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第5話  負け犬にだって野望がある!

 トゥルーライフはクソゲーである。


 この意見には賛否が分かれるところであろう。

 世紀の投資家エドワード・リッチマンが考案した世界規模のオンラインゲーム『トゥルーライフ』はある意味で全うだ。重大なバグもないし、順当にプレイしていけばそこそこ遊べる楽しいゲーム。仮想空間がリアルなだけの、ごくありふれたオンラインゲームだ。

 もちろんゲーム内通貨もリッチマンの公言どおり、仮想通貨で支払われ、プレイヤーはゲームを通して現金を得ることが可能だ。


 ならば、何故クソゲーなのか?


 問題は、トゥルーライフが企業法人向けのゲームであり、筐体購入に一台4000万円かかっている点にある。

 ゲーム内で得られる通貨マネーは当然ゲーム内でも必要になるわけで、装備やアイテム、その他施設などの利用費もマネーで精算。普通にプレイしていたらとても現実に換金する余裕もなく、よほど高ランクモンスターを討伐するか高難度クエストを達成しないかぎり高額の仮想通貨は得られない。


 さらには、ちょくちょくバージョンアップで強くなっていくモンスター、未だレベルキャップの解放がない現状では、高額モンスターを討伐するには数で殴れが主流になっており、頭数が増える分だけ報酬金も分散さてしまう。


 頭痛の種はそれだけではない。ゲーム筐体の維持費、可動による電力のバカ食い、プレイヤーの人件費及びゲーム内での経費を含めれば、収支はよくてトントン。とても筐体費数千万を回収できるはずもなく、当初の『ゲームで莫大な仮想通貨を獲得する』という目論見など夢のまた夢。

 この事実を受けてゲーム開始から三ヶ月後、企業側はようやく気づく。


『トゥルーライフはクソゲーである』


 いや、より正確に表現するならば、


『我々はあの詐欺師につかまされた』か。


 仮想通貨を獲得できるというトゥルーライフの謳い文句につられて、このゲ-ムを世界各国の様々な企業が購入した。

 しかし、まだどの企業も筐体費を回収できていない。


 これはおそらくβテスト。企業側にテストプレイを重ねさせて、いずれ家庭用として正式に完成版をリリースする。企業はバカ高い金を払って、まんまと煮え湯を飲まされた。

 誰しもそう考えたのだが、一向にトゥルーライフが家庭用ハードになることもなく、それどころか企業側の訴訟を待たずしてリッチマン本人が急逝してしまったのである。


 狐に抓まれたとはこのことで、残ったものといえばバカ高い筐体と、名だたる企業を含めた大人達が世界規模の詐欺に遭ったという事実のみ。

 事の真相はリッチマン本人にしかわからない。

 だが、世間の共通認識では、この事件は度を超えた成金野郎の戯れ。つまるところ、資本家の悪戯だったのである。



◇◇◇



 時刻はアフターファイブならぬアフターナイン。フツーに通しというやつである。

 ダンジョンから戻った俺たちは酒場にいた。

 むろん、ゲームなので本当に酒が飲めるわけでもなく、あくまで気分だ。

 街中で立ち話もなんだし、せめて一仕事終えたあとくらいゆっくりと腰を落ち着けたいと思うのは社会人の性だろう。


「っかぁ~~、疲れた。今日もよー働いたで」

「いや葛田さん逃げてただけっスよね?」


 あれから俺たちは遺跡入口での経験値稼ぎに従事した。

 何度もパーティ全滅の危機に晒されるたび、街に戻って回復してを繰り返したものの、やはり中級モンスターの壁は厚く、戦闘終了時に誰かしら死んでいるなんてザラだ。

 経験値効率も悪く、当然ドロップアイテムや獲得マネーも少なかった。

 回復ポーション代の方が高くついて、収支でいったらマイナスだ。

 せめてもの救いが、俺たちのごとき低レベルだとデスペナルティの経験値ロストが少ないことだろう。


「それに比べて、今日は山根さんが大活躍でしたねー」


 俺と小暮さんは体力的にすぐ死ぬし、葛田さんには死ぬまでビリビリしてもらった。

 必然的に生存率とトドメ役の多い山根さんが一番レベルアップしたことになる。


「と、とうとう俺は【真空波】を覚えたぞ。シュッ、シュッ」


 山根さんが軽くシャドーをすると、拳の先から拳圧というか、衝撃波というか、とにかく風のようなエフェクトが飛び出して、酒場の机や瓶が割れていく。


「嬉しいのはわかりますけど、店内でスキル使わないでください!」

「山根くん。みんなの迷惑になることはやめようね」


 俺と小暮さんに窘められた山根さんはどこ吹く風だ。


「べ、別に、すぐに再生す、するし」


 そうなのだ。これはあくまでゲーム。

 街中で壊れた箇所はすぐに再生するし、NPCにもダメージはない。


「でも、そんなことやってると葛田さんみたいにカルマ値が上がっちゃいますよ?」

「ふっ、照れるやないか」


 褒めてねーし。


「パーティ内で唯一の称号持ちやからな、ワイ」


 ドヤ顔でステータス画面を開く葛田さん。

 そのネームの横に【小悪党】という称号が表示されている。

 称号はプレイヤーの行動や実績に応じて授与されるトロフィみたいなもので、職種とは別のスキルボーナスが得られる。


 【小悪党】は逃げ足に上昇補正がかかり、商品を売買するときに値引き判定が出るようになるのだが、牢屋に入れられたときの保釈金額がアップするというものである。

 葛田さんみたいに報酬をネコババ、街中でセクハラ、衛兵に連行されて牢屋入りなどをして、せっせとカルマ値(悪行)を増やすと獲得できる。


「ヤマちゃんに称号はまだ早いわ」

「佐々木、小暮さん、お、俺が悪かった」

「なんでや! ここはワイを褒めるとこやろッ」


 人のふり見て我がふり直せ。至言である。


「葛田さんの場合、称号というより罪状ですもんね」


 ゲームのなかまで不名誉な二つ名で呼ばれたくない。

 山根さんはすっかり姿勢を正してくれたようだ。


「とにかくこれで、鳥系のモンスターにも攻撃できるようになりましたね!」

「た、頼りにするが、よい」


 現状、離れた敵への攻撃は俺の魔法か葛田さんの投擲くらいしか手段がなかった。

 単純に攻撃の手数が増えることは大歓迎だし、なによりビッグタイパンのような毒性モンスターへの接近リスクが軽減できることがデカい。


「小暮さんには、引き続き最優先で解毒魔法をマスターしてもらうとして、葛田さんは【索敵】スキルを上げください」


 これから遺跡で戦うとなると、いままでサボっていた【周辺警戒】に【夜目】、【罠探知】などなど、葛田さんの課題は山積みだ。


「うげっ、面倒やなぁ……ワイばかりやのうて自分、自分はどうなんや」


 そういって、葛田さんが棒きれで俺をペシペシ叩く。


「ちょ、やめてくださいよ!」

「ええやん。どうせダメージないんやし」


 葛田さんが手にしている武器は『ジョークスティック』だ。

 これは最初の初心者クエストのクリア報酬で、攻撃力はなんと0。

 気兼ねなく味方を殴れるし、NPCを殴ってもカルマ値は上がらない。いわゆるパーティーアイテムで、むろん売買価値も0である。


「鬱陶しいですって、もう!」

「ならはよ答えんかい、ほれほれ」

「はいはい、わかりました! 今後の育成方針でしたよね」


 葛田さんからジョークスティックを奪って、話題を戻すことに。


「俺はまあ、氷結系に手を出そうかなと」


 とにかく密林では爬虫類系モンスターと出会した。

 いつまでも炎だけの力押しなんかじゃなくて、弱点属性を考える段階だろう。

 思案していた俺に、葛田さんが露骨に顔をしかめた。


「地味ぃ~。氷結って、氷結って! チューハイ屋でもはじめる気か?」

「バカにしないでくださいよ! いいっスか、氷結魔法って爬虫類系だけじゃなくてスライムとか、なんかヌルヌルしたものにも効くんスよ!」

「んなもん、散々ぱらワイにかました電気ビリビリでオッケーやろ。あと得意の炎のなんちゃら。あれものゴッツイ攻撃力あるし、長所は伸ばすもんやで?」

「珍しく葛田さんがまともなこと言ってる……」

「どうゆう意味や!」


 そういう意味です。

 少しばかり関心した俺は、素直に頭を下げた。


「葛田さんの意見はもっともです。もっともなんですが、遺跡ってたぶん閉所が多くなるでしょう? そしたら俺の近くの味方、下手したら全員ビリビリになったらどうっスか」

「そらまあ……あとから来たモンスターにボコボコやろなぁ」

「でしょう? だったら、電撃系ほど威力がなくとも、味方を巻き込まない魔法があった方がいいんじゃないかと」


 まだ釈然としない葛田さんに押しの一言。


「それに、まだ試してないからなんともですけど、たぶん氷で壁や足場がつくれるんじゃないかと思ってまして」

「ケッ、つくれたらどうなるんじゃボケぇ」

「高いところ、足場がないところの宝箱がゲットできます」

「それやッ」


 パチンと指を鳴らす葛田さん。


「いやいや、ワイはわかってたで? 氷魔法がゴイスーってこはな。がっはっは」


 このオヤジ、調子のいいことを。


「そういうわけで、当面は遺跡エリアで各々の強化が課題っスかね」

「ホンマ、ジロちゃん真面目なやっちゃなー。ええねん。どうせゲームやろ? 適当にやってお給料もらっとれば。ワイら閑職、リストラ組やねんから」

「あはは、向いてるんだと思うんス。俺、凝り性っていうか、こうやってスケジュール立ててくのが」


 もともとゲームも嫌いじゃない。オンラインゲームは全然だったけど、家庭用RPGとかは好きだった。


「なるほどなぁ。そんな性分じゃあ営業キツかったやろ。あんなん出たとこ勝負、ほぼアドリブやもんな」

「それはまあ、そうっスね……」


 思い出しただけで喉がキュッと締まる。

 月のノルマに飛び込み営業、先方のクレームに、時間外や休日もガンガン鳴る電話。

 なにより苦しかったのが、ノルマ達成のために契約内容を把握していないお年寄りの個人業者に無理矢理受注をつかませることだった。


 わかっている。それは俺の青臭さだし、業績の悪さからくる自業自得だ。

 でも、人には向き不向きがあるし、無理して続けても心は軋んでいくばかりだった。


 そしてある日、ふと急に、俺の心はポッキリ折れた。

 無気力。無感情。それが鬱病と呼ばれるものかはわからなかったけど、俺は二週間寝込んでしまった。

 すっかり有給を使い果たして、それでも復調したと自分を騙して出社した朝、俺のデスクはなくなっていた。


 辞令だった。本人に知らされてないところで、俺はリストラ候補に挙がっていた。

 そうやって俺は負け犬として、いまの地下二階、特別資材管理部にやって来た。

 そして、みんなもなにかしら脛に傷があって、俺と同じ立場の、いうなれば社会の負け犬の集まりなのだ。


「どしたん? 暗い顔して。なんや悲しいことでも思い出したんか?」


 顔を覗き込んできた葛田さんの言葉で我に返った。


「いやいや、大したことじゃねえっス」

「そか。ならええねん」


 興味が失せたのか、「あ~キャバクラ行きたいわ~」とボヤく葛田さん。

 山根さんは新スキルがよほど嬉しかったのか、隠れてシュッシュしてるし、小暮さんは相変わらずニコニコと微笑んでいる。

 これがいまの仲間、俺のパーティなのだ。


 だけど落胆はしない。してやるものか。

 負け犬にだって意地があるし、俺にだって野望がある。

 俺たちを閑職に追いやって自主退職を迫る会社の連中をあっと言わせる大きな野望――

 ラスボスだ。トゥルーライフのラスボスを倒す!

 それが俺の野望だった。


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