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316年1月25日 この日記を書くにあたって

仮想世界の「レンデル大陸」を舞台とした旅行記です。

アーデル歴316年1月25日 


 私ことエステラ・ド・ドーファンは、明日より始まる旅行に際し、行く先々での出来事を気ままに記すことを思い立ち、手始めに旅の目的と予定からここに書き始める物とする。


 私自身については、旅の目的にも関わることなので、生い立ちと生業について述べておかねばならない。私はアーデル歴288年3月23日に生まれ、もう二月程で28歳となる。物心を付いた頃には、レストメル王国ウォーウルデン州の州都アールデルバに近いソルベタと言う小さな村にいた。両親はなく、村の外れにある寺院で育てられていた。


 あまり、父や母の代わりであったと言うような人物はいたように思われない。記憶にあるのは、礼儀正しく、特別も厳しくもない代わりに、決してやさしくもなかった、ゼオン神父のしかめっ面ぐらいで、1年と居着かずに代わる代わるやって来るシスターたちについては、名前も顔も、何人いたのかもよく覚えていない。


 厄介払いと言う程に無慈悲な話でもなかったと思われるが、私はヴェルゼルムと名乗る髭もじゃの男につれられて村を出ることになったのは11歳のころであった。ヴェルゼルムは村の者ではなく、滅多にやってこないよそ者であった。曖昧な記憶ではあるが、その数ヶ月前ほどから、寺院にはシスターがいなくなり、ゼオン神父の手にあまるので、この男に頼み込んで、連れて行かせたのではないかと思われる。


 ヴェルゼルムと言う男は、一人で旅をしていた。無口で無愛想ではあったが、私にとって父親と言えるような人物を挙げるとするなら、この男のみであろう。ウェルゼルムには旅をしながら生活するために必要なあらゆることを教えられた。滅多に自分のことは語らなかったが、一カ所で一年以上生活したことは皆無だったらしい。私同様両親はなく、旅芸人の一座に育てられたと言うことだった。


 ヴェルゼルム自身、顔に似合わず(と言えば怒られたが)見事なリュートの奏者であり、酒に酔った時だけ、美声とともにその腕前を披露してくれた。短期に滞在した街の居酒屋や宿屋の食堂でそれをやれば、半月分程の旅費を一晩で稼ぎ出すこともあった。


 だが、私を連れ歩いた頃の彼の本業は吟遊詩人や演奏家ではなかった。旅の先々で、長々とした手紙をしたため、旅芸人や連雀商人などに頼んで、どこかに届けてもらったり、時には自分で大きな屋敷に住む、おそらくは大商人の家にそれを届けたり、口頭で何かを伝えたり、遠くの街で手に入れた品を渡したりしていた。


 彼は幾人かの大商人、それも大陸のあちこちに散った者たちから金をもらい、各地の経済状況や政局、流行などを調べ回っては、それを伝えていたらしい。商人たちはそうした情報を元に、特定の商品を買い占めたり、時には書籍を出版したりと言うことをしていたようだ。やっと、印刷技術が普及し始めた頃で、今程には字を読める者も多くはなかったら、書物として出版したものは、上流階級や大商人の手にしかわたらなかったと思うが、この時期にはヴェルゼルム以外にも、こうしたことを生業とする者が結構いたらしい。


 ヴェルゼルムとの生活は、安定とは対局にあるもので、苦しくはあったが、閉鎖的な村の中で変化に乏しい生活を続けるのに比べれば、遥かに楽しいものであった。


 しかしながら、この生活も僅か5年、16歳の頃には終わりを告げる。レストメル王国の王都ラウクレアに滞在したころ、風邪気味だったウェルゼルムの病状がにわかに悪化した。報酬をもらったばかりだったので、滞在費には困らなかったが、(過去に彼に聞いた話から推測するに)初めてそこにに1年ほど留まった後、帰らぬ人となったのである。


 彼が病床にあった1年間、私は何度か彼の指示で、彼が出入りしていた大商人のところに使いに出たことがあった。そのせいもあってか、亡くなった彼の簡易な葬式をした後、そのラウクレアの大商人、ゼンメル・シェファーが私を屋敷においてくれる事になったのである。


 シェファーの屋敷での最初の仕事は馬の世話であった。旅の間は常に馬で旅をしていたので、これは私にとっては簡単な仕事ではあった。しかしながら、私はその生活にすぐに飽きてしまう。ゼノン神父の寺院に比べればマシではあったが、5年間の旅暮らしで私は単調な日常を過ごすことに耐えられなくなっていたのだ。そのことは、主人であるシェファーにもすぐにわかったらしい。人の心の機微に敏感で、特に効率を重視する大商人は、自分の使用人に適正にあった仕事を与えることを信条としていた。


 半年後から、私は彼の資金で隣国ドルレンタムとの交易を行うキャラバンに加わることとなった。17歳であるから、どうにかたいていのことは一人前の男としてこなすことはできたし、ウェルゼルムから手ほどきを受けた護身術を見たキャラバンのリーダーは護衛としての価値を認めてくれた。また、これまた見よう見まねで覚えたリュートの方も、旅先では小遣い稼ぎになったし、嵐などで足止めを喰らったキャラバンの仲間からは大変もてはやされた。


 だが、常にキャラバンに参加していた訳ではない。一年の半分はキャラバンのメンバーとして旅をし、残りの半分は主人シェファーの屋敷で雑用をしながら、ゴロゴロと暮らして来たのである。気楽そのものであり、私は主人シェファーを尊敬していたと言う訳ではなかったが、自分の生活には満足し、感謝していた。


 しかし、主人、シェファーは高齢であった。昨年から体調を崩すことが増えて来たため、ついに引退を決意した。シェファーには妻はなく、当然財産を継ぐべき子もいない。使用人や出資先のキャラバンのメンバーなどを路頭に迷わせてはならないと考えた彼は、同じくラウクレアの大商人で彼よりも若いウンベスターにそれらを引き継いでもらうえるよう依頼した。若いながらも新進気鋭の商人として名声を得ていたウンベスターは二つ返事でそれを受け、キャラバンはそれまでどおりに活動し、使用人は隠居するシェファーが必要とする者以外は、彼の別荘で新規に雇い入れたのである。


 問題は私のような中途半端な身分のものであった。シェファーは早いうちから、私の性癖をウンベスターに伝えていたらしい。一方で、キャラバンのメンバーとしては、正式なものではなかった。ウンベスターからは、正式にキャラバンのメンバーとなって、護衛隊の副責任者としての待遇を提示された。27歳で副責任者と言うのは破格と言う程でもないが、高く評価されたことには変わりない。どうも、ウンベスターはシェファーから聞いた私の性癖について、十分には理解できてなかったらしい。私は数十名にも及ぶ護衛隊ーのまとめ役などはまっぴらだったので、これを丁重にお断りしたのである。


 慌てたシェファーは、しかし、やはり懸命な判断をしてくれた。ウンベスターには、私は気軽な身分を望むタイプで、キャラバンで責任ある地位に付けるには問題がある旨を伝えた。ウンベスターも(本人としては面映いが)惜しく思いつつも無理強いはしなかった。


 そんなこともあって、シェファーの引退後の私の行く末はなかなかきまらなかった。そこでもやはり、救いの手を差し伸べてくれたのはシェファーであった。私はキャラバンに参加せずにシェファーの屋敷で過ごしている間、主人の許可を得た時は、書斎にある本を自由に読むことができ、特に大陸各地の習俗について、大量の書籍を読みあさっていた。また、ヴェルゼルムの見よう見まねでキャラバンの行き先の街の状況をこまめに書き留め、報告したりしており、シェファーには大変喜ばれたものである。


 シェファーから見ると、私には放浪癖があり、読書家で筆まめと言う重要な素養が備わっているので、外国の習俗、文化を紹介する仕事がぴったりだと言う。気ままに旅をしながら、行く先々で報告をまとめ、たまにラウクレアに戻って来た際に、シェファーとウンベスターが共同出資した出版社が原稿を買い取る。当面の旅費も提供してくれると言うのだ。


 言うなれば、ヴェルゼルムと同じようなものだが、あの頃とは違って、商人が興味のあるような情報は、ラウクレアの商人が協力して作り上げた、特派員による情報網で簡単に手に入る。私はそうした出資元の意図とは関係なしに、私が興味を持つこと、それぞれの国で生活する人々と交わり、生活、食事、飲酒の習慣などについて自由に書けば良い。ウンベスターもこの話には乗り気で、商売としてよりも、そもそも自分がその報告を読んでみたいとのことだった。


 そんなわけで、私はシェファーの用意してくれた資金で支度を整え、一人旅を始めることにしたのである。この日記は出版を目的とするものではなく、ただ、日々の出来事や気付いたことをメモし、考えたことを記録するのみであるが、報告書としてまとめる際には参考にすることになるだろうと思われる。


 ふと、思い返してみると、旅好きとは言いながら、私は今まで一人旅と言うものをしたことがない。一抹の不安を覚えながらも、これからの生活を思うと、好奇心と開放感で胸が一杯になる。まずは、ウォーウルデン州を経由してウィカル商国に向かうことにしよう。ウィカルまでは、馬でとばせば10日程だが、ウォーウルデンはレストメルの中でも独特の習俗がある地域であり、また、生まれ故郷でもあるので、急がずに先々の街の様子も書き留めてみようと思う。


 さて、明日は日の上がる前に出発することになっている。今日はここで筆を置くこととしよう。

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