第2話 ボスにリベンジ!
『トゥルーライフへようこそ』
そんな謳い文句で世界中を席巻したVRオンラインゲーム『トゥルーライフ』は世紀の投資家エドワード・リッチマンが考案したものだ。
このゲームは市販されているゲームとは大きく異なる点が二つある。
まず一つめが、トゥルーライフは法人しか購入できないことである。
市販の家庭用ゲームとは違い、法人団体、おもに企業組織にしかハードを卸さず、オンラインゲームなので個人が違法購入してもシステムサーバーに繋がらない。
つまり、トゥルーライフは未成年ではプレイすることができず、社会人しかできない奇妙な制約があった。
そして二つめ、これが重要だ。
ゲーム内で得た通貨は、なんと現実の仮想通貨に換金できるシステムになっていたのだ。
モンスター討伐やクエスト報酬をこなすことでプレイヤーには報酬が支払われるし、その気になれば現実の通貨をゲーム内通貨に換金して強力な装備を購入することも可能だ。
ハード筐体数千万というバカ高い購入金をはたいてまで企業がゲームを購入した理由はこれに尽きるだろう。
なにせ故人エドワード・リッチマンは嫌味な名前が示すとおり、生前莫大な財を蓄えていた。
仮想通貨バブルのときに長者番付を駆け上がり、推定個人資産は金融誌が発表するリッチスト・オブ・ザ・イヤーに輝いたほどだ。
そんなリッチマンが宣言したのだ。
『私が保有しているすべての仮想通貨をトゥルーライフ内にバラ撒いた。企業戦士諸君、振るって参加してくれたまえ』
これが鬨の声となり、全世界を巻き込んだ現金争奪ゲーが開幕したのだった。
◇◇◇
「うぉぉぉい、今度こそやったるぞぉぉぉぉぉ!」
というわけでリトライです。
暗くてジメジメした洞窟で、またまたマッシブなボスゴブリンと戦闘中。
今度はちゃんとボスエリアに侵入する前に周辺のザコ敵は殲滅しておいたし、連携役割分担ともにだいぶマシだ。
「フォオォォォォォォッ、百烈拳!」
ボスゴブリンのケツにベシベシと拳を乱打する山根さん。
かれこれ何度目かの拳技が決まり、ボスの体力バーが黄色から赤へ。
瀕死モードで速度が速くなったボスゴブリンが振り向きざまに棍棒を振るうと、
「ざ、残像だ」
よし!
事前に小暮さんからかけてもらった補助魔法【そよ風の祝福】のおかげで手痛い一撃を回避できた。
「フッ、それも残像だ。残像だ。残像だ」
「ちょっと山根さん、遊んでないでさっさと離れて!」
「ヒデブッ」
ほらもう、調子に乗って食らっちゃってるじゃねーか!
「山根くん、待っててね。よっ、そいっ、回復!」
「ナイスです小暮さん!」
俺たちの方まですっ飛んできた山根さんを即座に回復できたことを褒めてあげたい。
もっとも、小暮さんはずっと後方で回復魔法をスタンバッていただけなので、置物といえば置物なのだが、進歩は進歩だ。
ドスドスと足音を怒らせて接近してくるボスゴブリン。その背中にポコポコと骨が当たる。
「や~い、バ~カバ~カ」
離れたところにいた葛田さんだ。
葛田さんはここまでの道のりでドロップした素材アイテム【骨】を次から次へと投擲してボスゴブリンを威嚇する。
「ウンコウンコ~! オチンチン」
考え得るかぎり最低の威嚇だが、それはそれ。盗賊職スキルの【挑発】でちゃんとボスゴブリンにも効果があった。
というか、こんな中年のオッサンに腹踊りされたら俺でもムカつく。
ボスゴブリンのターゲットが葛田さんに移って背を向けた――この瞬間だ!
「これでトドメだ、ファイアーランス!!」
俺の杖から放たれた真っ赤な光条がボスゴブリンの土手っ腹を貫通して、その巨体がみるみる炭化して崩れていった。
「やりました、やりましたよ俺たちッ」
「ようやった、ようやったでジロちゃん」
「つ、疲れたな」
「ご苦労さんご苦労さん」
オッサンどもが、歓喜のあまりハイタッチ。
全員の身体がキラキラ発光してレベルアップを確認する。
「これでようやくレベル15、脱初心者ですよ!」
新しい魔法も覚えてウキウキの俺の後ろで、みんなは報酬金の勘定をする。
ボスゴブリンから得られたのは10マネーだった。
「よっしゃよっしゃ、この金で帰りにキャバクラや、ピンサロやで~」
「いや無理っスよ。こんなはした金。リアルマネーに換金すると……」
「せ、正確なレート換算だと、980円だ」
「あんれまあ。発泡酒四本で終わりだねえ」
「なんや、みんなして! わざわざシケたこといわんでええがな!」
ガックリと項垂れる葛田さん。
しかし、しょうがない。だってここは初心者用のダンジョンだし、ボスゴブリンなんかゲームに慣れているプレイヤーならソロで攻略可能だ。
したがって、得られるマネーやドロップアイテムも当然渋い。
こんな敵に半年間もかかずらわっている俺たちの方が異常なのだ。
「なんや、結局一日中ゲームして、稼いだ金が千円ぽっちか。ホンマ、やってられんわ!」
悪態をついても仕方ない。
しょせん負け犬の遠吠えで、俺たちは会社のリストラ候補で構成されたパーティで、早い話が社会の負け犬なのだから。
『トゥルーワールドへようこそ』とは皮肉の効いた台詞である。
リアルでもゲームでも結局俺たちは負け犬で、どこにも行けないし何も成し遂げることができない。
このときはまだそう思っていた。
あの男、エドワード・リッチマンと会うまでは……。