第3話 世の中そんなに甘くない
『――目覚めなさい――目覚めなさい勇者よ』
「う~ん、むにゃむにゃ……うえっ、ここは!?」
目を開けたら真っ暗な空間で、目の前にメチャメチャ美しいお姉さんがいるではないか!
しかも恰好がこう、異世界ハレンチなんですけどもッ。
『勇者よ。目覚めたようですね』
「あの、すんません。誰かと間違えてませんか?」
『いいえ。間違いなどではありません。勇者二郎よ』
マジか。このお姉さん俺の名前を知っているのか。
『はじめまして。私は死と再生を司る女神です』
「は? いや……え?」
『困りました。どうやら記憶が混乱しているようですね』
「はあ。そう言われましても……てか、なにこれ? 冗談っスよね?」
『冗談などではありません。二郎よ、あなたは死んでしまったのです』
…………
………
……
「はあ!?」
いやいや、だって俺寝てただけだし、車に轢かれたとか、そもそも走馬燈すらなかったんですけどッ。
『納得できなくても仕方ありません。死とは常に理不尽なもの』
「へえ。それで、俺は天国っスか? 地獄行きっスか?」
『わ、わりかし順応が早いのですね……』
「まあ、死んでますんで」
ゴネたところでどうにもならんだろうし、そもそもこうして死後の世界(?)とやらがあることにも実感がない。
『二郎よ。あなたは生前何も成さなかった。あなたの人生は無意味であって、世界になんの影響も及ぼしませんでしたね』
「辛辣ぅッ」
『事実です。おかげで天国か地獄か、判断する材料が少なすぎて困っています――ので、ここでチャンスを授けましょう』
女神さまがニッコリと錫杖を振ると、真っ暗な空にキラキラと光の穴が空いた。
『これからあなたは異世界で新たな生を受けます。そこで勇者として人々の助けとなりなさい』
「そんな無茶な!?」
異世界に転生だなんて、中学生時代に一度は妄想したシチュエーションだけど、パンピーに世界の趨勢を担わせるだなんて無理ゲーすぎるっしょ!
『心配いりません。転生に際して、あなたにひとつだけ無二のスキルを与えましょう』
「やった! サポートもバッチリ!」
ガッツポーズで新たな冒険に胸躍る。
そのまま上空の穴に吸い込まれていく俺に、女神さまは言った。
『いいですか、あなたに与えられたスキルは――』
「スキルは?』
『スキルは――』
◇◇◇
『PPPPPPPPPPPPPP――』
やかましい目覚まし時計で起床した。
「……夢か」
それも最高に恥ずかしい部類のやつだ。
「まさかこの歳で、あんな夢を見るなんてなぁ……」
抑圧された深層意識のたまものか、はたまた歪んだ承認欲求の表れか、どちらにしろロクでもない。
二度目の人生があって、なおかつチートスキルがついてくるだぁ?
「アホか俺は」
そんな都合のいいものなんてない。
現実に二度目なんてないし、棚ぼたで凄い技能とかが覚醒したりなどしない。
どこまでいっても凡人。それが俺、佐々木二郎じゃないか。
「朝っぱらから凹むなぁ」
自嘲して、今日も無意味な一日がはじまる。
昨晩買っておいたコンビニのおにぎりを頬張りながらワイシャツに袖を通す。
TVは天気だけチェックして、投げやりなうがいと歯磨きを済ませてアパートを出た。
通勤電車では、ボサボサの寝癖髪にクシを通さなかったことを思い出して軽くキョドる。
しばらくして、どうせ俺のことなんて他人が気にするわけがないと居直る……とは少し違うか。
諦めに似た境地で身なりのことは考えないようにして、つり革に体重を預けて眠った。
まるで草臥れた奴隷、刑期の長い囚人のような日常を繰り返して、今日も俺は出社した。
×○商事、おもに建築現場の部品受注や資材納入を請け負う中小企業だ。
入社五年目元営業部の俺は月のノルマを達成できず、そこそこ大手の取引先の機嫌を損ねたのが原因で、半年前に閑職へ飛ばされた。
ビルの地下二階、元資材管理室という名の物置がいまの部署だ。
「おはよーございます」
「はい。おはようさん」
挨拶を返してくれたのは小暮さんのみ。
山根さんは無視して私物のノーパソをカタカタ打っていた。
「葛田さんはまだみたいっスね」
遅刻の常習犯である葛田さんがいないのはいまさらだから、これは意味のない会話、「よ、元気」とか
「最近どう?」みたいな時事の挨拶みたいなもんである。
「さて。今日も一丁頑張りますか」
物置部屋に置いてあるドデカい四つの筐体。
一見して天蓋つきの豪華なマッサージチェアみたいなこれがトゥルーライフのプレイ筐体だ。
俺たちはこのなかに寝転がって、スタイリッシュな専用ヘッドギアを装着。そうすることで仮想世界トゥルーライフを体験することができるのだ。
自分の名札をつけた筐体の脇に鞄をおくと、社内放送でラジオ体操が流れてきた。
始業の合図だ。
俺たちがバカ正直に横一列で屈伸運動をしている途中で、葛田さんが駆け込んできた。
「葛田さん遅刻っスよ」
「しゃーないやろ。昨日な、パブのママとええとこまでいけそうだったんや」
朝っぱらから酒臭い息でラジオ体操に参加する葛田さんは毎度のことなので、山根さんも小暮さんも文句はいわない。
こんな感じで、俺たちリストラ組の一日がはじまるのだった。