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第4話  〇イパンなんて余裕っスよ → 〇イパンには勝てなかったよ

『トゥルーライフへようこそ』


 お馴染みのアナウンスでゲーム内にログインした俺たちは、街の入口で集合した。


「そんじゃ、今日もオネーシャス」

「………」

「頑張ろうねえ」


 愛想はなくてもうなづいてくれる山根さん。朗らかに挨拶を返してくれる小暮さん。

 そんな二人とは離れて葛田さんがなにをしているかというと、


「うっひょぉぉぉぉぉぉ、ネーちゃん、ええパイパイしとるの~」


 街の入口に立っている町娘に絡んでいた。

 まあ、プレイヤーはNPCに触れられないので、葛田さんの手は町娘の胸を透過するばかりだが。


「ほれほれ、なんとか言うてみい」

『こんにちは、ここはファーダンシティよ』

「ここか、ここがええのんか?」

『こんにちは、ここはファーダンシティよ』

「ち、全然反応せーへん。つまらんわぁ」


 それでも葛田さんは地べたに寝っ転がって、なんとか町娘のスカートのなかを覗こうとする。

 そのビジュアルといったらもう、同じ人類と思いたくない。

 山根さんと小暮さんは慣れたのか、諦めたのか、見て見ぬふりをしているが、腐っても一緒のパーティを組んでいる俺としては、葛田さんにもそろそろ人としての尊厳を取り戻してもらいたい。


「葛田さーん、いい加減にしないと衛兵に連行されますよー。もう俺ら保釈金払いませんからねー」

「わーっとるわーっとるがな。ジロちゃんノリ悪いなぁ。こんなリアルなオッパイがあるんや。揉まなネーちゃんに失礼やろ」


 葛田さんのクズ言動は置いておいて、リアルなキャラ造形をしげしげと観察したくなる気持ちはわかる。

 VRゲームの醍醐味である仮想現実はトゥルーライフにおいて実に見事なのだ。

 NPCの肌の質感、サラサラの髪や布のシワまで、いったいどれくらいのポリゴンを使っていることやら。金持ちのなせる業である。


 トゥルーライフの迫真さは人物だけに留まらず、木々の緑や人工物、果ては現実に存在しないモンスターまでリアルに見せるほどだ。

 この仮想現実があまりにリアルすぎて、『教会墓地』のクエストで葛田さんは内蔵ビロンチョしたゾンビにビビって漏らしたことがあるし、専用筐体に入らずヘッドギアのみでプレイした山根さんなんかリアルとバーチャルがごっちゃになった挙げ句、パンチを出そうとデスクにぶつかり骨折した。かくいう俺も、最初の頃は筐体の天井に頭をぶつけたこともしばしば。


 いやはや技術の進歩とは凄まじい。

 プレイ時に装着するヘッドギアにしたってそうだ。

 ゲーム内ではあれほど激しい運動をしているというのに、現実では一切身体を動かす必要がない。頭で腕を動かすところを想像するだけでいい。

 コツを掴むまでは現実の身体が動いてしまって妙な気分だったけど、慣れてしまえばオッサンでも老人でも若者のようにアバターを操作できる。

 なんでもこれは、先天的や後天的な理由で肉体にハンディキャップをもった人のために開発された技術だとかで、未だにトゥルーライフが家庭用VRゲームの追随を許さないところでもある。さすが金持ちのなせる業パート2だ。

 ともあれ、今日も今日とて俺たちのやることはかわらない。

 ひたすらに金稼ぎである。


『冒険者のみなさま、クエストを選んでください』


 冒険者ギルドの受付でクエストの受注を済ませる。


「ジロちゃん、今日はどこ行くんや?」

「そうっスね、初級編の洞窟はいい加減やり尽くしたことですし、心機一転で遺跡エリアへ足を伸ばして見ませんか?」


 『遺跡エリア』は中級者、おもにレベル20~40くらいのプレイヤーが探索する狩り場だ。

 昨日までスライムやゴブリンで一喜一憂していた俺たちじゃあ荷が重く、当然のことながら最深部へ到達する前にデッドだろう。

 無言の山根さんが息を呑み、小暮さんがソワソワする。


「大丈夫かい? 私らまだレベル15なんだよ? いきなりすぎやしないかね」

「安心してください。遺跡に行くっつっても、入口でウロウロするだけっスから」

「ホンマかぁ? 遺跡っつったらあれやろ? ゾンビとか死霊とか出てくるんとちゃうん? おっちゃん、また漏らしたくないねんで」


 ブーブーと文句を垂れてくる葛田さんにボソリ。


「遺跡ってことはですよ? 宝箱が、財宝があると思いませんか?」

「よっしゃ! 行ったろーやないかい。ほら、ヤマちゃんにオヤッさんも、クズクズせんとッ」


 さすが金の亡者葛田さん。欲望に正直だ。

 俺としても騙すつもりなんてない。遺跡なら自然洞窟とは違って、宝箱があるだろうし、ドロップアイテムだってずっとマシになるはず。

 正直、背伸びは否めないが、高レベルのモンスターを相手にすれば、それだけレベルアップの近道にもなるだろうし。


「そんじゃ、張りきって行きますかー!」



◇◇◇



 意気揚々と新しいフィールドに繰り出した俺たち。


「山根さぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁんっ」


 即堕ち2コマのように叫んでしまった俺の眼前では、天高々と屹立する15メートル級の大蛇が。


「アナコンダや! アナコンダ2やねん!」


 ビッグタイパンに上半身を呑まれて足をバタつかせる山根さん。

 それを見て、ゲラゲラと笑い転げる葛田さん。


「これがホンマの躍り食いやなッ」

「笑ってる場合じゃないですよ!」


 甘かった。フィールドの入口ならばモンスターも少ないだろうし、強敵もいないだろうとタカをくくっていた。

 俺たちはまだ遺跡のなかに足を踏み入れてさえいない。

 暗くても接敵の方向が限定されていた初級ダンジョンに比べて、こちらは鬱蒼とした密林で空は遮られ、砕けた石柱や横倒しになったオベリスクに絡まる蔓や蔦で視界の見通しも悪いうえに、膝まで浸かった水のせいで素早く動くこともできない。


 さらにだ。中級ダンジョンになって、いよいよモンスターの特殊性が牙を剥いた。

 昨日までの、プレイヤーを見つけるなり突撃してくる単純なゴブリンとは違って、ビッグタイパンは【隠密】スキルのおかげで、物音や気配を悟らせない。

 この辺はゲームならではか、ビッグタイパンの半径5メートルまで近寄らないとプレイヤーは知覚することができない。

 これは俺たちにとったら奇襲に等しい。まさにいきなりだ。いきなり蛇が大口を開けてバクンだ。

 俺もあわや呑みこまれそうになったが、微ダメージで済んだ。

 その代わり、逃げ遅れた山根さんが頭から丸飲みにされてしまったのだ。

 ついでにいうと、既にビッグタイパンのお腹には、小暮さんらしき膨らみが。

 バックアタックということもあって、真っ先に回復役の小暮さんを狙われたのは痛かった。


「ていうかですね! そもそも盗賊には【周辺警戒】のスキルありましたよね!?」


 盗賊職なら、敵の【隠密】を無効化できる。

 そのはずだったのに……。


「しゃーないやん。そないなもん、ワイもっとらんもん」

「だったら、その分のスキルポイント、どこに割り振ったんスか!」

「逃げ足とピッキングやな」


 うわ、この人、本当に【逃走】と【解錠】にポイント全振りかよ。


「もういいですから、とにかく山根さんを助けてください! 俺の腕力じゃ蛇にダメージが通らないんス!」


 魔法職の定めか。

 必死で杖でポカポカするも、タイパンさんはビクともしない。


「嫌や。キモいねん。ヌメヌメしたもんは苦手なんや!」

「ウソつけ! 葛田さんローションプレイ好きって言ってたじゃねーか!」

「アホかボケぇ! 可愛えネーちゃんならいざ知らず、誰が爬虫類で欲情すんねん!」

「そんなこと言わずに! 葛田さんのナイフならまだ攻撃とおりますから、小暮さんが消化される前にッ」

「ほな、アレや。無敵のファイアーなんちゃらで、まとめて蒲焼きにでもしたらええがな」


 そうしたいのはやまやまだが、ここは水辺だ。


「俺レベルの炎魔法じゃあフィールド補正でダメージが半分も出ないんです!」

「ホンマ使えんやっちゃな」


 ムカッ。

 このオヤジ、人が大人しくしていればズケズケと。


「いいっスよもう。葛田さんには頼りませんからッ」


 こうなったらと、俺はワザと尾っぽの一撃を食らってビッグタイパンの攻撃範囲外へノックバック。

 ターゲットマーカーがより近い葛田さんの方へ移動したスキを見計らって、崩れた石柱によじ登る。


「なんや自分もワイ囮にして高みの見物かぁぁぁぁ! はよ降りてこんかいボケカスクズゥ!」


 クズはあんただろが!

 などというツッコミは心に秘めて、俺は覚えたての魔法を使うべく杖を掲げた。


「――サンダーショック!」

「んぎゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」


 杖から迸った電撃が地を伝い、水を伝い、ビッグタイパンを痙攣させた。

 水辺ということもあって、電撃魔法も強化されて範囲拡大。

 ショック状態でスタンになったビッグタイパンの口から山根さんを引っこ抜いて、岩場まで引き上げて、また魔法。


「サンダーショック!」

「あんぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」


 ビッグタイパンが動き出そうとするたびに電撃ビリビリ。


「ほらほら山根さん、蛇がスタンしているうちに一発殴って!」

「……く、葛田さんが巻き添え、だが?」

「いいんスよ。どうせ協力してくれないんなら、あのままタゲとり続けてもらいましょう」

「……鬼畜か」


 失敬な。適材適所。

 バカとなんとかは使いようというやつである。


「と、ときに佐々木、お前毒食らってるぞ」

「へ? 急になに言って……ふぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」


 言われて気づいた。

 俺の体力バーがみるみる縮んでいるではないですかー!


「なんで!? どうして!?」

「タイパンは、コブラ科の蛇。も、ちろん、有毒だ」

「へー、山根さん博識なんスねー。へー」


 なんて言っとる場合かぁぁぁぁぁぁぁ!


「ど、毒消しを、いますぐ毒消しをッ」

「……持ってない」


 既に体力バーは真っ赤だ。


「そ、それじゃあ解毒魔法――あっ」


 そうでした。司祭の小暮さんはタイパンのお腹のなかでしたねー。


「グッバイ山根さん……」

「RIP佐々木……」


 そして俺は今日も死ぬ。

 もう嫌だ。こんなクソゲー。


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