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可能性の場所

作者: かげろうさん
掲載日:2017/10/11


 少年はその光景を一言で表すことは不可能だと思った。

 それでも何か知識の中にある言葉で最も近いイメージに当てはまるもの。

「コクピット……?」

 自然と口を衝いてしまったが、改めて考え直しても大きく間違ってはいないと実感する。

 眼前に広がっているのは多くのモニター――――青く光るパソコンのディスプレイのような画面だ。数は百、あるいは二百か。それが球形に配置され、この薄暗い部屋の壁を形成している。空間の広さは小学校の教室ほど。床の色は判りづらいが白に近い薄緑色で巨大な植物の葉のような手触りでわずかに湿っているのがわかる。

 そして残念なことに見渡してみても他に特徴的なものはまるで発見できなかった。光源となっているのは周囲を囲むモニターのみであり、出入り口のようなものすら見当たらない。

「上手くいったようだね」

 突然聞こえた女性の声に反応して足元を見ると床が小刻みに動いていた。

「ここだよ」

 動揺を読み取られたのかその声が笑った。よく見れば床だと思っていたものは床と同系色の毛布であり、声の主は毛布に巻かれて顔だけ――――女性のイスラム教徒のように本当に顔だけを出している。

「誰」

「お、直球だね。まっすぐくるね。いいよいいよ」

 彼女はまた楽しそうに声を躍らせてから、口調とは裏腹にものぐさそうに体を起こした。あどけなさを残した深蒼の瞳はモニターの光を写していっぱいに輝いている。

「拙者はね」

「拙者」

「神みたいなもんかな」

「神」

 さてと、と少年は息をつく。どうやら質問を間違えたようだ。考えてみれば仮に目の前の自称神からまともな答えが得られたとしてそれは何の解決にも結び付かない。表情は無邪気な笑みから変わらないものの不思議とふざけているとは思えない彼女の様子を見て、彼は混乱気味に投げかけた。

「目、悪くならない? ……じゃなくって」

「?」

「これ、生きてるの?」

 というのも、彼は自分がなぜこの場所にいるのかを知らなかった。そのままの意味で寝て起きたらこの謎空間に居たのである。服装も寝間着にしていたジャージ姿のままだ。

「ああ、身体は大丈夫だよ。けんこーたい」

「身体は……」

 まるで身体以外の何かが大丈夫ではないかのような物言いに彼はたじろぎ、握ったり開いたりしながら両手に視線を落とす。彼女の言葉の意味するところはわからないが、おそらく今自分が見ている身体のことではないような気がした。

「じゃあここはどこ?」

 天国か、地獄か。それとも夢の中なのか。

「アカシックレコード。知ってる?」

 返答はそのいずれでもなかった。軽く眩暈を覚えたのか、彼女の姿が一瞬ぼやけて見えた。少年が聞き覚えのあるようなないような単語の扱いに困っていると、ノーと判断したのか暫定神は「仕方ないな」と前置いて語りだした。

「この世の始まりから終わりまでの出来事がここには全部あるんだぜ」

 当然、何を言っているんだと思ったしなぜ急に男口調になったのかもわからない。しかし悲しいかな、人間というものは一度に複数の突っ込みどころを与えられると思考が止まるようにできているようだ。そして神(仮)はこちらが何も言わなければ理解していると思い込むようで、なぜか満足げにこう続けた。

「ボクはここの管理者さ。言えばね、簡単に」

 少年はいろいろと思うところがあった。中でもいちばん強い気持ちを言葉にするならばそれは「やめろ」だった。元々言っていることが意味不明な上に、かろうじて理解できる部分に意味不明な倒置法が使われているのは嫌がらせとしか思えなかった。ついでに一人称も変わっている。

「ちょっと待って。何の話? 運命論?」

 それらを押し殺し、少年は絞り出すように返した。

「運命論というか、真実だね。いろいろある考え方を否定はしないけどそうなってるんだからそこは飲み込んでほしい。貴様には理解できないかな」

 飲み込めと言われても既にお腹はいっぱいで、なにゆえ貴様呼ばわりされているのかもわからない。しかしそんなことに構っていたら果てしなく時間を浪費することになりそうなので、いっそ聞かなかったことにして心の平穏を保つことにした。

「管理っていうのは? その記録通りに『全ての出来事』が起こるように乱数をいじったりでもしてるの?」

「ううん、違うよ。私は管理者であって番人じゃあない。私が何もしなければ世界は決められた運命を進む。そうでなきゃおかしいでしょ」

「いやもう最初っから全部おかしいんだけど」

「なぜ? って顔をしてるね」

 していなかった。

「お前はボクが歯車にでも見えるかい?」

「いいや。すごく変な人にしか見えない」

「そう、見ての通り私は『人』なんだ」

 この神なのか人なのかはっきりしない女性は都合の悪い言葉を全てカットするフィルターでも持っているのだろうか。今この瞬間においては是非とも貸してほしいものである。おそらく何も聞こえなくなるだろうことは想像に難くない。

「私には私の意思がある。ここにいる私の気まぐれで運命を変えることができる。あんたが設計者だったら最初っからそんな不確定要素ありきの装置は作らないでしょ」

「じゃあ、どうしてきみはここに? 気まぐれで運命を変えるため?」

「そうだよ。我はイレギュラー。ここにアクセスする方法を見つけた唯一の存在。ここで世界の出来事を少しずつ改変して暮らしているのさ」

 一人称の安定しない彼女がまた新たなレパートリーを取り出したところでようやく正体をそれとなく示しだした。

 この空間にあるモニターには未来に起こることが記されており、彼女はそれを改変することができる。そういった意味で『神』と名乗ったのだろう。

「何のために? きみにとって都合のいい未来を手に入れるため?」

「いやいや、そこまで細かい調整はできないんだよね。私は力がほしいだけなの」

「世界征服でもするの?」

「そういったのとはまた違うかな。エネルギーって言った方がいいか」

 エネルギーが欲しい。改めて聞いてみても意味の分からない話だが、やはり冗談ではないのだろう。それ以前に自分が軽い気持ちで聞いてもいい話なのだろうかという疑問が浮かんだが、彼の好奇心はそれを踏みつぶしてしまった。

「どういうこと?」 

「まだ時間はありそうだから説明してあげるよ。たとえば……氷がいいかな。氷を素手で持ってると、どう?」

「手は冷たいと思うよ。氷は融ける」

「そう、融けるね。じゃあどうして?」

 ここの『どうして?』はきっと直前のエネルギーの話と絡めて答えを出せということなのだろう。少年は小さく唸り、考えを巡らせながら話す。

「えーと……氷が手の熱で温められるからだよ。人間の体温は四〇度弱、氷の融点は零度だから氷は融けるでしょ」

「いいね。もう一声っ」

 何を値切られているのかは相変わらず全くわからないが、根本的なことを話せと言っているのだろうか。ともかく彼女のリクエストに答えてやらないことには話が進まない。

「氷が手から熱エネルギーを奪って」

「そう! エネルギーの移動が起こってるんだよ。逆に水が氷になる時は周りに熱エネルギーを放出しているんだ。そうしないと辻褄が合わないからね。それと同じ」

 少年はたまらずため息を吐いた。なぜこんなに疲れるのか。それは彼女が十のことを伝えようとしているとき、実際には二しか話していないにも関わらず相手が百を理解したように話すからだろう。全てにおいて説明が足りていないので真面目に理解しようとすると気がおかしくなりそうだ。予備知識ゼロの小学生に参考書を叩きつけてフーリエ級数展開を習得しろと言っているようなものである。

「つまり、運命にもエネルギーがあるってこと?」

「お、賢いね。その通り」

 精神的に疲れてきたので完全な当てずっぽうで言ってみたが、意外といい線だったようで管理人さんは嬉しそうだ。少年はこの時初めて彼女に対し少しだけ申し訳ないと思った。

「たとえばアカシックレコードには、キミが事故で死ぬという既定の未来が書かれているとしよう」

「例え話で第一者を殺さないでもらえるかな?」

「その未来を改変したとき、そちらではキミは死ななくなった。既定の未来を甲、改変した未来を乙とします」

「約款か何か?」

「この時、甲と乙では違うことが起こるよね。内包しているエネルギーが違うってこと。甲では君が死ぬのに使われるはずだった運命エネルギーが乙ではまるまる残っているんだ」

 そう、と短く発して彼女は立ち上がる。同時に全てのモニターが白く色を変え、見たこともない記号のような文字が全ての画面を走り埋め尽くす。

「ボクはここで事象を改変することでその差額にあたるエネルギーを回収しているんだ」

「ぼくが呼ばれた理由は?」

「キミを呼んだのは、もうボクにはここが必要なくなったからね。誰でもよかったわけじゃないんだけど」

「? もう十分集まったってこと?」

「まあ、ね。それでキミたちの未来だからキミたちに返そうと思ったんだ。いわばその引き継ぎ作業さ。今すぐじゃないけど、そのうちまたここに来てくれると嬉しい」

「……よくわからないけど、そうなるように書き換えてあるんじゃないの?」

 質問はそのまま流された。神を放棄しようとしている女性は代わりに小さく微笑む。今までの無邪気な笑みとは異なり、まるで全ての命を愛する聖母のような暖かいものだった。

「それとひとつ。キミの扱う言葉に無理矢理変換して意思疎通をしていたから変なところがあったらごめんね」

 これで最後、という雰囲気の言葉。しかし何が始まるわけでもなく、無為に時間だけが流れていた。脳のキャパシティが限界に近いのか、はたまたこの空間が持つ異様な雰囲気のせいなのか、彼女の輪郭が再びぼやけていく。

 そして意識を手放しそうになる中少年は言葉の意味を問うべきだと思ったのだが、気が付けば違う質問を投げかけていた。

「どうしたの?」

「……未来を知っても変えられないことがある。未来を変えても守れないものもある。未来を変えて守ったもののせいで失うものもある。それを知った時、ここにいる人は何をすべきなんだろう」

 まるで少女のように――――こう言うのもおかしいのだが――――彼女は力なく問うた。

「……何か後悔しているならいっそ過去を改変してみたら?」

「それはできないよ。バタフライ効果って知ってるかな」

「小さい現象がいろいろなものに影響を与えて最終的には大きな変化になる、っていうの?」

「そう。余波が何を書き換えるかわかったものじゃない。ボクが生まれたのも、キミが生まれたのも。ボクがここにいるのも、キミがここにいるのも。無数の偶然が重なった奇跡みたいなものだからね」

「いや、ぼくがここにいるのはそういう風にきみが書き換えたからだと思うんだけど」

 彼女は答えない。もしかしたら答えたのかもしれない。確認する術はなく、閉じた空間が開いていくのを感じていた。

「何でもできるように見えて、どうにもならないことって結構あるんだよね。つい自分が飲まれるのを恐れた。ボクには少し重かったみたい」

 世界が丸ごと水の中に沈んだかのように音が低くくぐもる。何を言ったら届くだろうか。

「さっきの答えだけど、ぼくは……きみが何を選んでも正解だと思うよ」

 彼女はただ一言「そっか」と返し、背を向ける。

「それじゃ、キミは楽しい人生を送ってね」

 静かに薄れていく意識の中で二、三、言葉を交わした。

 言葉は彼の知らない言語だったが問題はなかった。


「さよなら」

「いいや、またね」

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[気になる点] 続きをくれ
[良い点] 意味深な終わり方が良かったです。 不思議な感じのする作品で好みでした。
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