異世界と夜明け 作者:黎明
……平穏な日々は、突如として崩れ去る。
そんな当たり前になってる言葉だが……実際、何度も何度も同じフレーズを耳にした記憶があった。
生憎とその記憶がこの私にとって、徐々に欠落していくあやふやな前世の記憶だったのか、それとも今世の記憶だったのか……今一つ確証は持てないけれど。
ただ一つだけ言えることは……その意味を『本当の意味で』理解したのは、ほんの一瞬前だった。
「……ぁ」
さっきまで、本当に僅か一瞬前までは普通に話していた女の子が。
東雲色の瞳と、瞳の輝きに染められたかのように薄く曙色に輝く白い髪、薄桜色の柔らかそうな唇、私の幼馴染であり親友であり最愛のパートナーでもある、猫獣人のハル……アリシア・シャハルが。
「~~~~~~っ!」
意味を有しない、声とは言えない咆哮を上げ。
美味しいモノを食べた時の笑顔が最高なその小さな顔は、憎悪と苦痛に彩られ。
まっすぐに前を見つめるその瞳は、今や明後日の方角へと向けられ殺意に染まっていた。
「……なに、が」
ほんの一瞬の間に変貌した幼馴染の様相に、全く理解が追い付かない私が自問自答にもならない声でそう疑問の声を上げるのと……少女が突如として眼前から消え失せたのはほぼ同じだったと思う。
「……ぇ、ぁ?」
声をかけようとしたその瞬間に、風が動いて頬を叩いた。
同時に、灼熱の何かが左腕を掠めて行った感覚にふと視線を向けると……二の腕が大きく抉られていて。
ほんの瞬きほどの時間差で、心臓の鼓動と時を同じくして傷口から真っ赤な血が噴き出し始める。
未だに理解が追い付かないが……その傷は、まるで大型の肉食獣に食い千切られたかのようで。
「ぁ、ぁは、あはははは」
自らの肉体の一部が失われるという本能的な恐怖から逃れようとして……もしくは、無意識の内に頼るべき、愛すべき、共に生きてきたパートナーの姿を追いかけていたのかもしれない。
私はハルの姿を求めるように視線を背後に向け……すぐさま後悔することとなった。
そこには、正気ではあり得ないほどの殺意を振りまき。
日ごろから私の作る料理を美味しそうに食べてた筈のその口の周りを真っ赤に染め……恐らくは私の左腕の一部を美味しそうに咀嚼する、少女の姿をした凶悪な肉食獣の姿があったのだ。
(知ってた、知ってたさっ!
こうなることはっ!
だけど……早すぎる、だろう)
その変わり果てた姿に、風が触れただけで肉の内側を焼かれるほどの激痛が走る左腕に、私は内心でそう叫ぶ。
……そう。
話には聞いていたのだ。
彼女の力と、その代償も。
やがてこうなるということも。
だからこそ私は、いずれ来るその日に向けて備えていたし、覚悟もしていたと思う。
それでも……もし運命を司る神という存在がいるのであれば、今はただ叫んでやりたい。
……「今じゃなくても良いだろう」と。
「くそっ、やってやる、やってやるさ。
死ぬものか、死なせるものか。
守ってやるさっ、戻してやるさ、畜生っ!」
半ばヤケクソ気味に私は叫ぶと……動かない左腕を意識から切り離し、構える。
ハルの暴走を止める。
そして、自分も死なない。
その二つの条件を同時に成立させなければならないが……それは恐らく、正気ではなし得ない修羅の業、だろう。
何しろハルの技量は私と同等以上……少なくとも今までの人生で、お互いが同じ条件で戦った場合、私は彼女に勝てた試しがない。
それどころか、先ほど食い千切られた所為で左腕が動かない。
加えるならば私は、ハルの命を断つどころか大きな傷や後遺症が残るほどのダメージを与えることすらも躊躇われて。
その上、ハルは……もういつもの彼女ではなくなっている。
勝ち目は薄い。
いや、勝ち目どころか……
(笑うしかないほど、酷い状況だ。
だけど……)
そんな絶望的な状況であっても私が逃げようとも、ハルを諦めようとも思わなかった理由は三つ。
一つは、幼馴染であり親友であり最愛のパートナーである彼女を諦められる訳がないこと。
二つは、私の前世の記憶……ところどころが欠損し曖昧であやふやで、だけど魂の奥底に刻み込まれているらしく、転生した今でも私を縛り付けている「大切な人の死」に対する後悔と恐怖。
そして三つ目……
「約束、したからな。
夜明けを、見せるって!」
私はそう叫ぶと……脳髄を貫くような痛みも、絶望的な敗北の予感も、死への恐怖すらも頭から追い出し。
幼馴染にして親友であり最愛のパートナーに向かい、地を蹴って大きく踏み込んで行ったのだった。
異世界と夜明け(作者:黎明)
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※思いっきり短くしたけど、多分一話は此処で切った方が面白いと自分なりに判断したから。
そこから先の部分が今後どう生きてくるか現状では分からなかったので、上手く触れなかったのもありますけど。