らないかもしれませんが夫婦って良いものですよ?」
「……お前も知らねぇだろ」
くぅ……そうか、私がいくら熱弁したところで「でもお前独身じゃん」の一言で全て瓦解してしまう……! こうなったら(?)私も結婚するしかないのでしょうか!?
「うーむ……しかし私もまだ子供ですし……だいいち相手が……」
「……アホなこと考えてねーだろうな」
「私は真剣ですよ!」
「お前の世界じゃどうだったか知らねぇけどな、この世界の勇者ってのはそういうモンなんだよ」
また“そういうもの”です。別にいいですよ、この世界が多少私の思ってたファンタジー世界とかけ離れてても。でもこればっかりはどうしても納得できないです!
「勇者だから一人で居なきゃいけないなんて……そんなの寂しすぎますよ! ラッさんは平気なんですか?」
「……世界を守るためだ。このぐらいなんてことはねえ」
ラスターさんはやっぱり寂しそうに見えました。でもこれ以上の追及は許さないという顔にも見えました。
「びえーん! ラッさんの分からず屋!」
思わず宿屋さんを飛び出してしまいました。……今からどこに行けばいいというのでしょう。リオーネの街はもう夜でした。
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「ラスター殿……今しがた宿の入り口でチギリさんとすれ違いましたが何かありましたか?」
宿に戻ってきたボマードがそういうと、ふて寝していたラスターは飛び起きた。
「自分の部屋に戻ったんじゃなかったのかよ?!」
「……喧嘩でもなさいましたかな?」
寝間着を着ていたラスターは慌てて身支度を整えている。着替えながらボマードに先程のことを簡単に説明した。
「……なるほど。やはり心配ですかな?」
「そういうんじゃない。あいつの身に何かあったら俺の責任だからな」
ラスターはあずかり知らぬことだったとはいえ、自分のためにチギリがこの世界に召喚されたことに、彼なりに責任を感じていた。
「王もピスケスも大馬鹿野郎だぜ。……俺ほどじゃないがな」
ラスターは部屋を飛び出しチギリの捜索に向かった。ボマードも黙って後ろについていく。
「心配なのは私も同じですが……やはりラスター殿の責任ではないのでは……」
「バカ言うな。俺が頼りないから王もそういう判断せざるを得なかったんだろ」
ラスターはそう言いながら自分の妹のことを思い出していた。
──幼き勇者よ。貴様の妹を助けたくばその剣を叩き折れ。
ほら、折ったぞ!? これで妹は……
──ハハハ……嘘、に決まっておろう。これで私を切れる剣はもうない!
「ラスター殿?」
「……何でもない。俺は森の方へ行ってみる。市街は頼んだ」
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そして森へ向かったラスター。チギリはすぐに見つかった。
なぜかまんまるいイノシシの体に顔をうずめて──
「……何やってんだ。帰るぞ」
ラスターがチギリの肩に手を伸ばそうとすると、イノシシがその手に牙を向けた。
「ぷひぃ……」※1
「…………」
にらみ合う両者。しばし膠着状態が続く。
(こいつ隙がない……逆に少しでも隙を見せれば喉を食いちぎられる)
(ぶひ……ぷひぷひぶーぷぃ……ぷぎ!)※2
ラスターとイノシシのにらみ合いは数十分が経過したところで、意外な形で終わりを告げた──
「ふぁあ~モフモフで気持ちよかったです……あれ? ラッさん?」
「寝てたのかよ!」
森の入り口でいじけてたらこのイノシシさんがすり寄ってきてくれました。抱きしめて泣いていたら、あまりに気持ちよかったものでそのまま眠ってしまったのです! でもどうしてラスターさんがここに?
「はぁ……心配して損した……」
「ぷぎっ!」※3
「心配してくれたんです?」
「……お前がこの世界に来たのは俺のせいだからな」
何かラスターさんがしおらしいです……私もちょっと言いすぎましたかね……
「俺のせいだからな……ちゃんと話そう、俺が愛さない理由」
ラスターさんの自分語りが始まりました。
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ラスターは王都郊外の小さな農村で幼少期を過ごした。父と妹、3人で仲睦まじく暮らしていた。
そしてラスターが10歳の時である。彼を勇者にせよとの神託が出たのは。
「凄いじゃないか、ラスター!」
「お兄すごい、すごい!」
父と妹はたいそう喜んでくれた。しかしラスター本人は微妙な表情だった。
「でも、もし勇者になったらさ……その……稽古とか任務で畑の手伝い、あんまりできなくなるかも……」
「そんなの気にするな! お前にしかできないことだろう?」
「そうだよ! 畑はうちと父さんに任せて任せて! 世界を救うんだぜ!」
二人はラスターを快く送り出してくれた。そしてラスターは王国騎士団による剣術修行を受け始めた。
彼はこの頃からすでに魔力を使えなかったが、それでも問題なかった。カプル王国には、国中の聖職者が3000年以上かけて聖力をすりこんできた宝剣があった。それさえ使うことができれば魔王を倒せる──
「免許皆伝だな、ラスター」
ラスターは剣術に関しては非常に筋がよかったようで、わずか3年で勇者にふさわしいと認められるに至った。
「この剣をお前に託す。それは世界の希望だ、大事にせえよ」
「……はい、ありがとうございます」
「久しぶりに家族の顔でも見に行ったらどうだ? また追って指令が来るだろうから、それまではゆっくりしておけ」
「……そうさせてもらうよ。本当にお世話になりました!」
3年ぶりに戻ってきたラスターを、二人の家族は最大限のもてなしで出迎えた。
「いやぁー、お兄もすっかり勇者の貫禄だなぁ」
「まだ稽古つけてもらっただけだよ。これからが本番さ」
「……しかしそうなると、お前もそろそろ……」
「父さん、そんな話は後でいいよ。成人まで2年もある」
「いやいや、2年なんてあっという間だぞ?」
「ヤダぁ、おじさんくさーい」
「えっ。父さん、くさいか?」
「そういう意味じゃないだろ……」
「うーん、まあどちらかと言えば……」
「お前も言わなくていい!」
小さな家の中に3人の笑い声が響いた。やがて夜は更け、村の寝静まる時間になった。
「……サラ、眠れないのか?」
「お兄……ちょっと外出よう?」
妹に言われるがままに家の外に連れ出され、近くの小高い丘にやってきた。
「ねえ、昔よくここで3人一緒に星見てたよね」
「そうだったな。……懐かしいな」
「お兄はアレなんだからね。何があっても世界を救わなきゃダメだよ」
夜空に一番輝く星を指さしながら真剣な声で言った。ラスターはその星の名前を知らなかったが、妹のその口調がおかしくって思わず吹き出してしまった。
「真面目に聞いてよ! 何があっても……」
「分かってるよ。救うさ、救うとも」
「うん、それならよろしい……うっ!」
突然よろめく妹をラスターは慌てて支えた。
「おい、どうした?」
「限界みたい……頼んだからね……」
そう言い残して彼女の意識は途切れてしまった。ラスターには何が何だか分からなかった。
「サラ? 寝ちまったのか?」
「ククク……呑気なことだな、幼き勇者よ」
ラスターは慌てて妹のそばから飛びのいた。ラスターには魔力が分からぬ。当然魔力の善悪など判断できない。しかしそれでも、目の前から発せられるドス黒い気配、それを感じずにはいられなかった。
「お前……何者だ?」
「おぉ、こんな時でも宝剣を肌身離さず持っているのか。偉いなあ。だが忌まわしい、我を切り捨てるために鍛えられたその剣!」
ラスターは決して鈍感ではなかった。そこまで聞けば目の前で強烈な闇の気配を放つ者の正体は想像がつく。
「……魔王だな?」
「いかにも。まだ完全な状態ではないがな」
「ならばここで切り捨てる!」
宝剣を抜いて切りかかるラスター。しかし魔王はひらりと交わして話を続けた。
「よいのかね? この体は、貴様の妹のものではないのか?」
「……! 貴様……卑怯な真似を……」
「忘れるなよ。貴様の妹の心臓を我が握っているということを」
ラスターは歯を軋ませながら宝剣を鞘に納めた。魔王は満足げにうなずくとまた話を続けた。
「完全復活までに時間が必要でな。こうして人間の体を渡り歩いているのだよ。いやぁ、しかし……この娘の体は実に居心地がいい。魔王である我が、勇者とこんなにゆっくり会話できる日が来るとは思わなんだぞ」
「お前と話すことなどない……妹を開放しろ!」
「それは残念だ。分かった、貴様の妹は返してやろう。だが……人にものを頼むときは相応の対価を支払うのが人間のルールではないのかね? 分かっておるのだろう? 幼き勇者よ。貴様の妹を助けたくばその剣を叩き折れ。」
乗ってはいけない提案だった。魔王を切るためだけに、3000年もの間この剣を守り続けた人々がいた。もし乗ってしまえば、ラスターはその人達の思いを踏みにじることになる──
バキッ
宝剣の切っ先がラスターの足元に転がった。ラスターも迷った。妹と世界を天秤にかけて迷い抜いた。末に──妹を助ける道を選んだ。
「ほら、折ったぞ!? これで妹は……」
「ハハハ……幼き勇者よ、若さとは素晴らしい美徳であるなぁ! だがそれはときに残酷な判断をさせる……嘘に決まっておろう? せっかく良き器が見つかったのだ、そう簡単に返すはずがない。復活の時まで、この肉体は有効に使ってやろう。ハッハッハ……」
ラスターは怒りに震えた。足元に転がっている宝剣だったものを拾い上げた。しかし魔王に切りかかることはできなかった。その魔王が妹の形をしていたから──
「さらばだ、幼き勇者よ。復活の日にまた会おう。その時までお前が勇者で居られたら、だがね」
魔王が空間魔法で姿を消した後で、ラスターは一人膝から崩れ落ちた。
──俺は間違っていた。一人のために全てを犠牲にしようとした。だがその結果がこれだ。
「何がッ! 勇者だ! 妹一人救えない勇者なんて……」
──お兄はアレなんだからね。何があっても世界を救わなきゃダメだよ
「サラ……お前……分かってたのか? 自分の中に魔王がいるって……」
その夜ラスターは覚悟を決めた。誰かのための勇者ではなく、この世界で生きる全ての生命のための勇者になると──
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「……と、まあこんなところだ。分かってくれたか?」
……はっ! ついページトップに戻って作品タイトルを確認していました! ラスターさんにそんな過去があったなんて……イノシシさんも泣いています。
「ぴぎぃ……」※4
「ん? ドングリ……? ……慰めは要らん!」
ラスターさんは世界のために愛さない覚悟を決めたんですね……それは理解できました。理解できましたけど……やっぱり寂しいですよ……
「とにかく……分かったなら俺の嫁探しなんかやめて……」
「やめません!」
「この状況からそれ言えるのかよ!?」
「こうなったらラッさんの悲壮な覚悟なんか吹っ飛ばすぐらいの良妻を何としても見つけてあげます! 魔王と妹さんのことだって私がなんとかして見せます! うおー!」
俄然やる気でてきました! 世界も愛も諦めさせたりしませんからね!
「……まあ、この方がお前らしいか。宿に戻るぞ、ボマードも心配してる」
「はいさー! もっと頑張らないと!」
「やれやれ……ところでアレはどこまで付いてくるんだ?」
おや、アレとは?
「ぷひっ!」※5
「あっ、ウリたん」
「名前つけてんのかよ!」
こうして勇者一行に新たな仲間が加わった! 続く!
訳文
※1「この子に何の用だ?」
※2(この男、只者じゃないな……だがこの少女は泣いていた……見極めるまで近づけるわけにはいかない!)
※3「嬢ちゃん、知り合いだったのか?」
※4「兄ちゃん……苦労してんだな……ドングリやるよ」
※5「俺もあんたらに力貸すぜ!」




