・1・ ネロのダンジョン講座
聞き間違いだろうか。死に際に「ようこそ」と言われた気がする。
「……もう1回言ってもらっても?」
「ようこそ!1234556番目の挑戦者よ!」
女性が言って両手を広げると、どこからかクラッカーの音だけがする。
「……挑戦者?」
「そうよ。ここ『ホールド・ダンジョン』の挑戦者」
女性は口を動かしながら何か光の板のような物を操作している。
「訳が分かりません」
「そうよね」
操作に集中しているせいか生返事だ。僕は今までの体の不調がなかったように軽快に起き上がる。
「そうよねって……説明してください」
僕の言葉も無視して光の板に集中している。その表情はどこか険しい。しばらく沈黙で複雑な空気が漂う。
「よし、準備完了!」
女性は微笑み、僕の隣まで飛んできた。そして光の板をこちらに見せる。光には文字が映し出されていてる。
「これは?」
「モニターよ。ここに名前を入力して。書き方はこう……」
そう言って女性は、モニターを操作して見せる。『ネロ』と打ち込まれた名前は、少しモニター内で読み込まれ、『エラー・2、登録済みの人物』と出てきた。
僕の目の前にモニターが流れてきて、女性はやってみてと促す。目の前にある光のモニターに恐る恐る触れると、触った感触はない。しかし指と光モニターが重なったが部分反応し、『ミ』の文字が打ち込まれる。手順が分かった僕は『ミライ』と打ち込み、登録ボタンを押す。読み込みの時間もそれほど掛からず、『登録しますか?』と表示される。
「名前の由来は?」
「本名です」
「女の子みたいね」
女性のは悪戯に笑い、モニターの登録ボタンを押した。登録完了したモニターを女性は再び操作する。横目でモニターを見るが、何をやっているのかさっぱり分からない。
女性は早々と操作を終えて、今度は僕から少し距離を置いた位置で空中待機した。女性は軽く咳払いをする。
「さて、それでは改めて。ようこそ挑戦者ミライ。ホールド・ダンジョンへ!歓迎するわ!とりあえず質問ある?」
「ネロさん……ですよね?」
「そうよ」
モニターに打たれた名前であっているらしく、ネロは微笑む。
「ネロさんは死神ですか?」
「えっなにそれは」
ネロは不意を突かれたような表情をしている。
「どうしてそう思うの?」
「ここが『死神の巣』で、あなたが鎌を持っているから」
「あーなるほど、今はそんな感じになっているのね」
その言葉にネロは何か考え始める。その顔に手を当て考える仕草のまま口を動かす。
「私は、あれよ。……監視官。このホールド・ダンジョンのね」
「監視官……ならその鎌は」
そう質問しかけた瞬間、僕の足元が眩しく光りだした。光の眩しさから顔を両腕で隠す。光は円状で複雑な模様を描いている。
「出来たみたいね。ミライ、ここが一番大事だからよく聞いて。これからあなたには、職業についてもらうわ。好きな職種だったり、ゲームの職業だったり、なんでもいいわ」
「えっ、決まりとかは?」
「ないわ。時間を少しあげるから、なりたいものを深く考えて。決まったら目を瞑って思い浮かべて」
いきなりの事にミライは戸惑う。それでもゲームの職業と聞いてあれしかないと思った。僕は目を瞑り思う。
魔法使いがいい。色々な事が出来るのがいい。とにかく魔法を使ってみたい!
しばらく瞑っていると、足元の光が消えた。
「お疲れ様。それじゃルール説明ね」
ネロは淡々と話す。僕はゆっくりと目を開け、自分の姿を確認する。特にこれと言って変わった様子はない。ネロは落ち着いてモニターを操作している。
「えっ、もう魔法使いになれたの?」
「データ上はね。どんな魔法使いになるかは、これからのあなた次第よ」
ネロはモニター操作を終え、僕の方へと近づいてきた。
「それじゃルール説明ね。まずは」
ネロはダンジョンのルールを淡々と話し始めた。
ダンジョンルールで注目するべき点が大きく3つあった。
1つ目のルールを思いだす。これが一番の目的だろう。
「とにかく、ダンジョン内で色々やってコインを100枚集めるの」
ネロは投げやりに言った。色々とはボス退治やイベント攻略などで、多種多様ありネロも管理しきれていないらしい。
「それで集めたら願って帰れるの?」
「帰るという選択も出来るわ。願いは100枚で一度きりだから、ダンジョンを過ごしながらよく考えて。あと、これがそのコインね。あげるわ」
そう言ってネロは僕に向かてコインを投げた。それを受け取り手で回しながら確認する。模様は鎌の絵が彫られている。
「模様は決まってないわよ。アイテム欄に入れるとコインのカウント数が増えるわ。ダンジョン内のコインの入手方法は自分で探して」
そう言われてミライは、不慣れな手つきで目の前に自分のモニターを出し、アイテム欄のしまうの項目にコインを差し出す。コインが消えてなくなり『コイン×1』と表示される。
「なるほど」
ルール1。ダンジョン内でコインを10枚集める。
ルール2を思うが、これは正直理解できていない。でも生死にかかわる大事な話だがいまいち仕組みが理解できない。
「当然だけどモンスターとかNPCとの戦闘で負ければ死ぬわ。逆に挑戦者同士ならどんな事をしても死ぬ事はあり得ないわ。レベル上げのために挑戦者を襲うなんて馬鹿はほとんどいないわ」
「ほとんど?」
「たまーにだけど、挑戦者に強攻撃を仕掛けて、動けなくなったところでアイテムを奪うやからもいるわ。後はこのシステムを利用して戦う戦闘狂はそこそこいるわ。戦いを喜びに感じる狂人って所ね」
「ふーん」
「本当に分かってるの?」
ネロは不安げに笑っている。正直よくわかっていないが、死んだら終わりだけ分かっていれば大丈夫だろう。
「大丈夫。大丈夫」
ルール2。死がある。死なないこともある。
ルール3は重要かどうかは別として印象的だった。
「エロ禁止よ!最重要よ!」
「へ?」
表情が急変したネロにあっけを取られる。
「NPCに対しても挑戦者に対しても、そういう行為をする挑戦者やからには」
そう言ってネロは一瞬で僕の方に近づき、背負っていた鎌を僕の顔前に向けた。僕は顔を引きつる。
「ひっ」
「私が首を取りにどこへでも飛んでいく」
僕はネロを凝視する。目のやり場の困るその胸を露出した服は駄目じゃないのかよ。
ネロはにやりと笑う。
「私の格好は、ある意味そういう人を見定めてダンジョンに行かす前に殺すためにあるの」
「わかりました」
威圧感に言葉が片言になった。
ルール3。エロは厳禁。
「後は自由にすればいいわ」
ネロは説明を終えると、少しだけモニターを操作した。するとネロの後方の地面が円状に七色に光りだした。
「あそこに入ると、ダンジョンへ移動するわ。そこからはあなた一人で頑張って」
僕は光る地面を見つめる。しかしすぐに進まず、目線を上げてネロの方を見る。
「魔法の使い方を聞いてないんですけど」
「人それぞれよ。叫ぶなり書くなり唱えるなり好きにすればいいわ。レベルを上げればそれなりの魔術を覚えるわよ。でもレベルより魔術で大事なのは……」
言いかけて口ごもり考えるネロ。
「大事なのは?」
「……とにかく想像して色々やってみることね。ほら、早く行きなさい」
ネロに急かされ、少し不満げに歩きながらも光に入り立ち、ネロの方に振り返った。
「これでいい?」
「そうよ」
返事を返すが、ネロはモニターの操作に集中していて僕を見ていない。
「光の中にしっかり入ってないと起動しないわよ。後、ダンジョンに入ったらまず安全かどうか確認してね。どこに出るかわからないから」
「えっ」
安全確認とはどういう事だ。どこに出るか分からないってどういう事だ。不安の最中、ネロは操作が終わったようで、僕を見て明るい笑みを浮かべる。
「それじゃ、行ってらっしゃーい!」
その言葉の瞬間、足元の光は大きな底なしの穴に変わる。思わず下を見るが底は全く見えない暗闇だ。
「なっ!うわぁー!」
僕は叫びながら穴の中へと落ちて行った。