第6話 汚え花火だ
法人向けオンラインゲーム『トゥルーライフ』では明確なラスボスが存在しない。
少なくともプレイヤー側の認識はそうだ。
それはこのゲームが未完成だとか、そもそも実装されてなかっただとか、様々な憶測はおいておいて、いま現在運営側から正式なゲームクリア条件が提示されていないことが要因だろう。
しかし、しかしである。
たしかにラスボスの存在がアナウンスされていないとしてもだ、プレイヤー側がこのゲームのラスボスに相応しいモンスターを連想するとなると十中八九とあるボス名が挙がる。
〝不滅の女王〟だ。
日本サーバーの限定ボスとして存在するそれは、このゲーム内においてまだ誰も討伐していない、いわば最後の牙城。
イベントモンスターとしては異例の、プレイヤー100人態勢で挑めるレイドボスでありながら、ゲーム可動初期に数多くいた廃課金上位プレイヤーが総掛かりでも返り討ちになってしまった伝説のボスキャラっである。
それから何度となく攻略パターンを研究したプレイヤーたちを、その都度撃退というか、殲滅してきた不滅の女王のスペックは、又聞きしただけで頭が痛くなるものだった。
【状態変化無効】や【即死無効】はもとより、【弱体無効】にはじまり【全属性耐性】と【物理耐性】に裏打ちされた膨大なHP。しかも、一定時間でHPを回復させる【自動再生】のオマケつき。
攻撃に転じれば、固有スキルの【全属性攻撃】や【魔法防御無効】というゴリラならぬゴジ○並の破壊力で暴れまわるという、ホントどうすんのこれ状態だ。
そんな怪物相手にせっせと挑むのだ。プレイヤーだってマゾではない。ましてや社会人、純粋なゲーマーですらない。
だったら、何故彼らが不滅の女王討伐に血眼になっていたのかというと、理由はひとえに討伐報酬金にある。
その額ズバリ100、000、000マネー。現実レートに換算して、およそ100億円。
不滅の女王こそ、ゲーム内唯一のビリオンモンスターなのだ。
もっとも、金額が金額なだけに難攻不落の前人未到。不滅の女王にしたって、未だ討伐されていないので事の信憑性は定かではないが、仮に100人で山分けしても一人あたり1億円だというのだから夢のある話ではないか。
せっかくトゥルーライフをプレイしているのだ。一度は挑戦してみたい。さらにいえば、倒したい。
誰もなしえなかった偉業を達成して、俺たちを閑職に追いやった連中を見返したい。
それがいまの俺のモチベーションだ。
目指せラスボス! 打倒不滅の女王! というわけで、今日もめげずに中級ダンジョンに挑んでいるわけである。
「とうとうここまで来たんスね……」
フィールドは相変わらず遺跡エリアだ。
掲げた松明に照らされて、薄暗いダンジョンの最奥部に俺たちはいた。
「フッ、俺たちは、強くなった。もう何も、恐くない」
「山根さん、それフラグだからヤメて」
「ここまで苦労させられたんや。ゴイスーなお宝のひとつでもよこさんかったらタダじゃおかんで」
「みんなよく頑張ったねえ。偉いねえ」
このダンジョンの攻略をはじめてから二週間、紆余曲折があった。
密林ではムカシトンボに小暮さんが連れて行かれたり――
遺跡に入ればトラップの解除をミスった葛田さんのせいでインディボールでペチャンコになったり――
不用意に植物キノコモンスターと接触して混乱状態になった山根さんに全員殴り倒されたり――
お金をケチってダンジョン内の明かりを炎魔法でやりくりしようとした挙げ句、俺が途中でMP0の置物になったりと、かなり足を引っ張った。
そう、俺たちは等しくポンコツだった。
互いに足を引っ張り合った俺たちだったけど、とうとう中級ダンジョンの最奥にたどり着いたのだ。
暗闇に火が灯っていく。
祭壇とおぼしき広間が照らされていくと、正面に巨大な石像が鎮座していた。
それは伝説の英雄か、はたまた古代の神々か、威厳に溢れたヒゲモジャのおっさんが宝玉っぽいものを掲げている姿だった。
禍々しいモンスターの影はなく、沈黙が数秒。
するとどうだ。
玉座に座していたギリシャ彫刻みたいな巨人像が静かに動きはじめたではないか。
「ちょ、えっ、えっ?」
「デ、デカッ!? なんや、なんやアレ!? あんなん反則やろがッ!!」
「そ、その日人類は思い出した……」
「鎌倉の大仏さんより大きいんじゃないかなぁ……」
途端に及び腰になってしまう。
見上げるほどに巨大さが際立つ石像は15メートルくらいありそうだ。
恐竜どころではない。直立したシロナガスクジラだ。
このサイズの敵と戦うだなんてVRゲームならではの大迫力。地響きまでリアルに伝わってくる始末。
「はは……マジ倒せるんスかね、あれ」
だが、ここまで来たという事実は揺るがない。
俺たちは力をつけた。脱初心者を果たしたいま、苦楽を共にした仲間たちと一緒なら戦えるはず!
「逃げるでえ!」
「ええ!?」
協調性もへったくれもない葛田さんの一言。
だが、俺たちの逃亡を待たず、おもむろに巨人像が石球をぶん投げてきた。
「ほぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」
ハリウッドCGじゃあるまいし、豪快に投擲されてきた石塊が入口にぶつかってバラバラに飛散していく。
直撃こそ避けたものの、散弾と化した石つぶてによって俺たちは四方へ吹っ飛ばされてしまった。
「ぐえええええ……マジ無理ぃ」
魔法職とはいえ、かなりHPも増えたというのに、一気に半分近く削れられてしまった。
さらに問題があるとすれば、ボスエリアからの出口が破損して脱出不能になったことだ。
「アカン! 外に出られんがなッ」
「や、やるしか、ないのか……」
「困ったねえ、困ったねえ」
「だ、大丈夫です! いつもどおり、いつもどおりです!」
いまさらデスペナで経験値を無駄にしたくない。
俺は勇気を奮い立たせて、腹を括った。
「と、とにかく魔法、いきます!」
小暮さんの回復を待ちつつ、俺は魔法詠唱にかかる。
魔法職の補助スキル【移動詠唱】をもってない俺だと、詠唱中は無防備なお地蔵さんだ。
その間、葛田さんは逃げるため、山根さんはタゲを分散させるため、左右にわかれて展開する。
まだ巨人像との距離は遠く、案の定動きのトロい石くれが射程ギリギリに踏み込んだ一瞬を狙う。
「アイスウォールッ!!」
人間の背丈ほどの氷壁を生成して、巨人の膝に引っかけるとドスン。
重たい地響きを立てて顔面着地をした巨人にここぞとばかりにみんなで群がる。
「キエエエエエエエエッ、キエ、キョエエエエエエエエエエッッ!!」
山根さんのかけ声がキモい。
「死ね! 死にさらせ! ボケカスクズゥ!!」
葛田さんは弱っている相手には本当に強いなぁ。
大人としてどうかと思いますよ。ええ。
かくして、巨人像が立ち上がるまで攻撃を加えることができたのだが――
「ダ、ダメージが、通って、ないッ」
「ワイのナイフ、壊れてもうたがな!?」
通常攻撃だったにしろ、かなりボコボコにしたはずなのにボスHPはミリ単位でしか変動しておらず、挙げ句葛田さんの武器が石像の耐久値に負けてブレイクしてしまったではないか!
「葛田さん、新しい武器よー!」
急いで前線へ武器を投擲する。
「でかしたッ! これでリンチ再開や――って、これジョークスティックやないかッッ」
「余ってる武器がそれしかないんだからしょうがないでしょッ」
ご存じのとおりジョークスティックの攻撃力は0。武器としての価値も0。たとえどんなに殴ろうともダメージは0!
その代わりといってはなんだが、ジョークスティックはユニークな特性がある。パーティーアイテムであるがゆえか、武器や防具に存在するはずの耐久値が設定されていないのである。
「それ振って囮になってくださーい!」
その間、俺が高火力をお見舞いするのだ。
「ファイアーランスッ!!」
距離を詰めて詠唱していた現時点最高威力の魔法を撃ち込むも、無情なる【レジスト】という表記が。
ついでに、ダメージもミリ単位。期待していたものではなかった。
「ジローくん、石は燃えないと思うんだ」
「ですよねー」
小暮さんの常識的な意見が胸に刺さる。
「わかります。わかってるんです……でも、仕方ないじゃないっスか! ゲームですもん。試してみたくもなるでしょう!?」
「なんや。つっかえ」
「はあ!? だったら葛田さんもちゃんとタゲとってくださいよ!!」
「うっさいわボケェ! あいつ硬すぎて骨投げても効果ないねん」
魔法が使えない魔術士と、タゲのとれない盗賊。
俺たち二人、紛れもなくお荷物だった。
互いに罵りあっている間も巨人像にバッコンバッコン殴られて、俺たちは何度も死んでいる。小暮さんにいたっては、蘇生魔法マシーンと化している。
「このままじゃジリ貧っす! どうにかしないと……」
とはいえ、炎もダメ、氷もダメ、雷もダメ。
おまけに装甲が厚くて並の攻撃は通らない。
なるほど。中級ダンジョンだけあって、よくできたゲームバランスじゃないか。
「ま、任せろ――流星脚ッ!!」
言うが早いか、山根さんが現実ではあり得ない速度で飛翔して飛び蹴り一閃!
分厚い胸板にキックが命中、巨人像がはじめてノックバックした。
「おお! スゲー効いてる! 効いてますよ山根さん!!」
ボスHPが緑から黄色へ、目に見えて減少した。
「なんか最近全然技覚えねーと思ってたら、これ覚えるためにスキルポイント溜めてたんスね!」
「ふっ、切り札は、とっておくもの、だ」
落下中の山根さんを巨人がベチン。蠅みたいに叩き潰されてしまった。
もちろん即死である。
「山根さぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁんッッ」
やはり大技の隙は甚大で、それをフォローできない状態では自爆技と大差がなかった。
なにより必殺技【流星脚】には大きな欠点がある。
必殺技は魔法のようにMPを使わず、HPを消費する。当然ながら強力な技であればあるほど、消費HPは嵩んでいく。
身の丈にあってない【流星脚】は山根さんのHPを半分にしてしまい、結果巨人像の攻撃で一撃死してしまうのだ。
「や、やはり、この技、俺には早かったか」
落胆するのはそれこそ早い。
これは光明でもあるのだ。
「山根くん、もう一回いこうか」
「山根さん、頼んます!」
「ヤマちゃん、後生や。死んで!」
「み、みんな、酷くないか……」
こうして悲壮感丸出しの突撃作戦を続行するも、そろそろ小暮さんのMPも限界だ。
「ゴメンね。この『りざれくしょん』が最後の一回だったよ」
せっかくボスHPが赤になったっていうのに、あと一歩、僅か一歩が届かない。
「チクショウ! せめて爆裂魔法があれば……」
硬いモンスターに効果的な爆裂魔法の修得はLv30から。
せめてもう少しレベル上げしてから挑むべきだったか――
「爆発が効くんなら先に言えや! あれやろ、爆弾とかでええんやろ?」
「葛田さん持ってるの!?」
「当ったり前やがな。爆弾いうたら洞窟探検の必須アイテムやねんで」
「見直しましたよ葛田さん! 不測の事態に備えていたんですね!!」
「そやそや。こんなこともあろうかと、リア充爆殺したろ思って購入しといたんや」
前言撤回。見事な歪みっぷりだ。
動機の不純さはおいておくとして、足りない一手を爆弾で詰められるかもしれない。
いや、やるしかない! 端から選択肢などないのだ。
「俺がもう一回巨人を転かしますから、葛田さんはそのチャンスを逃さないでください!」
「任せときい!」
「佐々木、オレが最後の時間を稼ごう」
山根さんが決死の流星脚で突撃していく。
案の定叩き落とされて死亡するも、役目は果たしてくれた。
俺に対してストンピングをかまそうとする巨人像の足下に向けて、
「アイスウォール!!」
氷の壁をゴン!
ふたたびけっ躓いた巨人が前のめりに傾いでいく。
もちろん俺は下敷きだ。ペシャンコだ。
だけど一人、たった一人が生存していれば全滅にはならない。
みんながみんな、それぞれの役割を担って命をかける。
「いまです葛田さん!」
合図をすると、俺の隣に駆け込んできたのは小暮さん。
両手いっぱいの爆弾を抱えて。
「ふぁ!?」
「なんかね、たくさんもらっちゃったよ」
振り返れば、邪悪なオッサンがニヤリ。
「MPない魔法職にゃちょうどええ使い道やろ?」
「あんたって人はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッッ」
俺と小暮さんに巨人が覆い被さってきたところで大爆発。
特撮シーンを彷彿とさせるほどの爆発に次ぐ爆発。連鎖爆発で哀れ巨人像が粉々に砕け散っていく。
「汚え花火や」
そして、高らかに鳴る勝利のファンファーレ。
生存者はクズあらため、葛田さんしか残っていないので経験値と報酬金を独り占め。
「勝利や! ビクトリーや! うほおおおおおお、お金もたんまりやで~」
ゲラゲラと、お手本のように悪笑いする葛田さんに、死して宝石となった俺と山根さんが「死ね死ね死ね死ね」と連呼した。
その後、一週間葛田さんと口を利かなかったことは言うまでもない。