第14話 TUEEEEがあるよ
『虹架かる丘』は特殊なエリアだ。
四方を山脈に囲まれた小高い丘。そこは美しい花畑が広がっているのだが、フィールド上にモンスターもNPCも宝箱も存在しない不思議な場所だ。
そんなボスエリアともいえない丘の中央に、朽ちた騎士が鎮座している。
『――よく来たな。死に挑みし者よ』
会話がはじまるとレイドイベントの開始だ。
さきほどまでカラッ晴れだった丘にどんよりと暗雲が立ち込める。
〝守護者〟と表示されている朽ちた騎士が立ち上がり、大きく剣を掲げた。
『集いし100の兵よ、汝らの蛮勇、死せる白刃にて問わん――』
戦闘開始だ。
「乱れ斬り!」「断罪剣!」「薪割りボンバー!」「ランサ―ストライク!」
「暴れ太鼓!」「トリケラトプス拳!」「シャイニングウィザード!」
ちゅどーん。
「グラムザンパー!」「穿空一閃!」「ギロチンタイフーン!」「本塁打!」
「背中かがガラ空きだぜ!」「山崎アウト!」「タイキック!」
ちょどどどーん。
ガチ技からネタ技まで、ありとあらゆる必殺技を守護者に繰り出していく。
エネミー一体に対して、まわりを囲んだLv70の前衛がかわるがわる攻撃を叩き込んでいくのだから守護者に反撃するヒマなどない。
俺たちLv50近辺のサブメンバーは遠目からそれを眺めていたのだが、守護者〟に同情を禁じえない。
「俺、スパ○ボで見たことある……」
ボスのまわりをびっしり味方で囲んでボコボコにするという常套手段。
実際に、というかリアルなVRで目撃すると、かなりエグい。
5万あった守護者のHPがモリモリ減っていくではないか。
「まるでリンチだな」
「言い方ぁ!」
曽井戸に注意されてしまった。
「あれはそう、『車掛りの陣』、川中島のアレだ」
「いや車っていうか歯車じゃん! 全方位からゴリゴリ磨り潰されてんじゃん!!」
哀れ守護者は粉微塵に……。
数の暴力を目の当たりにしていたら、曽井戸が肘で突いてきた。
「そろそろ出番だ。前進するぞ」
「お、おうッ」
慌てて追随する俺たちの前方で、わらわらとアンデッドが出現していく。
土が盛り上がり、武器と騎士鎧を身につけた死者どもが這い出てくる。
守護者のいた辺りから中心に、総勢40体ほどの上級アンデッド〝死骨騎士団〟がお目見えした。
最前線にいた討伐隊リーダーの『竜騎士』が合図を送った。
「手はずどおり交代するッ! 第二陣、攻撃――放てッッ」
そして死霊の群れに降りそそぐ攻撃魔法と弓矢の雨。
絨毯爆撃さながら、死骨騎士たちはノックバックしていきバラバラになる。
「各個撃破、かかれーッ!!」
「うおおおお!」と雄叫びを上げて、突っ込んでいく第二陣。Lv60以下、つまり俺たちだ。
蘇生できないNPCを温存するため、このときばかりはサポート役の魔法職も突撃しなければならない。
「行きますよみんな!」
邪術士の俺も、唱えていた【淀む風】をブッパして駆ける。
対象一帯の速度を低下させるデバフ効果で死骨騎士の攻撃をすり抜けて一撃。
杖によるダメージは【レジスト】の表記。
「ですよねー」
装備まで気をまわせなかったうえに魔法職の腕力だ。
そりゃあガッチガチのタンクエネミーには効果がないか。
などと落胆している脇から躍り出るオジイちゃん。
「ほいさ!」
死骨騎士の顔面を杖で貫通!
クリティカル判定で戦士みたいなダメージが通ったではないか。
「どうなってんスか!? 小暮さん、魔法職ですよね!?」
「ちょっとコツがいるんだけど――」
すぐに別の死骨騎士へと飛びついて、今度は逆手にした杖の先で首のつけ根にブスリ!
「人間とおんなじ。急所を狙うとだめーじが大きくなるんだってね」
「人間と同じで眼球と首を狙うんスか……」
「いやあ昔とった杵柄だよ」
人型の標的相手に躊躇なく致命傷をとりにいく判断、以前とは別人の身のこなしといい、照れ笑いしていても恐えーよ!
若い頃はなにやってたんだこの人……。
小暮さんにドン引きしている俺の背後から、死骨騎士数体が大剣を振りかぶる。
「気を抜くなジロー! アーメンガード!!」
曽井戸が神聖波動で何体か押し返してくれたものの、効果範囲外の一体が攻撃モーションに入った。
避けるか? 受けるか?
僅かに迷ってしまった俺に大剣が振り下ろされ――
「背中がガラ空きだぜ!」
死骨騎士の胸から短剣が生えて、バッグスタブ成功。攻撃モーションがキャンセルされているうちに背後の何者かがザクザクと追撃をして、曽井戸の剣がトドメを刺した。
「勝てばよかろうなのだぁ」
「た、助かりました葛田さんッ」
先ほどの必殺技【背中がガラ空きだぜ】はバックスタブ時に即死効果&ダメージ乗算のレアスキルで、盗賊職でもかなりのカルマを要求されるとか。
アンデッドに即死効果は効かなかったけど、それでも充分強い。
「力こそ正義ぃ」
まさか葛田さんがここまで頼りになろうとは、二週間前では夢にも思うめえ。
あと会話パターンその二つしかないんスか?
「とにかく、いまのうちに戦線を整えるぞ。ジロー、移動デバフよろ!」
「お、おう――【泥濘の土】!」
まわりの地面を泥に変えてモンスターの移動を制限する。
これを唱えると自分たちにもデメリット効果が及ぶのだが、みんなで固まって迎撃する状況、味方から離れないという点においてはメリットになる。
どんな魔法も使い用ってわけだ。
曽井戸が矢面に立ち、大地に盾を突き立ててガードポジションをとった。
「近寄ってくる一体ずつ、一体ずつを相手にするぞ!」
上級魔法で蹴散らしたいとこだけど、闇属性の俺じゃあ相性最悪だ。
「こんなときに火力担当の森田くんは? あいつどこいった!?」
「はぐれた、と思う……」
「逃げた」の間違いではないだろうか。
おそらく第一陣に紛れて遠距離支援でもしているのだろう。
まあ、いない者に期待しても仕方ない。
「曽井戸よぉ、このザコラッシュはいつまで続くんですかねえ!」
二軍総出で死骨騎士をほとんど倒したというのに、次から次へと新たなモンスターが沸いて出る。
死骨魔導師や死告鳥、ボーンキメラなどなど、どんどん強力に、なおかつ大型になってくる。
もう小暮さんたち大司祭の【ターンアンデッド】では即死してくれない。
「耐えろジロー! デッドオーガが出てきたってことは、半分はいったはずッ」
「は、半分って……あと何体相手にすんだよ!?」
「ざっとモンスター100体だから、あと40体くらいか」
「ヒエッ、そりゃボスまでダンジョンがないわけだ」
現在フィールドの中央で俺たち二軍が踏ん張りつつ敵を迎撃。俺たちを囲む敵をさらに外側から包囲している一軍が、NPCを守りつつ遠距離攻撃で殲滅している状況だ。
「囮になるのはいいんだが、タンクの少ないサポート組じゃあ数で押し切られるのは時間の問題じゃね!?」
「泣き言か? 格好悪いぞジロー!」
「事実なんですけどねー!」
そうこうしているうちに雨が降ってきた。
アンデッドに有効な火属性攻撃に弱体補正がかかって、状況をさらに悪くする。
雷系で一掃したいところ、第二陣は密集しすぎていて使えない。
じりじりと俺たちが中央へ追い詰められていくなか、反対側から声が響く。
「気をつけろー! 石魔神が出たぞー!!」
いつかの巨人像の上位種が四体、地面から盛り上がってきた。
ヤツらは物理攻撃や魔法攻撃をものともせずに腕を振るい、足で蹴る。
何人か魔法職のプレイヤーが宙へ吹っ飛ばされていく。
「ゲエッ、あいつこっち見てんぞ!?」
ドスンドスンと足踏みしてくる石魔神。
大きな影が頭上を覆い、俺たちが絶叫したときだった。
「ホゥワァァァァァァァァァァァァァァァァッッ」
怪鳥のような唸り声が轟き、後光が巨影をあまねく照らす。
「菩薩掌ッッ」
ドパンと巨大な張り手エフェクトが発生して、石魔神と一帯のエネミーを吹っ飛ばした。
「ま、待たせたな」
「山根さんッ」
はぐれていた山根さんが反対側から【流星脚】でこちら側に、そこからさらに広範囲技で戦線を押し戻してくれた。
「山根さん、石魔神は巨人像と一緒です! 半端な物理攻撃はレジストされ――」
「問題ない」
短く応えた山根さんが跳び上がり、起き上がろうとしていた石魔神の胸板に拳を打ちつけた。
「明王拳ッッ」
石魔神の胸部が豪快に爆砕した。
「爆裂属性の拳技って、なんだそりゃ!?」
さらに遅れて登場してきた鉄魔神に山根さんが指先をピタリと当てた。
「――如来一指」
穏やかな挙動とは反対に、超絶物理耐性の鉄魔神にダメージが通ってしまった。
「防御無視かよ!?」
山根さんはそのまま鉄魔神に【明王拳】を叩き込み、崩れゆく敵の顎めがけて――
「タイガァァァァァ―――――――――アパカッ!!」
天高々と跳び上がるアッパーカット炸裂!
三連続で技を繋げる拳士スキル【コンビネーションアーツ】、もれなく阿羅漢の聖属性つき。
「TUEEEEEEEEEEEEEEEEEEッ!!」
見たこともない職業に見たこともない技、第二陣が歓声に包まれる。
「無敵じゃないっスか!」
「だが、紙装甲だ」
聞けば、阿羅漢は強力な必殺技とひきかえに、武器と金属の防具を装備できないのだとか。
しかし、それでもこの突破力は破格だろう。
「山根さんが大型モンスターを引きつけているうちに態勢を立て直すぞ!」
気力を取り戻した俺たちは敵を外側へ押し返すことに成功した。
そこで、ようやくチャージを終えた魔法職らの広範囲魔法で残った敵を薙ぎ払う。
威力は絶大。ところどころで爆発雷光、氷山がそそり立ち、フィールドの地形を変えてしまった。
「はあはあ……も、もう打ち止めだろお願いします」
ヘタレ込む俺の腕を曽井戸が引っ張った。
「もうちっとだけ続くんじゃよ」
「うそ~ん……」