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跨線橋の鹿  作者: ねがえり太郎
本編
1/8

万里

以前投稿した『鹿とビニール』の改稿版です。

コンテスト用に設定、あらすじを多少変更しております。

万里(まり)~!久し振りっ』

「……!……詩音(しおん)!わぁ、どうしたの?」


 震えるキッズケータイを耳にあてると、懐かしい声が鼓膜を震わせた。ショッピングセンターの入口に辿り着いた所で万里は母親と手を繋いで歩いていた。母親が訝し気に万里を見て立ち止まる。


『今ウチにみんなが遊びに来ているの!万里どうしているかなって話していてさ』


 嬉しい!嬉しい!


 万里の心の中にパツンっと水風船が弾けたみたいな喜びが広がった。


『あ、ちょっと代わるね』

『万里!元気?』

「あ、うん!元気!」

『今、家?』

「ううん、ママと買い物に来てて……」


 ケータイの向こう側からキャハハと笑い声が聞こえる。胸が湧きたった。


『優香もいるの?』

『いるよ~』

『ま~り~』

「うわあ!元気?」

『元気元気!』


 奪い合うようにスマホを手に取って笑っている様子が目に浮かぶ。思ってもみなかったから余計にワクワクした―――こんな素敵なサプライズならいつだって大歓迎だ!


「万里」


 冷たい風に堪えきれなくなった万里の母親が、眉を顰めて声を掛けた。


 今大事な話をしているのにっ!と万里の胸はわずかにチリっと苛立ったが、万里を気遣った母親は『中に入っているから』と言うジェスチャーを示しただけだった。そうして先にショッピングセンターの玄関に入って行く。たしなめられる覚悟をしていた万里は、ホッと笑顔になって頷いた。そう、一人っ子の万里のママはこういう友達付き合いに関してはウルサく言わないのだ。ひょっとすると最近少し寂しそうにしている万里を気使ってくれたのかもしれない。


 思う存分近況を話し合って笑い合う。新しい先生どう?ふーん、ちょっとコワい?でもオモシロい?こっちの先生はね……。なんて話している内にかなりの時間が経過してしまった。話がちょっとだけ途切れた空白に「じゃあ、また連絡するね」と言われたら頷くしかない。「ばいばーい」と明るく返したものの通話が途切れた時、万里の胸はジワリと痛んだ。




 笑い合う声。




 一月前は自分の声もあの中にあったのに。







** ** **







 万里が今住んでいるのは、北海道の南側の港町。冬は他の地域に比べて比較的温暖で雪が少なく、夏は冷涼な過ごしやすい地域にある。その地域周辺では寒暖差の少ない気候を活かした競走馬の繁殖や育成が主要な産業となっており、地域を刺し貫くように横断する国道を車を走れば内陸側には木柵に囲まれた牧場でノンビリと草を食むサラブレッド達を眺めることができ、もう一方に目を移せば昆布干し場や漁船がひしめく漁港と、真っすぐに続く海岸線が広がっている。天気の良い日には海は濃い青色を(たた)え、悪天候には土混じりの薄茶色、天候が落ち着きを取り戻すに連れて海岸線から青色が迫って来て、瑪瑙(めのう)石を思わせるようなグラデーションが浮かび上がることもある。


 ちょうど引っ越して来た日もそうだった。移動中、車の窓から見るともなしに海を眺めていた万里の目にも、その否応も無く美しく響く景色が飛び込んで来たのだった。


 陸側には薄茶色の広い帯が、次にくすんだ緑の帯、それから灰色、薄い青、それが上に行くに従い徐々に濃くなって行き……海岸線はまるで縁取りのように濃い群青色の線になっていたのだ。


 万里はいわゆる転勤族だ。小五になるこの春、父の転勤が決まって母親と一緒に人口約二百万人のS市から人口一万人強のU町に引っ越して来た。中学に上がるまでの二年間限定の転校生だ。既に持ち家があるから単身赴任も可能だったが、子が小学生のうちは家族で一緒に暮らすと言う父親の方針に従い、万里はここにこうして存在するのだった。

 町内には小学校が三つほどあって万里の通う潮小は一学年一クラスしかない。転勤族の多い地域のせいかクラスメイト達は転校生に慣れていて、皆気さくに話しかけてくれる。


 けれどもここで生まれた子供達は生まれる前から知合いである場合がほとんどで―――万里は時々クラスメイト達との間にフッと見えないビニールの膜があると感じてしまう瞬間があるのだ。膜の存在を感じるたびに万里は以前通っていた小学校の友達との遠慮のないやり取りをジワリと思い起こす。私にだって幼馴染みくらいいるのにな……もっとも元の家に戻れば、だけど。そう胸の中で諦めの悪い誰かがポツリと呟いている。


 そんな時にサプライズプレゼントのようにかかって来た電話。


 けれども熱い温泉に浸かって存分にほてった後―――もったい無くて拭えなかった水滴が徐々に体温を奪っていくように。万里の体の中にあった笑顔を作る力を、その楽しさが吸い取って行くような気がしている。落差がある分、どうしてもダメージを大きく感じてしまうのは仕方の無いことではあるのだろうが、そのように達観出来るほどの経験も強さも、あいにく万里は持ち合わせていなかった。







 ランドセルを背負って帰る帰り道。学校で話す女子はいるけれど―――万里と同じ、海に迫る山肌をグルリと回るように作られた跨線橋の通学路を利用するのは男子ばかり。挨拶くらいはする。けど、おしゃべりをするような相手はいない。

 以前だったら―――同じマンションに住む詩音と、それから近所の優香と毎日たわい無いおしゃべりをしてふざけ合いながら家路を辿ったものだった。寂しいなんて、ほとんど感じた事が無かったのに。


 ピリピリと目元に涙がにじんで来て……足が止まる。


 港町に香る独特の匂い。この町に降り立った時、不思議に思って父親に尋ねたら―――『潮の匂いだよ』って教えてくれた。その時はただ「ふーん?」って思っただけだった。なのに今日は……それが何故か妙に生臭く感じて、嫌になる。匂いが纏わりついて体に染み込むような気がして、息が詰まるのだ。


 ポタリ、と雨のような雫がうつむいた先のコンクリートに落ちる。




 寂しい、寂しい……!




 パパなんか一人でこの町にくれば良かったのに。詩音のパパも美青(みお)ちゃんのパパも単身赴任するんだって聞いた。みんなママと今の学校に残るんだって。受験がある子もいるし、せっかく出来た友達と離れるのは子供が可哀想だから、そうするんだって聞いた。


 ママは『海が近くて山が近くて自然が一杯できっと楽しいよ』って言ってた。『友達もすぐに出来る。子供は馴染むのが早いから』ってパパと話しているのを耳にした。

 だけど『子供同士はすぐに仲良くなれる』なんて、万里は大人の幻想だと思う。それか願望。だってその方が、家族で引っ越しする方針のパパとママに都合が良いから。


 そう、みんな確かに仲良くはしてくれる。万里も仲良くしようと頑張って、薄いビニールの膜が存在し無いかのようにここ一月の間、振る舞っている。


 でも実際はそこにソレはあって。

 消えて無くなったりはしないんだ。


 小学五年生は幼稚園児なんかとワケが違う。楽観的なパパもママも嫌いだ……!万里はポロポロと涙を流して、もう一歩も動けずにいた。




「どっか痛いのか?」




 聞き覚えのあるような声が背中に掛かり、血の気が引いた。

 万里はとっさに、その声の主から顔を隠すように山側の欄干に体ごと向き直る。


 この声は多分、クラスの男子だ。女子は覚えた。でも男子の名前はまだうろ覚えだ。小五になれば男子と女子はきっぱり別れて遊んでいるから、それでもあまり問題無い。そもそも男子の集団はとても騒がしいし、危ないことばかりしているから近寄りたくなかった。

 だけどクラスで平気そうにニコニコしているくせに、帰り道ひっそりメソメソしているなんて情けない所を、クラスメイトに見とがめられたくはなかったのだ。


「……」

「なぁ、どうした?」

「……」

「『飯田万里』だろ?なぁ!」


 フルネームで呼ばれて、ビクリと震える。だけど涙でぐしゃぐしゃな顔は、何とか死守したいと思った。


 沈黙が続いた後、黙りこくる万里の頭の上で大きな溜息が聞こえた。それからペタペタと足音がして―――徐々に遠ざかって行く。




 すると途端に心細くなる。




 さっきまで放って置いて欲しくて堪らなかった。なのに実際放って置かれると、心細くて寂しくて―――悲しくなってしまう。


「うっ……」


 少し引き始めた涙が、打ち寄せる大波のように再び盛り上がって来るのを感じた。今度は自分の意志で泣きだそうとした万里の耳に、バタバタバタっ!と大きな足音が飛び込んで来る。ぐんぐんそれが近づいて来て、アッと言う間にグイッと腕を引かれて呆気にとられた。


「おい、見ろ!」


 大きな声に思わず顔を上げる。その声には怒りも威圧も混じっていない。


「あれ!」

「え……」


 目の前の斜面に生き物がいた。最初は白い毛の塊が飛び込んで来て―――パチパチと瞬きを繰り返すと、それはこの辺りの牧場で良く見られるサラブレッドよりずっと細い四肢を持つ動物の尻尾の毛だと言う事が分かった。


「鹿だ!」

「鹿……うわぁ」


 思わず目を見開く。万里は口をポカンと開けたまま立ち尽くした。


「子供もいるぞ」


 母親の足元に小さく細い存在がカサリと身動きをする。


「本当だ!わぁ……かわいい」


 万里が思わず感動に両手を握りしめた時、気配をいち早く拾った母鹿がこちらをヒタと見つめて動きを止めた。―――その二秒後。


 ピョン!と跳ねた。


「あ、行っちゃう……!」


 樹木の間に保護色になっていた仲間も含めて全部で四匹。ピョン!ピョン!とバネ仕掛けのオモチャみたいに飛び跳ねて山肌を逃げて行く。




 いつの間にか―――涙は乾いていた。


 ジッと突き刺さるような視線を感じて振り向いた。そこに居たのは―――ヒョロリと背の高い万里より、頭一つほど背の低い男の子。シッカリした眉の下から強い光が向けられている。


「やっぱり……『飯田万里』じゃん」

「……うん……」

「返事くらいしろよ」


 プッと口を尖らせる男の子の声には、やはり万里が恐れていたような怒りや嫌悪は滲んでいないようだった。


「やっぱ、どっか痛いのか?」


 ううん、と首を横に降り掛けて―――思い直してコクリと頷いた。


「うん、でも直った」


 痛かったのは胸。でももう、先ほど見掛けた鹿の一群と一緒に遠い山の向こうへ飛んで行ってしまった。


「そっか」


 そう言って男の子はニコリと笑った。眉と鋭い目つきのせいで厳しく見えていた表情が一気に緩むのを()の当たりにして、万里の胸はじんわりと温かくなる。

 自然に口元が綻んだ。万里は後ろ手に腕を組み、男の子を覗き込むようにして持ち掛けてみた。


「ねえ、一緒に帰ってもいい?」

「あ?うん、別にいーけど……」


 照れたようにプイっと横を向く男の子を見て、万里はようやく思い当たったのだ。その子が自分を押して、具合の悪そうな万里(てんこうせい)に声を掛けてくれたと言う事に。


 小学五年生の万里が、集団になると妙に騒がしくて手に負えなくなってしまう男子を敬遠せずにはいられなかったように。この男の子も転校生の女子を近寄りがたく思い、遠巻きにしていたのかもしれない。ところがその女子が道端で一人立ち止まり、うつむく様子を目にしてどうにも気になって声を掛けずにはいられなかったのではないか。


 斜面に現れた鹿は、偶然の采配。


 けれどもそのタイミングの良さは―――二人の間にしっかり存在していた筈の透明なビニールを取り払ってしまったらしい。

 ポツリポツリと言葉を交わして帰る帰り道。毎年春になると、新芽を求めて鹿が住宅地に程近い山の斜面や野原に姿を見せるのだと、この土地で生まれた男の子は教えてくれたのだった。




 並んで、群青色に輝く海を右に見ながら跨線橋を歩く二人の頬を、潮風が気持ちよく撫でて消えて行く。




 男の子と別れ家に着く頃には、万里の体に纏わり付いたザラザラとしたものは塩っ辛い風にすっかり吹き飛ばされてしまっていた。

 何だかちょっと楽しくなって来た。万里は社宅のドアを開け「ママただいま!」と大きな声で言ってから靴を脱ぎ捨てたのだった。







** ** **







 夏と言っても海沿いの街では長袖でも暑すぎると言う事はない。雑学好きな父親は万里に海風について教えてくれた。気温が上がると海で発生した霧が上昇気流に乗って陸上の空気を冷やす。そのため夏場も比較的冷涼な気候が維持されるのだと言う。ちなみにU町の地名は『霧の川』と言う意味のアイヌ語から来ているという説があるらしい。万里はなるほど、と思った。確かに「今日は暖かくなりそうだ」と思った日ほど雲の中を歩いている気がするほどの霧になる。


 せっかく持って来たノースリーブもワンピースも発揮できる場所が無い。それは気候のせいばかりでは無かった。万里は大抵ジャージか動き易いパンツ姿で学校に通う。放課後は学校の校庭、スポーツセンター、ふれあい会館と遊ぶのに忙しいからだ。


 春の始めにコッソリ胸の内でいじけていたのはマボロシかと思うほどに、いま万里の毎日は充実している。もちろん前の学校でも友達と遊んではいた。けれどもお互いピアノやスポーツ、ダンスなどの習い事や塾通いで予定が合わない場合が多かったし、宿題の他に家庭学習も義務付けられていた。その頃はそれが当たり前だと思っていたのだけれども……一旦学校に馴染んでしまえば遊ぶのに忙しくて、時折宿題を忘れてしまう事さえある。


 ある日父親からお灸を据えられた。

 馴染むまでは……と万里の行動を放任していたらしいが、遊びほうける娘を嘆く母親の訴えを受けて、手綱を引き締めるべきだと思い直したようだ。


「最近、学校の宿題を忘れているそうだな」


 ダイニングテーブルで向かい合って腕組みをしている父親から目を逸らし、万里は母親に恨みがましい目を向けた。すると彼は溜息交じりにその態度を非難した。


「戻った時に勉強に追いつけなくて泣くのはお前だぞ?自分で勉強できないなら、塾に行きなさい」

「えー!」


 万里が抗議の声を上げると、ギロリと父親は視線に威圧を込めた。


「権利を行使できるのは義務を果たした者だけだ、分かるな?」


 そう言ってピシャリと彼は話を終えてしまった。







 帰り道に愚痴を零すと、疾風(はやて)は同意しかねると言うように首を捻った。


「お前のオヤジ、別に間違った事は言ってないだろ?学生の本分は『べんきょー』なんだし」

「大野だって別に塾なんて行ってないでしょ?」


 疾風があまり勉強熱心では無いとことを、彼女は知っていた。


「俺は『キシュ』になるから」


 聞きなれない言葉に、今度は万里が首を傾げた。


「『キシュ』?」

「馬に乗ってレースに出る、競馬の騎手」

「えーと……M町にある競馬場でって事?」


 以前ドライブのついでに競馬場を外から見た事がある。父親が平日に馬がレースをするのだと万里に説明してくれたのだ。もちろん万里に競馬の経験はない。


「それは地方競馬。俺が目指しているのはJRA―――中央競馬の騎手。ほら、S市にあるだろ?街の中心部におっきな競馬場、ああいうトコで走りたいんだ」


 違いが分からない万里は曖昧に頷いた。よく分からないが疾風がなりたい物は何となく想像がついたような気がしたので、一旦心の中で疑問を棚上げする。するとそんな万里の戸惑いなどお構いなし、とでも言うかのように疾風は妙に熱っぽい口調で話しだした。


「試験を受けて中学を卒業したら、騎手学校に入学するんだ。一杯練習しないと……倍率は十五倍だからな。百三十人受験しても十人も受からないんだぜ?スポーツ特別入試制度ってのもあるけど一般入試になると思うし。でもその前にジョッキーキッズの予選に勝って北海道代表にならないとな。八月にあるからさ。そう言えばお前、S市に家があるんだろ?休みにあっちに帰るつもりなら見に来いよ」

「え……え?学校?ジョッキー……ナニソレ?」


 いつもは聞き役になる事が多い疾風が急に流れるように話し出したから、情報過多で万里は混乱してしまう。一つ一つ紐解くように確認し直してようやく、疾風の言わんとする所を半分くらい理解できるようになった。


 要するに。疾風は町のポニー乗馬少年団に小一から所属していて。競馬の騎手ではない子供でも本物の競馬場でレースができるポニーの全国大会があって、彼はそれに出場したいらしい。八月にS市で行われる予選を通過すれば、十月に東京の競馬場で開催される決勝大会に出場できる。そしてその大会には競馬の騎手になりたい子供達が多く出場するそうだ。それから中学校を卒業する前に試験を受けて合格すれば―――倍率が高くすぐに受かるとは限らないが―――競馬の騎手になるための学校に入れると言うのだ。







 子供部屋でアザラシのぬいぐるみを抱えた万里は、溜息を吐いた。


 自分がひどく我儘な娘に思えてならない。


 『勉強していない仲間』に見えた疾風は、学校の勉強にはそれほど熱心では無いがポニー少年団に入って小さい頃からずっと馬に乗る練習をしているのだと言う。放課後は女子とばかりつるんでいるので彼がそんな所に通っているなんて、万里はまるで知らなかったのだ。てっきり自分と同様に男子と遊びまわって毎日を楽しんでいるものと決めつけていた。そう、つまり疾風はもう既に将来自分が働く職業に向かって努力を重ねていると言う事で―――


 疾風の話を聞くにつれ押し黙ってしまった万里が「将来何になりたいか分からない」と呟くと、気使うように疾風はこう言ったのだ。


「別に今からやりたいコトが決まっているヤツばかりじゃない。決まっていないから勉強するんじゃないのか?オヤジさんが言っているのは、つまりそう言う事なんだろ」


 なんてもっともな事を言われてしまい……彼女はますます落ち込んでしまったのだ。




「悔しいなぁ……!」




 疾風はいつも慌てたり騒いだりしない。

 落ち込んだ所も見たことが無い。

 クラスでも一目置かれていて―――どんな大きな男の子だって、小柄な疾風の淡々とした言葉には耳を傾けるのだ。


 一方で万里は―――男子にからかわれれば真っ赤になって腹を立て、女子のいざこざがあればハラハラと空回りする。楽しい事も多いけれど、人と関われば悩みも増える。独りぼっちが苦手な万里はいちいち些細な事に動揺して堪えきれずに帰り道、疾風にあれこれ打ち明ける。真っ赤になったり蒼くなったりしながら話す万里の話を、疾風はじっくり聞いてポツリと言葉少なに返してくれる。その返答は、いつも何かしら万里の痛い所をついていてグサリと胸に刺さる事もしばしばだ。……もちろん穏やかに受け止めてくれる疾風の態度に慰められることの方が多いのだけれど。


 だけどどれもこれも―――疾風が大人で万里が子供だって言う証明に見えてしまう。万里は気持ちの置き所が定まらなくなってしまった。


「よし、決めた!」


 万里はバンっと立ち上がり子供部屋を出た。


「ママ!お願いがあるの……!」


 急に習い事をしたいと言い出した娘に、万里の母親は目を丸くしながらも頷いてくれたのだった。







「お前……」


 万里は満面の笑みで引き綱を持って近づいて来る疾風に手を振った。


「見学か?」

「そう!少年団に入団しようと思って」

「……何で?」

「せっかく周りにお馬さんが一杯いる環境なのに、乗らなきゃ損かな~って思って」

「……」


 疾風が微かに眉を顰めたので、万里はヒヤリとした。疾風は真剣に将来を考えて乗馬をやっている。冷やかしのような態度に腹を立てたのだろうか、と。

 ドギマギしながら掌を握り合わせてモジモジしていると、疾風は大きく溜息を吐いてから顔を上げた。


「そこ、開けて」


 柵を開けるように言われたと気が付いて、万里は慌てて入口を塞ぐ柵に飛びついた。


「今あけるねっ……う~~ん……」


 重くて無理だった。気が付いた教室のインストラクターの女性が、駆け寄って開けてくれる。万里は下がってそれを眺めていた。


「はい、いいよ」

「すいません」


 疾風はその女性に丁寧にお礼を言って、万里をチラリと一瞥してから何も言わずに手綱を引いて通り過ぎて行ったのだった。

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