第18話 鮮烈、野々村騎士団!
『――マルチバース――』
「チクショーめぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」
思ったより間隔が短い。
こりゃ本当に短期決戦だな。
もはや出し惜しみなし。全員最大攻撃で女王に向かっていく。
獣の胴体がなくなったとはいえ、女王がヌルくなったということは決してなく、槍の広範囲物攻撃と平行して炸裂する最上級属性攻撃で大いに苦しめられた。
前衛は必殺技を使用するためHP回復は必須だが、耐久力のない魔法職や盗賊職などはどうせ一発で死亡するのだからMPアイテムの無駄遣いとばかりにHP回復を諦めている。
苛烈な至近距離戦。そんな均衡をいともたやすく崩しにかかる全属性攻撃【マルチバース】。
まるで将棋の早指しだ。
一手でもミスれば即バイバイ。
薄氷を踏み砕きながら対岸へ猛ダッシュしている心境だ。
もしくは炎上している密室でバケツリレー。
「しかも即死攻撃のペース早くなってきてませんかね!?」
何度目かの蘇生で判明したのだが、ボスのHPが減少するたびに【マルチバース】発動のタイミングが短くなっている。
それと、前衛の物理攻撃組がバックスタブ狙いの背面ではなく、正面の鎧を攻撃している。
「鎧部分って【物理耐性】あるだろ! なんでみんな硬い部分を狙ってんだ!?」
「いまにわかるッ」
俺の喚きを曽井戸が一刀両断したとき、ついに〝不滅の女王〟のHPが三分の一を切った。
『――10――』
そして始まる謎のカウントダウン。
「なんや、カウント始まったで!?」
葛田さんが指さす方向、〝不滅の女王〟の掲げた槍先に輝く球体が現れた。
「あのまん丸いの、膨らんでないかい?」
「い、嫌な予感、だな……」
小暮さんや山根さんが警戒するのも当然だ。
攻撃予兆としてご丁寧にカウントしてくれるってことは、大抵の場合数字が0になったら手遅れというパターンが多い。
あの即死確実な【マルチバース】ですらカウントしなかったではないか。
「な、なあ曽井戸……あの肥大化していくピカピカ食らうとどうなんの……」
「ジ・エンド」
わーい簡潔。
「あれが〝不滅の女王〟を難攻不落たらしめる最後のギミック【原初の火】。問答無用の即死ダメージに加えて、俺たちタンクの【無敵防御】すら無効にするチートスキル。だから、あれを放たれる前に決着をつけなきゃいけないんだけど――」
話している間もカウントは進む。
女王のHPも真っ赤になったとはいえ、猶予はあと数秒。
「ラスボスあと30万くらいあんぞ!? いくらなんでも無理ゲーだろ!!」
頭を抱えた俺に、曽井戸も苦笑い。
「ポジティブな情報は、救いはないのか!?」
「あ、あれを唱えている間は魔法攻撃してこないってことくらい……かな」
「焼け石に水ぅッッ」
『――7――』
終わりだ。
膝を屈し、誰もが天を仰いだときだ。
「うろたえるな小僧ども!!」
一際激しい喝が飛び、初老の黒縁メガネが駆けていた。
専務だ。野々村証券の専務さんだ。
『竜騎士』の固有スキル【騎乗】によって呼び出した軍馬にまたがり、各種バフを限界まで盛られて黄金に輝くその姿、野々村専務スーパーモードだった。
「野々村証券はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッッ」
声を張り上げた野々村専務の露払いといわんばかりに、先行していた竜騎士の一団が追唱する。
『安心安全ッッ』
「お客さま満足度ぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉッッ」
『三年連続ナンバー1ッッ』
わけのわからん気合いを合図に、後衛の魔法職が地属性魔法で地面を隆起させると、騎士団はボスまでのスロープを駆け上がっていく。
「総員突撃ぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃッッ」
『――5――』
カウント半分に達した刹那、野々村騎士団がスロープから跳躍して次々と女王を襲う。
すべて全力全快の一撃だったが、【物理耐性】のある鎧部分ではダメージ3000程度。とても30万には届かない――が!
粘り強く胸部装甲を狙っていたおかげか、女王の鎧が砕けた。
砕けて弱点部分である宝石が露出した。
「いまだジロー! ありったけのデバフを盛りまくれッッ」
「お、おうよ!」
俺だけじゃなく、デバフ系のスキルを使える前衛後衛総出で弱体効果を叩き込む。
『――2――』
カウント2を残して、あとは専務が控えるのみ。
「諸君、アーネスト・ヘミングウェイ著『老人と海』は好きかね?」
唐突な質問は答えを求めたわけじゃない。
己の所在、信念の在処を定めるためのもの。
人間は負けるように造られてはいないと、そう宣言するために――
「老いてなお困難に立ち向かう姿、私もかくありたいと常々思う!!」
武器を持ちかえた専務の手には、大型モンスター特攻の『ギガントスピア』。
さらに攻撃力バフを重ね、対するラスボスはデバフで防御力が下がっている。
そして俺は思い出す。
称号【竜殺し】の効果は『竜族または獣族の大型モンスターへのダメージ倍率補正』!
「難攻不落の女王よ――貴様こそ、私にとってのカジキマグロッッ」
専務の騎馬が跳躍し、さらにその騎馬から跳躍!
いわゆるヨッ〇ージャンプして、両手でガッチリと固定したギガントスピアを女王の宝石へ叩き込む!
「――白鯨狩りッッ!!」
「アクティヴな方の老人じゃねーかッ!」
などと無粋なツッコミすら霞ませる脅威のダメージ6万越え!
巨槍に貫かれた〝不滅の女王〟が身悶える。
『Ruglaaaaaaaaglrahaaaaaaaaaaahaaaッッ』
最大ダメージ9999の上限突破も驚きだが、もっと重要なことがある。
カウントが停止した。
カウントがキャンセルされたのだ!
破滅を回避させた専務がシュタッと着地してニヤリ。
「投資信託は野々村証券に!!」
戦隊ものの変身お披露目シーンばりに、お供の騎士団も駆けつけてポージング。
『我々野々村証券にお任せください!!』
「自社の宣伝までブッ込みやがった……」
きっと練習したんだろうなぁ。
忘年会とかで披露しちゃうんだろうなぁ。
「いいな~、あれいいな~。ジロー、俺もあれやりたいッ」
「やんねーし! 真似しねーし! そもそもお前は別会社だろッ」
曽井戸ら中二の心を掴んで離さない専務の活躍は仲間たちを奮い立たせた。
『うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッ』
テンション爆上げ。
みんなにならって俺たちも拳を突き上げる。
悶絶から復帰した〝不滅の女王〟が何度カウントをはじめても、スーパー専務の槍が白紙に戻す。
「曽井戸、お前が秘密にしていた攻略法ってこれだったのか」
「そうとも! 過疎っていたトゥルーライフにもめげずに芋樽討伐に挑戦していた野々村証券が偶然発見した神の一手!」
それがダメージの上限突破によるカウントキャンセルか。
「いままでは鎧を壊す前にカウントが始まっていたからな」
そりゃそうだ。
実際、今回もギリギリだった。
誰が好きこのんで【物理耐性】部分をしつこく攻撃するものか。
ところが、それこそが罠。
ダメージ部位を胸部に限定することで、デバフが通じる弱点部分が露出するなど誰が予想する? また、ダメージ限界突破できる方法なんて、【竜殺し】の称号持ちしか知りえない情報だろうに。
手札にAとジョーカー。そのカードなら、賭けを張るに値する!
「もはや芋樽など恐るるに足らず! 皆の者、焼き芋パーティーじゃあああああッ!!」
周囲に湧き上がる専務コール。
攻撃をキャンセルさせた隙に、総力を挙げて宝石を攻撃する。
膨大なダメージを蓄積していく。
戦いはいよいよ大詰め。残すことあと二回。二回専務の槍が刺されば女王のHPは0になる。
『――10――』
最後の10カウントが表示され、専務たち野々村騎士団がトドメを刺しに向かった刹那、女王が戴いている虹のティアラが宙に浮き、天を輝きで満たした。
七色に明滅する空には幕引きとばかりにいくつものオーロラが乱舞する。
『――デュアルキャスト――マルチバース――』
「なっ!?」
予期せぬまさかの二重詠唱!
咄嗟に【無敵防御】を発動できたタンク以外が宇宙創造の輝きに七度灼かれてしまった。