第15話 SUGEEEEもあるよ
「もうちっとだけ続くんじゃよ」
「うそ~ん……」
いつの間にか霧雨になっていたフィールドの空中でユラユラと揺れる影。
「【物理無効】のワンダーレイス、あれで最後だ」
その数5体。いずれも物理攻撃無効でいて、魔法防御も飛び抜けているという難敵。まさしく最後の壁というヤツらしい。
「とっとと終わらせて1億円のハンターチャンスやッ」
言うが早いか、葛田さんが先行してしまう。
「ヒャッハー! 幽霊なら聖水プレイで成仏させたるわ!!」
この人、ジョブチェンジしてから血の気が多くなってませんかね!?
「ジロー、葛田さんを止めるんだ! ワンダーレイスは聖属性だッ」
「りょ、了解! 葛田さん、ワンダーレイスに聖水は無効です! 一端下がりましょうッ」
「かませへんかまへん、やったらワイがバックでヒィーヒィー言わせたる!!」
葛田さんを連れ戻そうと丘中央から飛び出してしまった俺たちに、ワンダーレイスがターゲットを合わせた。
剣では遠い間合いから、ワンダーレイスが詠唱エフェクトに入っていた。
身の危険を感じた俺が足を止めた刹那、眼前が真っ白になった。
『――サブリメイション――』
目を覆うような真白き輝き。
アンデッドは問答無用で即死して、神聖波動による闇、魔、邪属性へのダメージボーナスが乗っかる【ターンアンデッド】の上位魔法だ。
射程距離ギリギリの俺は浅いダメージで済んだが、至近距離にいた葛田さんはサラサラと光の粒になっていく。
「ぐへへ、ラブ&ピース……」
「葛田さぁぁぁぁぁぁぁぁぁんッッ」
本人が絶対に言わない台詞を吐いて、葛田さんが即死した。
あの人、そんなにカルマが高かったんか……。
すぐにでも蘇生してあげたいけど、こりゃあ荷が重い。
「こっちだジロー!」
俺が引き返そうとしたら、第二陣は丘の中央から外側へ、第一陣と合流していた。
つまり、それほどの敵というわけだ。
俺もすぐさまトンズラして、丘の中央でユラユラと浮遊するワンダーレイスが5匹。
「んで、どうすんのあれ?」
「物理攻撃が効かないから魔法で圧倒するのが一番なんだけど……」
曽井戸の苦汁で納得した。
「魔法防御がバカ高いってわけか」
「HP自体は多くないんだ。だから弱点属性で攻撃すれば効果的なんだけど……」
「近寄ったらサブリメイションか」
残念ながら闇属性の魔法は射程の長いものがない。
かといって、正攻法で魔法をドンパチやってもMPが浪費する。
なんとも嫌らしい。こちらの余力を削ぐ目的に特化した配置である。
「これまではどうしてたんだよッ」
「どうするもなにも、デスペナ覚悟でタンクがタゲとりにいって、あとはひたすら遠距離魔法の脳筋ゴリ押しって聞いた」
「……消耗戦っていうんスよそれ」
だが、このまま手をこまねいていても、統制のとれないNPCが突っ込んでいって損耗してしまう。
「狼狽えるな! 私が出るッッ」
場に一喝。例の竜騎士の人だった。
一軍精鋭部隊が途端にザワつく。
「専務、しかしッ」
「ときには上役が現場を引っ張るものよ」
「いま専務のLvダウンは芋討伐の決定力を左右しかねません! タンクなら我々が、本部総務課が務めます!!」
「木下部長、冷静になれ。時間をかければかけるほど、NPCが削られていく。ダメージコントロールは経営の基本ぞ」
部下の制止を振り切って、討伐隊リーダーが歩み出る。
「なあに、【竜殺し】は伊達ではない」
なるほど。あれが曽井戸の言っていた野々村証券の専務さんってわけか。
上下関係のないゲームのなかとはいえ、身を挺すだなんていい上司じゃないか。
「ヤバい。ちょっと燃えるよな」
「……ジロー?」
「俺もみんなにカッコイイとこ見せたくなった」
不安そうにする曽井戸を振り切り、俺も叫ぶことにした。
「【竜殺し】ならここにもいるぞッ!」
みんなが一斉に注目する。
慣れないもので、少々恥ずかしい。
場違いな俺の先行に、同じく先行していた専務さんが問う。
「君は?」
「ドーモ野々村証券の専務さん。わたくし、×○商事の佐々木というものデス」
エア名刺交換で挨拶を交わす。
俺がステータス画面を表示する(なお、【童貞】部分は手で隠すとする)と、専務さんが目を剥いた。
「驚いた……Lv50で本当に【竜殺し】とは」
「タゲとりなら俺がやります。専務さんは討伐隊のリーダーですから、みんなの攻撃指示をお願いします」
「だ、だが一人だけというのも……」
「まあ見ていてください。俺の【竜殺し】も伊達じゃないですから」
専務さんの許可を待たずに突撃開始!
重要なのは時間だ。ワンダーレイスが中央からバラける前にターゲットをとらなければならない。
一直線に駆けていった俺に反応して、一体が魔法詠唱を完了させた。
『――サブリメイション――』
「それはさっき見た」
急カーブをかけた俺の鼻先で神聖波動は停止した。
神聖魔法【サブリメイション】は放射線状に広がる魔法で、闇属性と同様に射程はそれほど長くない。
こんなもの地竜の【ストーンブレス】とは比べるべくもない。
「当たらなければどうということもない」
俺がそのまま円を描くように接近すると、俺をロックしたワンダーレイスが続々と魔法詠唱に入る。
中央に向けてカットバックを切った俺は、五体の中央を通り抜けて葛田さんの宝石を回収する。
『――サブリメイション――』
『――サブリメイション――』
『――サブリメイション――』
時間差で三方から繰り出された攻撃が頬を、肩を、膝を掠めていく。
これも盗賊並に身軽な邪術士だからできる業。
「な、なんだそりゃ……なんつー集中力だッ」
お、その声は森田か。
視界の端に森田の姿を確認して、葛田さんを投げ渡す。
「森田ぁぁぁぁぁぁッ、これで裏切りはチャラにしてやるから葛田さんを蘇生させとけー!」
俺の一声でみんなの注目を一身に浴びてしまい、バツが悪そうに森田が舌打ちする。
そして俺はふたたびワンダーレイスの群れに飛び込む。
魔法の射角と詠唱時間を利用して、すべての攻撃を紙一重で回避する。
「なんて集中力だ……バカげてるッ」
「ふふ、レトロゲー世代をナメんなよ!」
森田には感謝したい。
人間のっぴきならない状況、退路を完全に塞がれたら、前に進むしかないってこと。覚悟を決めて白刃に身を晒す先に成功があるってこと。それを森田から学ばせてもらった。
「だ、だけど、しょせんタゲとりだけだろ!? それでドラゴンを倒せるもんか!」
だったら証明せねばなるめえ!
俺がふたたびカットバックして中央へ斬り込むと、ワンダーレイスが魔法詠唱に入る。
それ即ち、その間ワンダーレイスは無防備になるということ。
「さあさあお立ち会い、Lv50の魔法職が如何にして【竜殺し】を成しえたか――」
装備画面を開いて武器を持ちかえて、すれ違いザマに一撃!
「バカめ! ワンダーレイスは【物理無効】だ。ダメージなんか通るわけねえだろッ」
「それはどうかな」
その瞬間、ワンダーレイスのHPバーが僅かに変動した。
極々少数のダメージだったが、しかと攻撃は通ったのだ。
「そ、そんなッ!? いや、その武器はッ」
「とくとご覧あれ、これが地竜を倒した方法にござい!」
俺が手にした武器を見て、森田だけならずみんなが仰天した。
「ジョ、ジョークスティックだとぉッッ!?」
そう、ジョークスティックだ。
攻撃力0のパーティーアイテム。どんなに殴ってもダメージ0。
「そして、俺は邪術士でエンチャントマジックが使えるのさッ」
「エンチャント……はっ!!」
気づいたようだな森田くん。
トゥルーライフの戦闘システムでは、耐性持ちに攻撃するとレジストされてしまう。
つまり、ダメージの軽減だ。相手の耐性防御がこちらの攻撃力を上回れば、当然ダメージも0になる。
そして、地竜は【物理耐性】持ちで魔法防御も高かった。
物理もダメ。魔法もダメ。そんな八方塞がりで俺がどうやって地竜にダメージを与えたかというと――
「弱点属性の特攻効果ってヤツさ!」
戦闘システムの都合上、弱点属性で攻撃すれば必ずダメージが通るようになっている。
どれほど攻撃力がなかろうと、カスダメージが入ってしまう。
よって、どんなに地竜の魔法防御が高かろうが、弱点の風属性をエンチャントして殴ればダメージは与えられるのだ。
「そして、ジョークスティックの耐久値は設定されてない」
だからこそ武器が壊れることもない。
「これなら俺でも【竜殺し】ができるってわけさ」
「いや、でもッ……だからって、バカげてるだろ! ドラゴンのHPは10万越えだぞ? 不可能だろ!! そんな一桁ダメージで、いったい何回攻撃すれば倒せるっていうんだ!?」
「聞きたいかね? 昨日までの時点で99822回だ」
「貴様ァッ!!」
ウソです。本当はその半分以下の回数だけどね。
「ジロー、お前……マジかッ」
葛田さんを蘇生するために森田と合流していた曽井戸もお口アングリ。
「応ともさ! 全部の攻撃パターンを暗記するまで何度か死にかけたり、倒す頃にはアイテムやMPも底をついたからマジギリギリっした!」
「だったら声をかけてくれればよかったのに……」
「いやいや、それが出来ねーから一人で頑張ったんでしょーが!」
あのとき切羽詰まっていたのは事実だけど、地竜戦を越えたことで俺は一皮剥けたのだ。
誰に憚ることなく誇ってやろう。
「ふふん、スゲーだろ?」
「た、たしかにSUGEEEEEEEEEEな……」
曽井戸を筆頭に、周囲がざわめき出す。
「SUGEEEEEEEEEE――けどバカだ」
「ああ。SUGEEEEEEEEEEけどバカだな」
「むしろSUGEEEEEEEEEEバカだ!」
やがて討伐隊全員がコールをはじめる。
『SUGEEEEEEEEEEバカ! SUGEEEEEEEEEEバカ!』
「悪口かッッ!!」
もっと素直に褒めてくれませんかね!
こうなったら、とっておきで度肝を抜いてやる! あの罵声を凱歌に変えてやる!
話している間も絶えず円軌道をしていた甲斐あって、ワンダーレイスがかたまってきた。
あとは輪を狭めて中央へ集めるだけだ。
「バカバカ言ってるまわりのヤツ、見てろよ? チョー見てろよぉ?」
タイミングを見計らってワンダーレイスどもの中心へ、丘の中央で足を止める。
五体すべてが俺をロックする。俺は袋の鼠となる。
またはこう言い換えよう――一網打尽のチャンスだと!
「目にもの見さらせ! これが新たに得た力――」
「いまこそ勝機! ×○商事くんが敵を一カ所に引きつけいるうちに闇属性で総攻撃だぁぁぁぁぁぁぁッ!!」
「え? 専務さん、ちょ待っ――」
指揮を執ってくれとは言ったけど、攻撃のタイミングも申し分ないんだとしても、
「そりゃないっスよ専務ぅぅぅぅぅぅ!!」
丘の中央へ降りそそぐ闇属性攻撃の雨あられ。
怒濤の絨毯爆撃によって、俺ともどもにワンダーレイスは死滅した。