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第16話  親方、空からラスボスが!

 お花畑が焼け野原になったころ、俺は蘇生された。


「うう、うぐっ……ぼべぇぇぇぇぇっ」

「泣き方がキモいぞジロー」


 詰られているのか慰められているのかわからん台詞だ。


「だっでぇ、だっでぇ……Lv下がっだんだぼぉえぇぇぇぇぇっ」


 もともとギリギリLv50だったところにデスペナだ。

 苦労が水の泡とはいわないが、やっぱり凹むものです。


「そんな子供じゃあるまいし……」

「大人だからだろうがッッ」


 食う寝る遊ぶの子供とは違って、こちとらゲームも有限だ。

 大人は睡眠時間を削ってゲームをする。大袈裟にいうならば、余命を捧げてゲームをしているんだぞ!


「その苦労が、地竜を倒した証が、ああ……」

「はいはいわかった。【竜殺し】さまはゴイスーゴイスー」

「慰めが雑ぅッ」

「それより来るぞ。本命が」


 曽井戸が、いやその場の全員が空を見上げる。

 いつしか雨は止んでいて、丘を包む叢雲の切れ間から陽光が次々と差し込んできた。

 仰いだ空にはフィールド名に相応しい、輝く七色の高架。


「虹が……」


 晴れやかな情景にみとれる余裕もなく、聞こえてくるのは大音声。

 それは聖歌かマントラか、荘厳な旋律が丘に木霊する。

 まるでここまで辿りついた俺たちを祝福するような歌声の主は空に、上空に、座していた。

 眩しい空に浮かぶ黒点。それが降下していくたびに大きく、巨大に、見えてくる。


「あの……デカすぎませんかねアレ」


 あまりのバカバカしさに間抜け面を晒してしまう。

 かつての巨人像のような直立したマッコウクジラどころではない。山だ。ピラミッド並の体積だ。

 これに比べたら、ジャンボジェットサイズだった地竜でさえも霞んでしまう。


「あ、あれがトゥルーライフのラスボス……」


 虹のティアラを戴いて、いま〝不滅の女王〟が降臨す。


「総員衝撃に備えろッ――」


 戦争映画でしか聞いたことのない台詞を専務が叫べば地面が揺れる。

 降下してきた不滅の女王、その獣の四つ足が大地を掴んだ衝撃だった。

 雄々しく逞しい毛並みと筋肉の隆起。野性美を余すことなく体現したような肉食獣の巨躯。その首に収まるべきものは獰猛な捕食者のそれではなく、人間の腰から上が、上半身が生えていた。

 背面には大きな翼、空を覆うような二枚羽。


 まず連想するのはケンタウロスかスフィンクスだろう。

 だが、人間のかたちをした部分、美しき女神の美貌とプロポーションがモンスターという認識をより高次のものへと昇華させていた。


「〝不滅の女王〟ってアンデッドじゃなかったのかよ!?」


 驚きもしよう。

 ここまで前座を務めてきた大半がアンデッドモンスターだし、どんなおどろおどろしい外見かと想像を膨らませていた。

 だのに、現れたのは美しい女、ギリシャ神話に登場するような生命力溢れる裸婦だったのである。


「なんか想像していたのと違っていたけど……スッゲー綺麗だな」


 ゲーム相手にバカらしいとは思う。

 思うのだが、魂にウソはつけなかった。

 俺の童貞メーターは振り切れてしまったのか、ドエロい恰好と美貌なのに股間が反応してくれない。それほどの美というものを初めて知った。


 そして、たぶんそう感じているのは俺だけではない。

 〝不滅の女王〟を初見にした多くの仲間たちは沈黙を守り、あの葛田さんでさえ下品な言葉を口走らなかった。

 辺りに緊張の静寂が訪れたとき、眼前にそびえ立つ美しき獣に〝不滅の女王〟とエネミーネームが現れた。

 戦闘が開始されるまでの短い猶予、女王の光輝にあてられてすっかり物怖じしてしまった討伐隊の中心で野々村専務が吠えた。


「各々方、報奨金の使い道は考えておろうな!」


 わざと時代がかった将帥ぶりで、己が野望を列挙した。


「ちなみに私はゴルフクラブの年会費と、銀座のママと、孫を甘やかすために使うんじゃい!!」


 恥も外聞もない我欲。

 ただ、ただ、我欲!

 一流企業のトップ2が明け透けな欲望を吐露した。


「みんなはどうだ?」と鼓舞するのだ。

 するとどうだ。

 専務につられてまわりの大人(苦労人)たちが次々と願望を口にした。


「お、俺は、住宅ローンを完済するんだッ」

「私も、子供の教育費に、私立に行かせるためにッ」

「もうファミリーカーなんて妥協しない! ベンツだ、ベンツに乗ってやるッ」

「株で焦げついた損失の補填にッ」

「離婚した娘の養育費を確保したいッ」


 涙がちょちょぎれる迫真の雄叫びが連なり、丘を揺さぶる。

 もはや恐怖などない。

 ここに残るは狩人たち。一攫千金を狙う博徒たち。

 そのギラついた目に応えて、専務が高らかに拳を上げた。


「獲るぞ100億ッッ!!」


 専務の叫びはこの戦いの目的、プレイヤーの悲願、俺たち持たざる者の渇望――

 企業戦士の心に火がついた。


『ウオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッ!!!』


「総員、突撃ぃぃぃぃぃぃぃぃッッ!!」


 中央に陣取った〝不滅の女王〟へ、のべ100人の挑戦者たちが殺到していく。

 もはやNPCを温存する必要もない。

 物理攻撃特化の前衛が我先にと丘中央を目指す。

 彼らを迎え撃つべく巨獣が前足を地面に叩きつけると、大地が大きく波打った。


「重装騎士は前へッ」


 指示に従って重装騎士らが地面に盾を突き立てる。

 続いて訪れた地面を捲りあげるほどの衝撃波によって、重装騎士のガードからあぶれた者たちが後方へスッ飛んでいく。

 その間、上空へ放たれた魔法攻撃が〝不滅の女王〟へ降りそそぐが、大きな両翼が本体を包み、ダメージが軽減されてしまう。

 【全属性耐性】の〝不滅の女王〟に大ダメージをカマすには、【物理耐性】のある獣の肉体ではなく、その上部にある人型の部位に必殺技をブチ込むより他ない。


「まずは足だ! 足を狙え!!」


 そのためには、厄介なノックバックを封じるためにひたすら胴体を削るしかない。

 タンク役の騎士たちに守られながら前衛がなんとか巨躯にとりつきはじめた。

 ところが、それで終わりともいかず、中央まで辿りつけた前衛は大蛇のごとくうねる尻尾によって弾き飛ばされてしまい、一進一退の攻防を続ける。


 彼らのおかげで前足を封じているいまこそ本体へ攻撃する好機!

 跳び技や飛び道具で本体を狙うのだが、大きな翼に守られてなかなか攻撃が届かない。

 しかし、敵が守りに入っているということは、このまま数で、ダメージで押し切れるということ。

 徐々に〝不滅の女王〟のHPバーが縮みはじめた矢先だ。

 翼を広げた旋風によって、運悪く攻撃中だった空中のプレイヤーたちがフィールドの彼方へ吹っ飛ばされてしまう。

 合流にはかなりのタイムロスが見込まれる。


「いまだ! 各種デバフ、魔法攻撃を叩き込め!!」


 弱点というか、まともな攻撃部位の露出はこちらにとってもチャンスである。

 〝不滅の女王〟がたわわな乳房を隠すように組んでいる両腕、その下にある巨大な宝石、虹色に輝く宝石部分には【弱体無効】がついてないらしい。


 俺も遠距離の魔法職部隊に混じってデバフを連発する。

 もちろん必中というわけではないし、腕の下に隠された宝石に魔法は届いてない。

 これでは無駄骨ではないか?

 俺がそう考えたとき、〝不滅の女王〟の両腕が動いた。

 まるでなにか掲げるように持ち上げた両手から光が瞬いた。


『――流星雨――』


 当たり前だが、当然向こうも遠距離攻撃は持っていた。

 しかもかなり痛いヤツを。

 虹かかる丘に隕石群が落ちてきた。

 何個も何個も、ランダムに、フィールド上を蹂躙していく。


 直撃を浴びたプレイヤーが宝石になっていき、NPCは消滅してしまう。

 当たれば必死の物理攻撃。実質、即死攻撃ではないか!


「うひぃぃぃ、おっかねーッ」


 堪らずにしゃがんでしまった俺の横で、同じく支援魔法役の『精霊使い(エレメンタリー)』が鼓舞してくれる。


「ビビるなルーキー。俺たちぁ最後尾、攻撃なんか届かんさ!」


『――神雷――』


 その直後、新たに放たれた範囲攻撃によって雷の柱が乱立し、俺のすぐ脇にも炸裂!

 自信たっぷりだった『精霊使い』の人が塵となった。


「艦砲射撃かよ……」


 雷がどこに落ちるのか決まっていない分、回避ルーティーンが使えない。

 だが、ひとつだけわかったことがある。

 〝不滅の女王〟は特別痛い範囲攻撃をするとき腕を動かす。胸の防御をおろそかにする。

 そして、そのときこそデバフ魔法が当たるのだ。


「――ファイヤーペイン!」


 炎耐性ダウンを放った俺だけでなく、支援部隊が一斉にデバフ魔法を集中させる。

 攻撃力&防御力ダウンにはじまり、物理耐性魔法耐性ダウン、速度停滞から全属性分のデバフまで、ありとあらゆるマイナスステータスを貼付してやる。


 その好機を逃す前衛部隊ではなかった。

 何故か敵の真正面に固まっていた主力。その意味は、露出した弱点部分に高火力を集中させるところにあったのだ。


「『召喚士サモナーは前へッッ」


 号令とともに、前哨戦ではまったく活躍の場がなかった『召喚士』の人たちがストーンゴーレムを召喚して、攻撃担当者を片っ端から投げ飛ばしていく。

 目標は〝不滅の女王〟の胸部にある宝石、デバフを盛りに盛られた弱点部分だ。


「真伝兜割り!」「ナパームアクス!」「魔槍竜墜!」

「大次元断!」「チェストォ!」「ミサイルアロー!」

「インドラの矢!」「トペ・コン・ヒーロ!」「デッドボール!」


 空中を舞っていた攻撃手や弓使いたちの必殺技が女王の宝石にヒットしていく。


『Raaaaaghraaaaaaaa』


 言語かなんだかも判別できない悲鳴を上げて女王が身を捩る。

 ダメージ上限9999付近の攻撃が雨あられ。

 HPバーがこれまでにないほど変動して、いよいよオールグリーンからイエローコーションへ!


 このまま押し切るか?

 俄然勢いづいたのも束の間、女王は翼を閉じて身体を隠してしまった。


「だったら、地道に削ってやるだけのこと!」


 俺も前線に近づいて魔法攻撃を撃ち込もうとしたとき、同じ隊の人に手を引っ張られた。


「大人しくしてろ! 轢き殺されたいのか!?」


 は? 轢くとはなんぞや?

 俺が問いかけるヒマもなく――


『――スタンピード――』


 〝不滅の女王〟がその猛獣の下半身でもってフィールドを駆けめぐった。

 ピラミッド並――というか、まんまダイ○ーンサイズの生き物が暴れまわるのだ。二三回周囲をグルグルしただけで大惨事だ。


「ひええええええええええええええええええええッッ」


 真上でタップダンスされるアリさんの気持ちだよ!

 お察しのとおり戦線はズタボロだ。

 近距離で囲んでいた前衛部隊の大半がノックバックしてしまった。

 そして、フィールド中央へ戻ってきた〝不滅の女王〟の翼がふたたび開いたとき、


「散らばれ! 正面に立つな!!」


『――フォトンレーザー――』


 女王の放ったゲロビの光芒がフィールドを両断してしまった。

 専務さんの警告も空しく、僅かに残っていた正面の一団、ストーンゴーレムに守られていた部隊とその直線上に位置していた者たちいっぺんに蒸発してしまった。


 たった数秒で20人が消し飛ばされる光景もそうだが、さらなる絶望はヤツのHPバーだ。

 先ほどの攻勢で一気に半分まで削れたHPが徐々に戻っている。黄色から緑へ回復しているではないか。


「【自動再生】ってか……」


 これがラスボス。難攻不落のビリオンモンスター。

 なんてクソゲーだ。勝てない。勝てるわけがない。

 いくら俺たちが蘇生して、立ち上がっても、また殺されるというのに――


「こ、こんなことをいつまで続けるんだよ!?」


『あいつがくたばるまでだろう!』


 ハッとした。

 名も知らないNPCの台詞で我に返った。

 目が合って、NPCがニヤリと笑った。


『なあ【竜殺し】、その称号は伊達か?』


 NPCのくせにずいぶんと会話パターンが豊富じゃないか。


「サンキュー。おかげで目が醒めた」


 そうだ、忘れるところだった。


「俺はラスボスを倒すためにここに来たんだったなッ」


 立ち上がれ俺! 奮い立て企業戦士!

 俺は専務さんにならって高らかに吠えた。


「獲るぞ100億ッッ!!」


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