第17話 ヤツはあと二回変身を残している
戦闘開始からどれくらい経過しただろうか。
麗しい花畑は見る影もなく、抉れ、荒廃し、魔界か黙示録の様相だ。
既にNPCの大半は死亡してしまい、自軍の損耗率は三割を越えている。
もう俺に声をかけてくれたNPCはいない。
「――――――ッ」
どこかで声が聞こえる。
「―――起きろッ」
身体を揺すられて気がついた。
曽井戸だった。
「バカジロー! 寝落ちしないでッ」
「……んん、悪い。リポDが切れてきた」
こちとら徹夜明けの連戦だ。
十代じゃないんだし歳には勝てんか。
「お前ってさ、土壇場になるとオネエ言葉になんのな」
「う、うるさい!」
戦線はボロボロ、回復アイテムは残りわずか。
こうなってくると不思議なもので、生き残った者同士自然と寄り集まる。パーティーを組む。信頼する者たちと。
「ようやっとお目覚めかいな」
「ジローくん寝ぼ助だね」
「南無大師遍照金剛」
戦闘ではぐれていた×○商事が全員集合していた。
「お互い生き残ったようですね」
あと山根さん、俺まだ死んでませんから。
それと最後尾で不満そうにしているヤツ。
「チッ……」
「合流するのはかまわんけど、もうPKすんなよ」
「テメ、チクってんじゃねーよ!」
焦る森田くん。曽井戸の目がちょっと恐い。
まあ鉄火場で揉めてるヒマはないだろうし、呉越同舟でいこうじゃないか。
「遠距離火力は願ったり叶ったりだ。任せるぞ」
「しゃーねーな。あんたよりマシなとこ見せてやる」
わだかまりを棚上げして、この場は一致団結する。
そのやりとりに曽井戸が笑みをこぼした。
「おいおい、こんな状況で笑えるなんてサ○ヤ人ですか?」
「ふふ、パーティーバランスがよくなったなってさ」
そういえばそうだ。
前衛一人のタンクなし。凸凹だらけの×○商事に念願の盾役と火力担当が加入した。
図らずも理想のパーティーメンバーではないか。
「なんか冒険してるって気にならないか?」
「俺たちゃヘッポコで、お前はソロだったもんな」
「ジロー。俺さ、こんな冒険がしたかったんだ」
「クソゲーだけどな」
俺もつられて笑ってしまう。
「バランスガン無視のラスボスだ。満場一致のクソゲーだろこれ」
「そうだな。お手本のようなクソゲーだよな」
曽井戸が先頭に立つ。
盾を構えたところで振り返る。
「でも、楽しい。俺はいま、クソゲーを冒険してるよ」
「中坊じゃあるまし――といいたいところだけど賛成だ」
たしかに楽しい。このクソゲーは面白い。
あとはハッピーエンドを迎えられたらなおよしだ。
「獲るぞ100億ッッ!!」
『獲るぞ100億ッッ!!』
お決まりの合い言葉を唱えて、俺たちは激戦の渦中へと向かっていった。
◇◇◇
戦況は一進一退、攻撃しては再生されの繰り返し。
それでも徐々に、確実に、討伐隊はダメージを重ねていった。
〝不滅の女王〟のHPバーがレッドゾーンになってからだいぶ時間が経過した。
そのさなか、誰かが叫んだ。
「倒したぞーッッ!!」
戦場に鬨の声。
武器を振り上げていた者たちはその手をおろし、伏していた者たちは顔を上げた。
たしかに、たしかに、HPは0だった。
〝不滅の女王〟が獣の胴体を横たえて呻く。
「や、やったか?」
緊張が解けかけた俺たち×○商事組に曽井戸が警告を発す。
「まだだッ」
「いや、だってHPが――」
反論しようとした俺の眼前で、〝不滅の女王〟が全身を翼でくるむ。
そして、新たに出現するHPバーがグギュ~ンと伸びる。
「まさかのダブルゲージだとッ!?」
ふたたび翼を開いた女王は二本の足で屹立した。
獣の下半身を捨てて、裸体に厳めしい鎧をまとって、槍を携えた戦女神へと進化していた。
「まだ続くのかよ……」
「あれでもだいぶマシだぞ。サイズ縮んだし、獣の部分の【自動再生】ないし」
「だったら決着も早そうだな」
空元気というか、ヤケクソ気味の楽観視である。
「ジロー。お前のいうとおり、ノックバックを誘発する厄介な胴体が消滅したいま、格段に攻撃しやすい」
「おお! もっとポジティブな情報ちょーだい!」
やる気出るから。
「ぶっちゃけ、第一段階までならLv70のプレイヤーを100人集めればそう難しくないんだ」
「いやメチャメチャしんどかったんですけどッ」
ぎゃふん。
「ここからだ。ここからラスボスの代名詞たる全属性攻撃が来るから――」
曽井戸たちタンク役がいきなり【無敵防御】を発動させた。
「とりあえず死ぬ」
「は?」
素っ頓狂な声をあげた俺の前方、女王が突き上げる槍の先端が虹色に瞬いた。
『――マルチバース――』
その刹那、フィールド全体を呑み込んだ光の奔流。
七色の光に焼かれてタンク役以外の全員が一気に蒸発した。
既に宝石化していてもダメージ表記は継続していて、一撃必死の七桁ダメージが都合七回叩き込まれた。
ちなみにプレイヤーのMAXHPは9999。
「クソゲーかよ!!」
第二段階早々でこれとか、初見殺しすぎる!!
ここまで根気強く残ってくれたNPCはもちろん全滅。討伐隊の総数はプレイヤー60人のみとなってしまった。
「負けイベかと思ったぞコンチクショー!」
曽井戸が蘇生した小暮さんにこれまた蘇生させてもらい、なんとかパーティー全員復帰する。
ここでようやく第二ラウンド開始というわけだ。
「つっても、あんなのが不意打ちで飛んできたら対処できなくね?」
「だからもって数回。それ以上は蘇生アイテムが底をつく」
なるほど。短期決戦ってわけか。
「あれの本当に厄介なところは時間差でダメージが発生するってところだ」
長時間攻撃判定が発生しているので、時間差蘇生魔法のディレイリザレクションで蘇生してもすぐにおじゃん。
また、一度でも【無敵防御】の発動タイミングをミスれば、途中で効果が切れて御陀仏。
さらにフィールド全体に及ぶ攻撃範囲のため、遠距離にいればいるほど不利になるのだとか。
「とにかく俺たちも近づくぞ!」
盾役の曽井戸を先頭に、俺たちは〝不滅の女王〟へダッシュした。
先行していたパーティーは既に女王へ攻撃を開始している。
重点的に翼を狙っているところを見るに、吹っ飛ばし攻撃を防ぐためか。
「じゃあデバフで援護を――」
「待てジロー! あの鎧、【弱体無効】だ」
「いきなり仕事なくなったんですけど!?」
だったら――
「頼んます山根さんッ」
「承知!!」
【流星脚】で一足お先に山根さんが突撃していく。
「葛田さんは――」
「どえらいべっぴんやねん、乳首ペロペロしたるわ!」
「任せます」
なにをどうやるのかわからんが、物理攻撃のタゲくらい引きつけてくれるだろう。
「ファイアートルネード!」
言わずとも森田が攻撃魔法をブッ放す。
やはりエリートだけあって頭の回転が速いな。
「小暮さんは生命線です! 曽井戸の後ろに隠れていてくださいッ」
「わかったよー」
攻撃手順の組み立ては終わった。
あとはポーションをブッかけるだけの俺に何ができるかだが――
『――マルチバース――』
「チクショーめぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」
思ったより間隔が短い。
こりゃ本当に短期決戦だな。