1. 押野契という少女
まだ1話なのでテンションは若干抑え目です。
「……ほえ? ここは……?」
その少女は割れるような頭の痛みとともに目を覚ました。仰向けになった少女は黒いポニーテールを揺らしながら上体を起こす。それから一度落ち着いて自分の置かれている状況を整理する。
まず自分はふかふかの赤い絨毯の上で尻餅をついている。次に正面を見ると、威厳たっぷりの老人が煌びやかな椅子の上に腰かけており、その両脇には銀色の鎧を身にまとった屈強そうな男性が立っている。そして、周りをぐるっと見渡してみる。部屋の中だ、それもとびっきり広い。
────さっぱり状況が呑み込めません!
少女は理解することをあきらめた。ただの豪邸なら、納得はできないまでも理解はできただろう。状況から判断するに、おそらくここはどこかの王宮────しかし彼女は日本人であり、海外に来ていたわけでもない。つまりこんなところにいる理由は何一つない。
「押野契様、気が付かれましたか」
例の威厳ある老人が優しく話しかける。少女──チギリは慌てて姿勢を正す。目の前の老人を偉い人と判断したからだ。チギリは遠慮しながら話を切り出した。
「あの……私はなぜこのような場所に……?」
「……チギリ様、あなたは、元の世界で一度お亡くなりになったのです」
「へ……?」
衝撃の事実がチギリの耳朶にこだまする。死んだ?死んだとは?私はまだ11歳なのに? その時チギリの脳裏に自宅の自室の映像が浮かび上がる。床に散乱した漫画、電源が入りっぱなしの携帯ゲーム機、そして、血を流しながら床に倒れ込む自分……
「そっか……私死んだんですね……それじゃあここは天国……?」
「いえ、そうではなくてここは……」
「それじゃあ地獄!? 私、前世の罪を裁かれるんですか!?」
「……話を聞かん奴じゃな」
「陛下、こらえて!」
青ざめて震えがるチギリを見て、老人はため息をついた。それから大きく一つ咳払いをして、深く息を吸い込む。
「チギリ様ー! お話よろしいですかなー!?」
「ひゃぁっ!? 大きい声出さないでください!」
「じゃあ話聞いて!?」
チギリがようやく落ち着いたので、老人の話は本題に入った。チギリはまだ気づいていないが、少し後ろでシュッとした金髪の青年が不機嫌そうに腕組みしながら立っていた。
「結局ここはどこなんですか?」
「ふぅー……簡単に言えば、あなたは元いた世界からこの世界に転生したのです」
「じゃあ地獄じゃないんですね! よかったぁー!」
チギリは緊張していた表情をニハッと崩した。私そんな悪いことしてませんもんね!とブツブツ独り言をつぶやいている。再び話を聞かないモードだ。老人は「相手は子どもだから」と気持ちを落ち着ける。
「それで、お爺様は誰なんですか?」
「……このカプル王国の王・リーベ=カプルザースじゃ」
「うっへー! やっぱり偉い人でした! 契ちゃんの勘に狂いはありませんでしたよ!」
はしゃぐチギリの姿を見て、後ろで聞いていた青年は遂にしびれを切らした。踵を返して扉に手を掛けた青年を国王が呼び止める。
「待て、ラスター。お主もこの子とは長い付き合いに……」
「陛下、本気でこんな子どもを私と婚姻させるつもりですか?」
「い?」
衝撃の言葉がチギリの耳朶にこだまする。婚姻?婚姻とは?私はまだ11歳なのに? どこか浮ついていたチギリであったが、ようやく真剣に話を聞く体勢になった。
「ワシにとっても想定外だったのじゃ。しかし……」
「ど、どういうことです!? ここここ婚姻って!?」
「もう、今から話すからぁ!! ゴッホ、ゴホッ!」
「陛下、お薬です! 高血圧なんだから無理しないでください」
「だってこのガキが……このガキが……」
涙をこらえながら、血圧を抑える薬を水とともに飲みこむ。傍らに立つ兵士に頭を撫でられながら血圧と心を落ち着ける国王。もはや先程までの威厳はどこからも感じ取ることができない。そして、国王はチギリが召喚された真相を語り始めた。
「この世界には魔法というものが存在する。体内に流れる魔力を物理現象に変換することで……」
「魔法の説明はいいです。なんとなく分かるんで」
「あっそう! で、その魔力の強さを決めるのが何か分かる?」
「何ですか?」
「愛じゃよ」
「なぜそこで愛?」
「詳しい原理は分からん。じゃが、情愛に比例して魔力も強くなる」
「はえー、なんかロマンティックですね!」
「でしょー? じゃがな、そこのラスターは、神託を受けた勇者でありながら生まれつきほとんど魔力を持っていないのじゃよ」
「愛がないんですか? 可哀想……」
「おい、ガキ……」
「そうなんじゃ。無理にでも結婚させればこの愛をなくした悲しい勇者にも愛が芽生えると思ったのじゃよ」
「おい、クソジジイ……」
「そういう愛もアリですよね!」
「じゃろう? そこでじゃ、この男の“運命の相手”を召喚することにした……そのはずじゃった……」
「だがこんな年端もいかないガキが召喚されちまった」
「そうなんじゃよ! 流石にこれは事案じゃろ?」
「確かに……! ……じゃあどうするんですか?」
「バカバカしい。今までも魔力抜きで戦ってきた。俺に妻など必要ない」
大体の説明はこんな感じだ。話が終わるとラスターは大きい音でドアを閉めて出ていった。国王はやれやれと額を押さえた。
「残念じゃが、ラスターの言う通りじゃ。こんな子どもでは……」
「でも、どうしてこの世界で勇者様のお嫁さんを探さないんです?」
「……預言があったのじゃ。異世界より来たれり少女が勇者の愛を取り戻す、みたいなニュアンスの内容のな」
「最初から少女って言ってるじゃないですか」
「ここまで少女と思わなかったんじゃもん……」
国王は玉座の上で拗ねたように体育座りしてしまった。取り敢えずチギリの懸念はこれからの自分の生活がどうなってしまうのかであったが、それはせめてものお詫びとしてカプル王国が保証してくれるらしい。
「それならとりあえず一安心です! で、いつ元の世界に帰していただけるんでしょう?」
「あー……それはじゃな……」
国王は口ごもった。幼い彼女にこの事実を突きつけることに気が引けてしまったのだろう。しかしいつかは言わなければならないことだ。
「……お主は一度死んだ身、元の世界には帰れんのじゃ……」
「そんなぁ……仕方ないですね、切り替えていきましょう!」
「あ、存外ポジティブ」
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「ムカついたら腹が減った……」
「では、今日は王都で昼食をとりましょうか」
ラスターは隣を歩く髭面の大男の提案に無言で頷いた。近くのレストランの扉を足で開け、店員に案内される前に4人掛けのテーブル席に腰を下ろした。大男は申し訳なさそうに頭を下げながらラスターの後ろに続く。
「日替わり定食」
「では私も同じものを」
「あ、はい……」
「今日は最悪だ。あのジジイ勝手な事しやがって……」
「陛下なりにラスター殿ことを考えて下さっているのですよ」
「分かってるけどよ……」
ラスターはきまり悪そうに頬杖をついた。そして扉の方を見て顔を歪めた。あいつがキョロキョロしながら入ってきたのだ。
「あ! 探しましたよ勇者様!」
「お前……さっきのガキ……」
チギリは、露骨に嫌そうな表情を見せるラスターの隣に腰を下ろした。
「あ、お子様ランチで」
「あ、はい……」
「ラスター殿、ひょっとしてこの子が?」
「初めまして、押野契って言います!」
「ああ、どうも。私はボマード=グレイゾと申します。僧侶をやっております」
「これはこれはご丁寧に」
チギリとボマードは頭を下げ合う。ラスターはそんな二人を忌々しげに睨み付けた。
「お前、何でここに来た?」
ラスターの質問に、チギリは得意げに胸を張ってこう答えた。
「私が、勇者様のお嫁さんを見つけてあげます!!」
「…………はぁ?」