・4・ いただきます
目が覚めた。どうやらまた気を失っていたらしい。
「ここは……」
「宿屋よ」
そう言葉を返したのはネルロスだった。
ベッドから体を重々しく起こす。自分の体の怠さに驚きながら体を見る。手先の感覚も痺れて感じない。
戸惑うミライを見て、ネルロスは苦笑いを浮かべながら口を開いた。
「まだ運ばれてすぐよ。倒れたのは、魔力切れね。とりあえず回復魔法と魔力回復の薬を投与したから、時期に動けるわよ」
その言葉を聞いて、思わず苦笑い。
無我夢中でそんな事全く気にしていなかった。あの魔法の衝撃、思い出すだけで震える。でも一撃で魔力切れか……。
あの戦闘の記憶の中、ふとミチと男の存在を思い出す。
「ところでミチと男の人は?」
「ミチは2階の別室ね。ユミルは1階の別の部屋で休んでいるわ。2人とも大丈夫よ」
「そうですか」
ミライはホッと胸をなでおろす。
後で恐らく運んだであろうミチにお礼言っておかないと。
「ところで一体どんな魔法を?」
突然ネルロスが聞いて来た。
「えーっと、小さい火の玉で爆発して……」
「どう考えて生み出したの?」
食い気味にネルロスは聞く。
「周りの熱をこう……」
僕が話し始めようとしたその時だった。宿屋の呼び出しベルがチーンと2、3回鳴る。そして老人の掠れた声が聞こえてきた。
「おーいネルロスさーん。おるかや」
その言葉にネルロスは不満げな顔で椅子から立ち上がり、少し笑みを浮かべて見せ僕の部屋を扉から出て行った。しかし、すぐに僕の部屋の扉がまた開く。
「ミライ。あなたにお客さんよ。町長のケードさん」
そう言ってネルロスは後ろの老人を紹介する。背も低く大分老いぼれていて、眼鏡と短い白髪が印象的だ。老いぼれているがやはり町長、威厳に満ちた顔つきである。
腰の曲げ杖を突いたケードは、僕を一目見て優しく微笑み頭を軽く下げた。僕も軽く頭を下げる。
「少し話があるんじゃが……その身体じゃ無理じゃな。明日、私の家に来なさい」
町長が自ら話って……まさか広場に大穴を開けたあれか?
「ごめんなさい!広場に大穴開けたりして」
謝罪すると老人は目を丸くし、そして大きく笑う。
「ふぉふぉふぉ。君達があ奴らをあそこで食い止めなんだら、市場や住民にも被害が及んでいたかもしれんのじゃぞ。それを考えれば穴の1つや2つ……」
「それじゃ話って」
「強さを見込んでの頼み事じゃよ。とりあえず明日の昼頃でも家に顔を出しなさい。場所はネルロスが知っておる」
ケードの視線にネルロスは苦笑い。
「そんじゃ、お大事に」
「ありがとうございます」
ケードは軽く会釈をして、ゆっくりと部屋から姿を消した。その後をネルロスもついていく。ネルロスは部屋を出る際に振り返った。
「私、町長を送って買い物して来るから。食事は食堂で適当にあるもの食べて」
「分かりました」
ネルロスの笑顔を最後に僕の部屋の扉はゆっくりと閉じられるのだった。
食堂と分かりやすく掛け看板が、宿屋玄関のすぐ左手の廊下にあった。
中はそれほど広くはなく、部屋はダイニングキッチンで部屋の奥にキッチンがあり、その前の広いスペースの真ん中に大きなテーブルと10人分の席、両サイドには1,2人用の小さな机と椅子のセットが2つずつ並べられていた。床や壁はレンガ造りで机、椅子は焦げ茶に塗装された木と落ち着いた雰囲気だ。
僕は誰もいない食堂を歩いて行き、キッチンへと入る。
壁に掛けられたフライパンなどの調理道具。奥には業務用の大きな冷蔵庫。
その冷蔵庫を開け、中身を確認する。
「うーん。思ったより入っていない」
中には少しの何か脂身の少ない肉ブロックと卵ぐらいしかめぼしいものはなかった。
冷蔵庫を覗いていると、背後からこちらに近づいて来る足音。振り返ると、食堂に見覚えのある男が入ってきた。右手を振り、僕に話しかけてくる。
「よお!救世主」
「……ユミルさん怪我大丈夫なんですか?」
僕はまじまじとユミルを見つめるが、外見を見る限る問題はなさそうだった。
「ユミルでいいよ。固っ苦しいのは無しだ。えーっと名前は」
「ミライです」
「そうかミライか。よろしく」
ユミルは真ん中のテーブルの一番キッチンに近いところに座る。そして台所をのぞき込みながら口を開く。
「献立の予定は?」
「オムライス」
僕は卵や肉を冷蔵庫から取り出して並べる。玉ねぎはあるし、ご飯も冷凍してあるし、たぶん作れる。
着々と準備を進めていると、ユミルはにやにやしながら僕を見つめている。
「2人前作って。俺も食う」
「え」
「いいえ、3人前よ!」
食堂の入り口からミチの声が響いた。
「えー」
嫌な顔しながらも3人分食材を準備する。
ミチはユミルの対面の席に座るようだ。
「あ、ミチ、また運んでくれたのありがとね」
「礼ならオムライスでいいわ。卵甘めね!」
ミチはご機嫌に返答をする。その言葉にユミルは不満げに意見を言う。
「えー俺は甘くない方が……」
「救われたほうは黙って!」
「へいへい」
ユミルは不満げにテーブルにうつ伏せになる。
自分の好きな味にするんだけどね。そう心で笑いながらコンロに火を付けようとするが付かない。ガス切れだろうか。……ちょっと魔法を試してみようか。コンロに集中するが、意識は部屋全体で。熱を……広く集める。
そう僕が覚えたての魔法を使うと、いい感じに火を付けることが出来た。
なるほど。こうすると魔力を抑えて使えるんだな。
僕はオムライスの焼の作業をこなす中、テーブルではうつ伏せのユミルは目線をミチに向ける。
「ミチさん?」
「ミチでいいわよ」
「ユミルだ。よろしく」
ミチは手を差し出し、ユミルは手を握り握手をする。と思ったら、突然腕相撲が始まる。
「不意打ちとはずるいわね!」
「俺が勝ったら甘くない卵な!」
2人の力は拮抗している。2人表情は変わるが、それに反して握った手はビクと動かない。
そんな2人を笑いながら僕は出来上がったオムライスをテーブルの方へと持っていく。
「おっはやいな。イテッ!」
勝敗を分けたのはミチの不意打ちのようだ。
勝利にご機嫌なミチは、その勢いでオムライスにスプーンを付けようとする。
「まて!」
僕はミチを言葉で止め、ユミルの横の席に着いた。
僕は両手を広げ、音を立てて合わせる。
「いただきます」
「なにそれ?」
ミチは不思議そうに僕の言動を見て聞いてきた。
そうか。僕にとっては当たり前でも、知らないって事もあるんだな。
僕はミチに手を拳にして見せる。
「作ってくれた人へ」
人差し指を立てる。
「使った食材に、食べられる自分に、食べられる環境に」
中指、薬指、小指と声と共に開いていく。
「そして、今日という出会いに」
親指を上げて右手を広げ終え、左手も広げて両手を合わせて見せる。
「この5つを合わせて感謝する行為。これが、いただきます」
「いいわね!」
ミチの楽しそうな笑顔に僕も笑ってしまう。
ミチも真似るように1本ずつ指を広げ、手を合わせる。ユミルはすでに知っていたようで手を合わせていた。僕は2人に目配せをし、声を出す。
「いただきます」
「いただきます!」
3人は一斉にオムライスにスプーンを付け口に運ぶ。
「うまい!」
ミチとユミルの声が再び揃った。
しっかり味を変えて作ってあげただけあって、素直に喜ばれるとうれしいものだな。
照れながらオムライスを頬張っていると、玄関が開く音が聞こえ、こちらに歩いて来る足音が聞こえる。
「あんまり食べ物置いてなかったと思ったけど、大丈夫そうね」
食堂に顔を出したネルロスが笑って言った。両手には買い物した後か、大量の食材の入った袋を持っている。
ネルロスは足早に食材を運んで入れたかと思うと、モニターを操作して食材等を再び出しては片付けてを繰り返す。
その行動を見て僕はふと思った。
「このモニターのアイテムって所持数に限界あるの?」
「レベルに依存してるわよ。私は13だから13個持てるわ。最大値は分からないわ」
そうミチが食べながら答えてくれた。
「あなた達の最大値は50個ね。レベル50以降はずっと50個よ」
ネルロスも片付けながら追加情報を教えてくれる。
「ほー」
「ちなみに私の様な町人は20個よ」
「なるほどー」
僕は感心しながらモニターを開く。
「あれ?レベル上がってないな」
モニターの表示はLV1のままだ。でもパーティのミチはLv13とレベルが上がっている。しかも2レベルもだ。どうしてなんだろう。
「私は上がるの早いからね。個人差があるわよ」
僕の疑問を簡単に説いたミチは、美味しそうにオムライスを頬張る。釣られるように僕も頬張る。
「そういえばミライくん。魔法の話の続き教えて」
ネルロスは片付けを終わらせたようで、ミチの隣に座る。その言葉にミチもユミルも興味ありげに僕を見る。
「ええっと、それじゃ……」
僕はボスマンティスとの戦闘を思い出しながら話し始めたのだった。
戦闘時に僕は目の前に炎を出した。小さく遅く、そして凄まじい爆発を起こしたやつだ。あの時僕は、自分の見えている空間の熱を一点に集めて炎を生み出した。だからあの時の炎は火というより圧縮された熱の塊なのかもしれない。爆発は圧から解放された時に起きたのだと思う。
「なるほどねぇ」
ネルロスは僕の話に考え耽る。
「でもこの魔法にはまだ続きがあるんだけど……」
そう言って右人差し指を立てる。そこに小さな火の玉が生まれる。
その光景にミチとユミルは席から飛び上がり、ミライから距離を置く。
「突然脅かすなよミライ」
「そうよ!何考えてるの」
ミチとユミルのあまりの驚き様に、何だか申し訳ない気持ちになる。
「ごめん。脅かすつもりはなかったんだ」
僕は火の玉を広げた左手で握りつぶした。握った拳をゆっくりと開くが、そこには何も残っていない。
「爆発しない……どういう事?」
そうミチは不思議そうに席に戻って来る。ユミルも席に着いた。
「戦った時は、目の前の空間……見えている目の前の範囲で熱を集めたんだ。でも今回は、食堂中の空間を使った」
「でも何で爆発しなかったんだ?」
ユミルは立ちながら腕を組み考えている。
「前回と違うのは範囲と温度。前回は何にも考えないでただ熱を集めたけど、今回は集中は一点だけど、熱の貰い先はここ食堂全体と広く使ったんだ。後、温度はそこの温度計で1℃下がるまで集中した」
僕はキッチンにかかる温度計を見つめる。
ネルロスは関心そうにミライを見つめ微笑む。
「でもよくも短時間でそこまで思いついたわね」
「いやーオムライス作るときに火が着かなくて、魔法で出来ないかなーって」
「さっき魔力切れで運ばれてきたくせに暢気なものね」
そうネルロスは皮肉っぽく笑う。
「最悪、ユミルもミチもいるから大丈夫かなってね」
僕も笑って見せるがミチとユミルは冗談じゃないと苦笑い。
そんな中ネルロスは人差し指を立てて、手を払ったり力を籠めたりと色々している。
「言われたことは分かったけど、私には出来そうもないわね。えぃ、えぃっ」
ネルロスの行動を見て、ミチもユミルも真似する。しかし何かが起きるような気配はない。
というか、この世界で魔法って誰でも使えるんだ。
僕は右手を広げて、掌の上に少し大きめの炎の玉を出す。それを見て他3人は驚き、動作をやめる。
「やめてよ!」
「ごめんごめん。2℃にするだけでこんなに変わる。魔力も相当使う」
そう言いながら、今度は触れることなく炎の玉を消して見せた。
熱を集めるの応用で熱を逃がしてみたのだが、流石に疲労感を覚える。
「……そういえば僕が倒れた時に回復してくれてるのってネルロスさんですよね」
「そうよ。回復魔法でね」
ネルロスが微笑む。
「回復魔法教えてください!」
「あっ私も!」
僕の言葉にミチも便乗する。ネルロスは少し考え口を開いた。
「いいわよ。食器片付け終わったらね」
その言葉にテーブルの食器を見ると、僕以外はみんな食べ終わっていた。僕は少し慌ててオムライスを平らげた。
「手伝いますよ」
「いいわよお皿3枚くらい。しばらくしたら玄関のカウンター裏の事務室に来ればいいわ。私の部屋だから」
「分かりました」
返事をして僕は手を合わせて見せ、ごちそうさまをミチとユミルに促す。
「私が号令する!」
「どうぞ」
僕が微笑んで手を広げて見せると、ミチは楽し気に両手を合わせ息を吸い込んだ。
「いただきました!」
「そうきたか!」
ミチの元気な声に僕は不意を突かれて笑ってしまう。ユミルも笑っている。そんな僕らを見てミチは訳も分からず頬を膨らます。
「なによ!」
「こういう時はごちそうさまでしたって言うんだよ」
ユミルは鼻で笑い教えてあげる。僕も続けて口を開く。
「まあ別に、いただきましたでもいいんだけどね」
「じゃあ、いただきましたでいいじゃない!」
僕の答えにミチは不満げに反論する。ユミルもネルロスも楽し気にしている。
そんな中、ミチは音を立てて両手を合わせ目配せをする。それを見て僕もユミルも手を合わせる。
ミチは今度こそと息を吸い込む。
「それじゃ、ごちそうさまでした!」
「ごちそうさまでした!」
声をそろえて合唱を終える。食事は終わったが、食堂での会話はもう少しだけ続いたのだった。
宿屋の玄関のカウンターの先の扉。その先が宿屋の事務所かつネルロスの部屋になっていた。部屋は資料の積まれた本棚や机などが入り口部分に、奥にはクローゼットやベッドなどプライベートの物が分けられて置かれていた。色合いを見る限り黄緑が好きなようだ。
扉横の机で何か作業をしていたネルロスが入ってきた僕に気いたようで微笑みかけてくる。
「いらっしゃい。ミチちゃんはもう始めてる……というか覚えちゃったわよ」
「えっ、はやくないですか?」
僕は部屋の奥の方の床に座るミチを見る。
ミチは葉を少し千切っては元に戻す動作を繰り返した。
「はい、ミライくんこれ」
そう言ってネルロスは僕にミチと同じ葉っぱを1枚渡した。
葉を手に取り、裏表にしたり光にあてたりして見る。見た感じ普通の丸い木の葉だ。
「これ、どうするんですか?」
「少し破いて、回復魔法をかけるの」
ネルロスも同じ葉を持ち出し、少し破いて見せる。そして葉っぱを見つめ、軽く左手を広げてかざす。
「治療」
すると葉っぱの破いた部分は元に戻る。
「すごい」
「治したいって思う事が大事よ。後、最初のうちはあまり大きく破いちゃだめ」
そう助言されて僕も見様見真似でやってみる。少し葉を破いて手をかざす。治れ!そう思いながら何度も手をかざすが、破れた所が戻ることはない。
「出来ないな……」
「普通はそんなものよ。絶対できない人だっているもの」
ネルロスはミチを優しい視線で見つめる。ミチは葉を3分の1ほど破き、両手を重ねてかざす。
「治って」
ミチが言うと葉は元通り綺麗な状態に戻り満足げにしている。
「すごいな」
「回復と相性がいいのかもしれないわね。それにしても……」
ネルロスは人差し指を立て、その上に小さな火を起こした。
「ネルロスさん炎出せるようになったんですね」
「これは昔から出来てるわ。でも、魔力30以上も使うのよ。非効率だわ」
「……30ですか?」
その数字に僕は驚く。ちなみに僕が調理場で使用したのが魔力4を消費する。
「そうよ。ちなみにミライくんは?」
「4です」
「4!?私でも20は使うのに」
集中していたミチが突然声を上げた。ネルロスは胸の下で腕を組む。
「オムライスを魔法で作ったって聞いて思ったのよ。普通そんなことしたら魔力切れになるんじゃって」
「なるほど。それでですか」
「ほんっと、若いっていいわよね。とりあえずやり方は教えたから、後は各自部屋でで練習して。その葉っぱはあげるわ」
そう羨ましそうにネルロスはいうと、机の上にいくつかの資料を持ち出した。これから宿屋の事務作業に入るらしい。
「ありがとうございます」
「ネルロスありがとう!」
部屋を出る2人に机から手を振るネルロス。手を振り返し、僕とミチは各自部屋へと廊下を歩く。
「それにしても魔力4はずるいわ」
「そっちこそ回復魔法おぼえたじゃん」
僕は喋りながら破れた葉に魔力を送ろうとするが、うまくいかない。
「……私が剣に炎を纏わす時と感じが似てるのよね。こう熱い思いを送り込むような」
ミチは半分破った葉を簡単に元に戻して見せる。
「やっぱりすいごいわ」
「あんまりやると私の魔力でも底をつきそうだから、ミライも気を付けてね」
「さすがに今日はもうやらないよ」
自分のステータスを確認しながらやっていたので、もう魔力が残り少ないのは分かっている。
「あれ?そういえば魔力の回復方法知らない」
「基本休めば回復するわ。薬もあるけど高いから」
そうこう話しているうちに階段の前まで来た。
「それじゃ、また明日ね!」
「今日はありがと。おやすみ」
「おやすみなさい!」
そう言葉を交わしてミチと別れ、まっすぐ廊下を進んでいく。
魔法、仲間、ダンジョン、これだけ異世界が興奮に満ち溢れると、今までの現実が霞んで感じる。100枚集めて願いをかなえれば、ここに来る前の時間の元の世界に戻れるらしいのだけど。
「これだけ楽しいと帰りたくなくなっちゃうよな」
僕は少し微笑み、自室へと戻り休むのだった。