プロローグ
「早くっ、もっと早くっ、急ぎなさい!そうでなければこの子は!」
馬車がとてつもないスピードで森を走っている。ガタッガタッと大きな石や幹など避ける暇もなく馬車は走る。
僕はばあやに必死にしがみつきながらふと窓の外を見る。まるでこの時を祝福するかのようにたくさんの星がキラキラと輝いていた。
早く捕まえろ。と騎士たちの声がした。
馬車の車輪が聞いたことのない音を立てる。ズガガガッガコッ、馬車が飛び上がるのと同時に僕の体も跳ねる。心臓はバクバクしていて呼吸も荒い。
ばあやが僕をきつく抱きしめた。
「大丈夫、あなたのことは絶対に殺させないわ。あなたのお母様に誓って、絶対に」
それからどのくらいが経ったのだろうか。馬車は森を抜け平坦な道を走っていた。
ばあやは僕の金髪の頭をなでながら微笑んで言った。
「いいかい、よくお聞き。あなたはこれから一人で生きていくのです。それはとても辛く厳しい環境となるでしょう。でも絶望だけはしてはいけません。必死に生きていけば、必ず貴方にとって素晴らしいことに出会えるでしょう。生きることを諦めてはいけません。これは貴方のお母様もそう望んでおられます」
僕はこくりと頷いた。するとばあやは僕の両手をつかみ、今まで見たこともない悲しそうな形相で僕の目を見ていった。
「もう少し行くとこの国を出ることができます。しかし私達はそこから外にはいけません。ですから、御者の合図が出たらすぐにこの馬車を降り走ってこの国から出て遠くの国へ逃げなさい。これは私達からの餞別です。そして貴方はこの名前を捨てて別の名を名乗って生きなさい。そうしないと貴方は殺されてしまいます。いいですね?」とばあやは餞別の品が入った袋を僕に渡した。
星たちが役目を終えオレンジ色が馬車を埋め尽くすころ、御者が着いたぞと合図を送った。僕はばあやの言う通り馬車を降り振り返った。
「生きて、何が何でも生きるのです。貴方に神の御加護がありますように」ばあやはハンカチで涙をぬぐい僕は小さく頷き遠くへ走った。
後ろから馬車がもときた道へ戻っていく音が聞こえた。目頭は熱くなり視界がぼやけた。走る途中石があったことに気づかず転んでしまい立とうとして手をついたとき、目からポタリポタリと雫が流れていた。