第19話 さらば哀の戦士たち
『――デュアルキャスト――マルチバース――』
「なっ!?」
予期せぬまさかの二重詠唱!
咄嗟に【無敵防御】を発動できたタンク以外が宇宙創造の輝きに七度灼かれてしまう。
「こ、このような挙動、データになかったぞ!?」
「専務、如何いたしましょうや!」
「リ、リカバリーは利くのかね!?」
野々村騎士団の動揺を見るに、女王の二重詠唱は完全なる想定外か。
宝石化していた討伐隊に不安が伝播していく。
『――7――』
そうこうしているうちにカウント7だ。
急いで蘇生した者達が魔法詠唱をはじめて、専務らが最後の突撃を敢行する。
しかし、いまの専務に黄金の輝きはない。
バフもデバフも間に合わない。
「専務、補助魔法の加護がない状態では4万を削りきれませんッ」
「お、おのれッ、あと少し、ほんの少しであろうに!」
「損切りの決断はトップの務めであります! どうかご英断をッ」
「くっ……やむを得んか」
騎士団が攻撃を開始する直前で姿を消した。
忽然とフィールドから消えてしまった。
イベントバトル、ましてやボス戦からの撤退はできない使用になっているはずだというのに、野々村騎士団に続いてまわりの連中まで次々と消えていくではないか。
「ど、どうなってんだ!?」
何の申し合わせもないのだから混乱してしまう。
曽井戸に視線で訊ねると、「強制ログアウト」だと教えられた。
それは邪道中の邪道。例えるならリセットボタンを押すような暴挙。ゲームに対して不誠実な行為じゃないか。
何故野々村専務がそのような行為に及んだのか。俺には及びもつかないが、これだけは理解できる。
「討伐隊隊長ともあろう人が、真っ先に諦めやがったのかよ!?」
「ジロー、俺たちもログアウトするぞッ」
「はあ!? お前まで何言って――」
「聞け、聞いてくれ! あの攻撃【原初の火】が発動したら、どれだけHPがあっても、死んで宝石状態でも、プレイヤーのアカウントは消滅してしまうんだよッ」
「ふぁっ!?」
掟破りの一撃必殺とは、加減しろバカ!!
驚愕の事実に俺だけじゃなく、パーティー全員が頭を抱えた。
「なんやねんそれ! いままでの苦労がパーやないけッッ」
「さ、さすがにこの歳でまた最初からっていうのはちょっとねえ……」
「しょ、諸行無常ぅ……」
どおりでみんな一目散にログアウトするわけだ。
既にカウントは5。フィールドに残っているのは数名たらずだ。
「わかったらさっさとログアウトするぞ!」
曽井戸に急かされ、コマンドスクロールの『緊急停止ボタン』をタッチしようとして、指が止まった。
「ジロー?」
本当にこれでいいのか?
〝不滅の女王〟討伐はこれっきり。最後のチャンスだと散々聞かされた。
そんなボスが、ラスボスが、あとたった4万。HP残り4万なんだぞ?
「ワリぃ、曽井戸。先にログアウトしてくれや」
「は!? ちょっと話聞いてた!?」
聞いてたよ。聞いてたさ。
あれを食らえばジ・エンド。俺のトゥルーライフは終了する。
でもな、だけどな――
「どの道俺はドン詰まり。人生の負け犬が一か八かに賭けたんだ。このまま黙って引き下がれるかよ」
「バカなこと言ってないでッ、また、また来ればいいじゃん!」
「ゴメンな。俺にはもう『また』なんてねーんだ」
残された選択肢は『諦めて負け犬に戻る』か『諦めないで負ける』か。
笑っちまうな。結果に違いはないかもしれないけど、プライドに関しては大きな違いだ。
「だ、だったら俺も、俺もジローと一緒にッ」
「よせやい。重いわ。お前まで付き合わせようだなんて思わねーよ。なあ森田」
律儀にまだ残っていた森田がウザそうに頭を掻く。
「あんだよ……」
「先にログアウトして曽井戸の筐体から電源ぶっこ抜け」
「な!? よ、よせ! 森田、もしもやったら許さないからッ」
狼狽える曽井戸を無視して、森田が俺に、俺だけに話をする。
「俺ぁもともと曽井戸さんにはゲームを引退してもらいたかったんだけどな」
「そう言うなって。尊敬する上司が廃課金までして楽しんでいるゲームだぞ? 気に入らねーだろうが頼むよ」
「チッ……あとでスッゲー怒られるんだろうなぁ」
心底嫌そうな顔をして、森田がログアウトボタンを押した。
「でも、これで貸し借りなしだかんな」
「私を無視しないでよ!」
森田が消え、いよいよ曽井戸が涙ぐむ。
「ゲームの課金とか、Lvとか、どうだっていいの! 私はあんたが、あんたと一緒ならそれで――」
そして、曽井戸の姿も消えた。
「……今生の別れじゃあるまいし大袈裟なやつだ」
さてと、振り返る。
「みんなまで俺につきあうことないんスよ?」
残っていた仲間たち、×○商事の仲間たち。
「ワイもな、ギャンブルが大好物やねん」
「リストラを待つ身なれば、我らも地獄のともがらよ」
「ジローくんのおかげでここまで来たようなもんだからねえ。一蓮托生ってやつ」
フィールドにプレイヤーは四人のみ。
残るはカウント3。
虹の輝く荘厳な丘で、見上げるは破滅の女神。ラスボス戦として、これ以上ないってくらいのシチュエーションではないか。
「これで燃えなきゃ男じゃねーよなぁッ」
かつて俺は諦めた。主人公であることを諦めてしまった。
その他大勢でいることに甘んじて、主人公になろうとすらしなかった。
でも、いまなら違うだろ?
100人いた討伐隊もいなくなり、ここにはモブと呼ばれてきた俺たちだけ。
もう誰に遠慮することもない、たったひとつのテメーの人生、主役にならないでどうするってんだ!
「時間がありません! 仕掛けは一度きり、一回こっきりの勝負です!!」
不滅の女王へ走り出す俺に山根さんと小暮さんが並ぶ。
「して佐々木、出目はあるのだろうな?」
「僕らも自殺したいわけじゃないからねえ」
半年間トゥルーライフを共にしただけあって以心伝心か。
俺の打算を信じてくれていたことが心強い。
「四分六なんてとてもとても。よくて九一、小数点以下切り捨てのジューゼロってとこですかね」
「ジャックポッドだな」
「ピンぞろ狙いかぁ。厳しいねえ」
「大穴上等! いまなら100億総取りや!!」
俗物パワー全開で葛田さんが先行する。
物理攻撃を引き受けようとタゲをとりに行く。
「小暮さん、俺と山根さんのHPを全快にしてくださいッ」
「もうえむぴーが尽きちゃってジローくんしか回復できないけど――」
小暮さんが一心不乱に杖を振る。
杖を振るたび山根さんのHPバーが伸びていく。
曽井戸からもらった『施しの杖』が役に立った。
「そのまま続けてください! 山根さんは、俺を芋樽の至近距離まで運んでくださいッ」
「承知ッッ」
俺が魔法詠唱しつつ山根さんにしがみつき、【流星脚】で距離を短縮。
『――2――』
葛田さんには目もくれず、女王が突き出してきた槍の穂先が俺たちに迫る!
「さらに流星脚ッッ」
二度目の移動技で高度を上げてて、落下軌道に女王の宝石を捉えた山根さんがコンビネーションアーツの三発目を振るう。
「んんんッ、明王け――」
しかし、引き戻した槍の先端が寸でで山根さんの身体を貫いてしまった。
「だが、これでよいッッ」
宝石化して落下する山根さん。
その後ろから、俺が時間差で落下していた。
『Raaha!?』
〝不滅の女王〟が動揺した。
超然としていたプログラムが見せた、はじめての人間らしい反応に、俺は不敵に笑ってみせた。
「そう、その顔が見たかった」
デバフ専門で高火力な魔法も使えない、地味な魔法職の『邪術士』だが、ひとつだけ秀でたものがある。
特殊コマンド『報復魔法』――受けた敵の攻撃をひとつだけ修得できる、JRPGでお馴染みの『ものまね』や『ラーニング』に相当するスキルである。
大抵の場合、報復魔法の威力はプレイヤーのステータスによってデチューンされてしまうので、敵の攻撃を覚えても使いどころがないというのが共通認識だ。
しかし、この報復魔法の真価は威力ではない。
それは『魔法』でありながら魔法スクロールとは別にコマンドがある点。つまり、事前に詠唱時間を必要としない、コマンド実行後すぐに発動できるところにある。
ワンダーレイス戦のときに披露し損ねたとっておきだ。
直前に仕込んでおいたデバフ【アースペイン】によって、女王の土耐性がダウンしているいまがチャンス!
「――ストーンブレスッ!!」
地竜から覚えた【ストーンブレス】は岩の散弾を放射線状に吐き散らかす範囲攻撃である。
魔法と物理、両方の特性をもっている【ストーンブレス】は必殺技扱いなので、俺の全HPを総動員してギリギリ発動できるレベル。正真正銘の奥の手だ。
「くらえやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッッ」
女王の宝石めがけて放射する岩礫。
俺のごとき魔法攻撃力では、土耐性ダウンがかかっていてもせいぜい800が関の山。
しかし、だがしかし!
【ストーンブレス】は広範囲に岩を放出する拡散攻撃だ。
距離が近づけば近づくほど、多くの散弾を当てることができる。
超至近距離で放出すれば、それこそガトリング並の連射になる。
しかも俺は【竜殺し】。『竜族または獣族の大型モンスターへのダメージ倍率補正』効果によって800のダメージが倍に、倍のダメージが何十発も叩き込まれることになる!
「くたばれぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇッッ」
岩の散弾によってモリモリ減っていくHP。
『Rugahaaaaaaaaaaaaaッッ』
女王のHPバーが縮む。ゼロへと縮んでいく。
『――1――』
ところが、【ストーンブレス】は残りHPバーをミリだけ残して終了してしまった。
おそらく女王の体力は1万をきっているだろう。
俺のHPはカツカツ。【ストーンブレス】は使えない。
「あとちょっと! あとちょっとだろうがッッ」
空中で無防備な俺に女王の槍が迫る。
これはかわせない!
「クソッタレーッ」
唇を噛み締めたときだった。
「こっちや! こっちやでー! こっち見ぃや!!」
女王の足下で「アッハ~ン」とか「ウッフ~ン」とか聞こえるキモい声。
「葛田さ……オゲーッ」
地上には『セクシービキニ』を装着した汚いオッサンが胸を強調する。
「せーの、だっちゅ~の!」
『Ohgeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeッッ』
あ、ラスボスにも効くんだそれ。
怒り狂った女王の槍が葛田さんに直撃。
「ミギャァァァァァァァッ」
【不気味な踊り】を披露する汚いオッサンが真っ二つになって消えていく。
その間、俺は女王の豊満な胸の上に着地して、ショートワンドを宝石に添えた。
「やっぱり最後に頼れるのはこれだよな」
『Galuaaaッ!』
既に詠唱は終わっていた。
俺はありったけの爆弾を転がして叫ぶ。
「ファイアーランスッ!!」
『――原初の火――』
すべてが原初の闇に呑み込まれていく刹那、何故か〝彼女〟が微笑んだ気がした。