冬休み1
それは冬休み。車で一時間ほどの所にある少し大きな町まで、万里が母親と一緒に買い物に出た時のことだ。
その町に昔からある商店街には、かつて中心的なショッピングセンターだった建物がある。国道沿いの総合スーパーや郊外型のドラッグストアなどに集客を奪われ、現在はコミュニティスペースなどとして利用される以外、建物のスペースの大半が空き店舗となっていた。
その建物の一階に、駅前にあった野菜の直売所が移転したのだと言う。万里の母、絵里は直売所巡りが大好きで、粗方用事を済ませた後そこに立ち寄ることになった。
「あ」
彼女は絵里の後に付いて、商品を眺めながら直売所をブラブラしていた。
しかし、声を上げて立ち止まる。
「万里? どうしたの?」
「えっと」
空きスペースに置かれた休憩用の椅子を、万里は見ていた。視線の先には、つまらなそうな顔でその椅子に背を預け、ブラブラと足を揺らしている短髪の少年がいる。キリッとした眉の小柄な男の子だ。
絵里は、万里の顔を覗き込んだ。
「ひょっとして、お友達?」
「ええと、同じクラスのと……同級生」
『友達』と言って良いのか、万里には分からなかった。
同じクラスの疾風とは、帰り道、時折一緒に並んで跨線橋を渡る間柄だ。
疾風の体は小さくて、万里の方が背が高い。けれども彼の中味は万里よりずっと年上みたいだ。まだ万里と同じ小学五年生なのに、将来の目標をきちんと持っている。万里はそんな疾風を尊敬している。……と言うか好きになってしまい、告白までした。
だけど疾風の方はと言うと、何を考えているのか相変わらず分からない。
一方的な告白に、疾風は妙な表情を浮かべていた。
ゆっくり返事を聞く時間も無くて、彼の気持ちを確かめることは出来なかった。いや、万里は返事が欲しいと思って好意を伝えたわけじゃない。だからそれは、別に問題ない。
だけど告白した手前、疾風が万里のことをどう思っているのか……やっぱりちょっとは、気になってしまう。
嫌われてはいない、と思う。
告白した後、勇気を出して学校の帰り道に駆け寄った。並んで歩き話し掛けたら、普通に応えてくれたから。
でも、告白する前と何ら態度は変わらないから―――たぶん、疾風は万里のことは何とも思っていないのだと思う。
話し掛けて来た相手には、ちゃんと応える。もちろん幼稚な態度で万里の告白をからかったり、ましてや迷惑がってあからさまに無視したりなんてしない。実は中身はクラスの誰より大人の、彼らしくて公平な態度だと思う。
だから、万里と疾風の間柄を示す言葉を選ぶとしたら……単なる『同級生』としか言いようがない。
『友達』かと問われると、そこまで好意を持たれているような気はしない。だって用事か何か以外で、疾風から万里に話し掛けて来ることもないし、近づいて来ることもないのだから。
(でも、次に引っ越すまでに。……せめて『友達』になりたいなぁ)
と、万里は思うのだ。
それで、疾風が騎手になったら、競馬場まで応援に行くのだ。
疾風がテレビに出たら『あの人、私の友達なんだよ! スゴイでしょ!』って、胸を張って自慢したい。
それが今の万里の、密かな目標である。
ただ、どうすればそうなれるのか―――全くもって見当も付かないのだけれど。