第12話 インド人を右に! 特訓編おしまい
〝不滅の女王〟討伐に参加表明してから二週間。
期日を迎えた朝、待ち合わせ場所の冒険者ギルドに佐々木二郎の姿はなかった。
「曽井戸さん、さっさと行きましょうよ。そろそろ出ないと、芋討伐に参加できなくなりますけど」
「まだ。まだ時間になったばかりだし……」
閑散とした冒険者ギルドに曽井戸と森田の二人だけ。
残りのプレイヤーは先に集合場所へ行ってしまった。
「筐体に入ってないって×○小事の連中もいってたじゃないですか。来ないヤツを待ってても無駄ですよ」
「そんなはずない! ジローは約束を破るような男じゃないッ」
「時間も守れないようなヤツだから三流企業にいるんですよ。根本的に俺たちとは違うんですって」
そうなのか? 一瞬曽井戸は躊躇して、頭を振った。
「森田、覚えておきなさい。思っていても口に出しちゃいけない言葉もある。いまのは聞かなかったことにするから」
「でも事実ですよね? 時間にだらしないの」
「きっと事情があるはず……森田は何か聞いてない?」
「なんにも。佐々木さんと一緒だったの二日前ですからね。ラストスパートかけに上級ダンジョンいってたときも文句たらたらでしたもん。あのときたしかLv47でしたから、Lv50に届かなくて逃げちゃったんじゃないですかね」
「そんなことッ……」
あるわけがない。そう否定したいのに言葉が出ない。
残り48時間で3Lv。ソロで上げるとなると、たとえぶっ通しでプレイしても不可能だろう。
「君がどうしてもっていうから、ジローのことを任せたのにッ」
「んなこと言われても、ガキのお守りじゃねーんですからそこまで責任持てませんよ」
曽井戸は唇を噛み締めるしかない。
無言のままうつむく上司を見かねて、森田がパンと柏手を打った。
「はい。もう充分でしょう。待ち合わせ時間に五分もオーバーしている時点で社会人失格ですって」
「わ、わかった……」
森田に促された曽井戸が冒険者ギルドを出たときだった。
「遅刻遅刻ぅ~」
誰かが猛スピードで駆けてきて――
「ワッショイ!!」
「ぶべらッッ!?」
出会い頭に豪快なラリアットが炸裂!
森田の身体が一回転した。
あまりの唐突さに呆然としてしまった曽井戸の前で、闖入者がサムズアップ。
「待たせたなッ」
「ジロー、お前、この野郎……待たせやがって、いままで何してたッ」
「ウンコ! それと顔を洗ってリポD飲んでた!」
ずっとゲーム内にこもりっぱなしだったからな。
漏らすかとハラハラしたとも。
「そ、そんな……どうして、どうしてあんたがここにッ!?」
驚愕する森田に言ってやる。
「Lv50になったからに決まってんだろ」
「バカなッ……だってLv47で、瀕死だっただろ!?」
「瀕死? どういうことだ森田」
思わず口を滑らせた森田を曽井戸が胡乱げに問いつめた。
「まあまあ、その辺は俺と森田くんとのディスコミュニケーションということにしておくとして――感謝するよ森田くん。君があのダンジョンを選んでくれたおかげで、俺はLv50に到達できた」
そのダンジョンは『大地の裂け目』。
以前みんなに挑戦を却下された難所だったのだ。
「最深部までショートカットできたってーのが大きかったよ。戻るより進む、腹を括るしかなかったからな」
「だからって、ソロで戦っていたら戦闘できる回数にだってかぎりがあるし、だいいちすぐにアイテムやMPが尽きるはずじゃあ……」
「そうじゃない。そうじゃないだろ森田くん。大地の裂け目には何がいる?」
「ドラゴンが……」
「正確には『地竜』だな。森田くんはクリアしたことがなかったから知らなかったようだけど、あそこって中ボスいないんだぜ」
もしも中ボスが待ち構えていたら、その時点でアウト。MPやアイテムを使い切って、余力は残されていなかっただろう。
「おまっ、まさか……」
曽井戸は気づいたようだ。
少ない戦闘回数で最大限の経験値を得る方法。それは――
「えっへん。ドラゴンスレイヤーしてきたぜキラッ☆」
「ウソだ! あり得ないだろ!! ドラゴンはLv60のプレイヤーがパーティーを組んで挑むボスだ。そんな怪物をあんたみたいな低レベルで、ましてや攻撃手段のない邪術士のソロで攻略できるわけがない!!」
食ってかかる森田とは対照的に、曽井戸はその可能性を吟味する。
「だけどな森田、もしも地竜の経験値を独り占めできたなら、一回の戦闘で3Lvくらい上がるんじゃないのか?」
「そりゃ倒せたらそうなるでしょうけども! ドラゴンですよ!? HP10万オーバーで、竜鱗ですぐに武器もブレイクするし、生半可な攻撃はレジストされるって聞きましたよ!?」
「うむ。地竜は【物理耐性】があったから、俺の攻撃力じゃあどんなに殴ってもダメージ0。魔法防御も高いからろくなダメージが通らなかったなぁ」
手持ちの魔法でもっとも攻撃力のある【ファイアーランス】でダメージ82とか、気絶しそうになりましたよ。ええ。
「ほら見ろ、フカしですよ! こいつ、Lv50になれなかったから、適当ブッこいて芋討伐に参加しようって魂胆なんですよッ」
「そ、そうなのかジロー?」
曽井戸でさえも半信半疑か。
いくら口で説明しても埒が明かんな。
「オーケーオーケー、しかとその目に焼きつけるがいい。俺のLvと称号をッッ」
曽井戸が確認できるようにステータス画面を開いてやった。
「――【童貞】?」
「そこじゃねーよ!! その後ろ、後ろに新しいやつあんだろ!!」
「【童貞】の【竜殺し】」
「繋げるなよ! 童貞関係ねーだろ!!」
だからあまり連呼しないでくださいお願いします!
赤っ恥を我慢してまでステータスを表示してやったというのに、森田はなお懐疑的だった。
「な、なんだこれ……こんな称号存在するのか?」
「いや、前に聞いたことがある。野々村証券の専務さんが同じ称号を持っているって……たしか獲得条件は『ドラゴンの単独撃破』だったはず……」
「さっすが曽井戸、顔が広いぜ!」
「で、でも、ホントスゴいな……称号見てもまだ半信半疑だよ」
「ふふん、褒め称えるがよい」
呆然としている曽井戸に胸を張る。
森田はというと、目算が外れてよほどショックだったのか、まだ狼狽えていた。
「信じない、信じるもんか……そうだ、ズルだ! なにかズルをしたんだ! そうすれば俺だって、俺にだって同じことが――」
「そう考えているようじゃ無理だろうね」
「テメー!!」
掴みかかろうとした森田の足を引っかけてゴロン。
「クソが! 底辺の分際でッ」
「森田ッッ」
部下の無礼を咎めようとする曽井戸に「まあまあ」とジェスチャー。
「立ち話している余裕もないし、合流場所に急ごうぜ」
「お前が言うなッ」
「げぼぉっ!?」
ナイスウリアッ上!!