冬休み2
「でね、お父さんの牧場を継いだ石井君がそれを作ったのよ」
「えっ……あのミルクジャム?! けっこうあれ、売れてるよね」
「そうなの! で今、六次産業って言うんだっけ? 夏季限定レストランで提供しているんだけど、そこがすっごく人気出ちゃってね……あ、これ、これ! 見て。ランキングでも結構上の方になってるのよ」
「わぁ、ホントだ……!」
絵里が驚きつつ覗き込んでいるのは、疾風の母、歌苗のスマホだ。向かい合い、キャイキャイと女子高生のようにはしゃぐ二人は、現実にはアラフォー世代。それぞれの親の隣にちょこんと腰掛けている疾風と万里は、子供そっちのけで盛り上がる二人に呆気にとられるばかりだった。
「「……」」
二人はすっかり空になったお皿を目の前に、母親達のおしゃべりの終わりを待っている。
直売所で偶然顔を合わせた万里と疾風。母親達も挨拶を交わし「せっかくだから、お昼でも」と、同じ建物にあるコミュニティカフェに移動することとなった。
少し距離を保った世間話を進めて行くうちに、絵里と香苗が同郷で、しかも同じ高校出身、卒業年度も同じことが判明した。その途端、一気に二人の距離が縮まったようだ。山脈の向こう側にあるその高校は各学年十クラスあって、三年間二人はほとんど顔を合わせて来なかった。けれども思った以上に共通の知合いが多かったらしい。
絵里は高校を卒業した後、父親の仕事の関係で札幌に引っ越した。そして結婚相手の転勤に従い娘の万里と一緒にU町にこの春転居したばかり。一方歌苗は地元の大学に進学し、乗馬部の先輩と結婚して五年前からU町に住みついている。
「……母さん。オレ川に行って来る」
終わりの見えない話に痺れを切らしたらしい疾風が、口を開いた。
「ん? ああ、そうね……」
歌苗は疾風と万里を見て笑顔になった。
「万里ちゃんも見て来たら?」
訳も分からぬまま、立ち上がった疾風の後についてショッピングセンターを出た。
「どこに行くの?」
「川」
それはさっき聞いた。と万里は思う。その後特に説明もないまま、横断歩道を渡り公園の横を抜けて住宅街に分け入っていく疾風の後を、万里は小走りで追った。素っ気ないのはいつも通り。
(やっぱり、何を考えているか分からないなぁ)
と、目の前の小さな背中がちょっと恨めしくなってしまった万里だが、その川に辿り着いた時すっかりクサクサした気分も吹き飛んでしまった。
「白鳥! こんな所に?!」
「見た事なかったのか?」
「少しはあるけど……」
まだ幼い頃の記憶だが、母親の実家に帰った時に白鳥の群れを見た事がある。温泉地に近い河畔で白鳥が集まる場所があって、冬の間だけ遠い北の国から渡って来た彼等は、広い広い河川のほとりで優雅に浮かんでいた。
雑学好きな父によると、橋の傍にある飛来地の辺りは割と上流だが川幅が二百メートルほどあるそうだ。これぞ大自然、と言うような雄大な景色の中に白鳥達が群れをなしている様子は子ども心に印象深かった。
だけど今目にしている川は十メートルほどの川幅しかない、コンクリートで固められた小さな川だ。その狭い場所にマガモに混じって白鳥が二十羽ほどひしめいている。おまけに川の周りに並ぶのは一般的な戸建て住宅だ。どうにも日常感がぬぐい切れない。
記憶にある優雅にも見えた光景とギャップがあり過ぎるような気がしたのだ。
「白鳥って、もっと大きい川にいるものだと思ってた。それに人が多い所にはあんまりいないのだと思ってたし」
「確かに普通はそうだよな。人家から離れた場所にしか飛んで来ないのが普通だけど……ここは風も来ないし、居心地が良いのかもな。餌が貰えるって言うのもあるかもしれないし」
人工的なコンクリートで固められた川の片方が階段状になっていて、鉄柵が途切れていた。そこに近付くと、のんびり漂っていた白鳥達がまるで呼び寄せられたようにスイーッと近寄って来る。
「餌?」
「食パンとか。飯田もやってみるか?」
がさっと無造作にポケットから取り出したパンの耳を、疾風が万里の目の前に突き出した。




