表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/10

表裏

 ある青年が縁側で一人涼んでいると隣の研究所から大きな歓声が聞こえた。


「また博士が何か発明したのだな」


 青年はすぐさま家を飛び出し、研究所へと向かった。研究所のインターホンを押すと即座にドアが開いた。扉の向こうで博士が出迎えてくれた。


「ドアを開けるタイミングがやけに早かったですね。どこかへお出掛けですか」


「いいえ、本日外出予定はありません」


「さっき大きな声が聞こえたんですけど、何か新しい発明品が出来たんですか」


「いいえ、本日発明品が出来る予定はありません」


 はておかしいぞ。どこか他人行儀な博士の口調を訝しむ。博士は瞬き一つせず、青年をじっと見つめていた。いよいよ気持ち悪くなってきたところで家の奥からどたどたと足音がした。


「客が来たらまず私に知らせろと毎回言っているだろう」


 廊下の奥から走って来たのは目の前にいる博士と瓜二つの人物だった。


「おお、よく来てくれた。今日はどうしたんだい」


 息を切らせながら、もう一方の博士が言った。


「どうしたというか、どうなっているというか」


 青年の戸惑いを察したのか、饒舌な方の博士は言葉を紡ぐ。


「なるほど、君にこれを見せるのは初めてだったね。丁度いい機会だ、これと新しい発明品の二つについて説明してあげよう」


 ほらこっちだ、そう言って饒舌な博士は青年を家に招き入れる。


 饒舌な博士の後ろを青年が付いていき、その後ろをもう一人の無言の博士が追った。


 書斎にて饒舌な博士と青年は対面に座っていた。博士の後ろにはもう一人の博士が黙って立っている。


「そちらの方も座って頂いたらどうでしょうか」


「いやいや、これのことは気にする必要はない。なんて言ってもロボットだからな」 


「まさか、冗談でしょう」


 青年は後ろに控える博士を観察するけれどロボットにはてんで見えない。体格も顔も声色さえも博士とそっくりで目の前に座る博士と全く見分けがつかなかった。


「本当だとも。何かを食べる必要も飲む必要もない。完全自己完結の永久機関ロボットだ」


 それは凄いじゃないですか、と青年が称えるが博士は浮かない表情だ。


「面倒くさい相手の応答なんかに使えると思い、影武者として発明したのだがこれが中々上手くいかなくてな」


 ため息をついて後ろのロボットを見た。


「何度も会話しているのだが、中々学習が進まないんだ。少しずつ少しずつ私に似てきているのだが、口調を完全に再現するにはもう少し時間が必要なようだ」


 青年がロボットにうつつを抜かす間もなく、そんなことよりと博士は切り出した。


「重要なのはもう一つの発明だよ」そう嬉々として語る。


「先ほどの大きな歓声もその発明のせいですか」


「いや聞かれていたか。あまりにも嬉しくて年甲斐もなくはしゃいでしまったよ」


 頭を掻きながら博士はポケットから小さなケースを取り出した。


「この発明で世界は大きく変わることになるだろう。新人類の誕生とでも言うのだろうか」


「新人類の誕生とは大きく出ましたね。それでその発明はどのようなモノなんですか」


 青年の問いかけに対して博士はケースから白く小さな錠剤を取り出して見せた。


「ただの錠剤にしか見えませんけど」


「本当に素晴らしいモノというのは往々にして見てくれだけでは分からないものだ」


「そういうものですか」


「そういうものだ」


 博士は仕切り直すように咳ばらいをして説明を始めた。


「一般的に人間が記憶できる量には限りがある。例えば君は一ヶ月前に食べた夕食のことを思い出せるかい」


 しばらく考えて、青年は首を横に振った。


「そうそれが普通だ。人間、覚えようと思わなければ大抵のことは忘れてしまうし、覚えようと思ったことでも反復練習を繰り返さなければ覚えていられない。しかしどうだろう、人間の中には一度見ただけ全て記憶出来てしまう者もいる。写真記憶に映像記憶、呼称は多々あるがそれは別に彼らだけが持ちうる特別な能力というわけでもない。脳が目覚めていないだけで、どの人間にも同様のことができる能力が備わっているはずなんだ」


 博士の仰々しい演説で青年も興奮する。


「その薬を飲めば何でも一瞬で記憶できる特殊な人間になれるということですか」


「まさしくその通りだ」


「しかしそんな凄い薬なら副作用が心配ですね。脳も何か訳があって力を制限しているわけでしょうし」


「その点なら大丈夫だ。私の理論は完璧で、脳の特定の記憶領域に刺激を与えるだけでそれ以外の作用は特にないはずだ」


 青年の口にした不安も博士には伝わらなかったようで意気揚々、万事上手くいくと己を信じて疑わない。


「君もほしいかい。これを使えば格段に生きやすくなること請け負いだ」


 青年は大いに悩んだ。


 最後に出した結論は、今はいらないだった。


「また暗記が必要な時にでも貰いに来ることにします」


「そうなのか、残念だ。だが親しき友人の君にならばいつでも差し上げよう。いつでも貰いに来るがいい」


 チラリと博士の取り出したケースの中にもう一つ赤い錠剤が入っているのを青年は見つけた。


「その赤い方は何なんですか」


「ああ、これか。完全記憶薬の副産物として記憶を消す薬も出来たんだがね」


 そう言って赤い錠剤を指した。


「でも、これは使うことはないだろう。記憶は留めておくことに価値があるからな。それを消すなんてとんでもない」


 博士は赤い錠剤をポケットに戻してしまった。


 研究所を後にする際、ロボット博士が見送りに玄関まで来たが不気味に青年を見つめるだけで何か発することは無かった。まだこちらから質問しない限り喋りかけてはこないらしい。





 それから数か月。


 そう言えば博士はあの後どうなったのだろう。青年は仕事が忙しく、めっきり会いに行けていなかった。新人類になっているのだろうか。


 久方ぶりに研究所に行くと、数か月前と変わらぬ姿の博士が玄関に立っていた。ドアを開け、青年の姿を視認するやいなや博士はすぐに奥の研究室へ引っ込んで行ってしまった。


 入れ替わりに瓜二つの博士が青年の元に来た。


「ああ、さっきのはロボット博士でしたか」


 青年は博士に向かって話しかけた。


「そうなんだ。まだまだ学習が進んでなくてな」


 照れるように頭を掻いて言う。


「その後の経過はどうですか」


「あの薬はどうやら失敗だったらしくてな」


 そうですか、それは残念でしたね。青年はそう言ったが博士の方はまるで残念そうにしていない。


「今は研究をロボットの方に任せて、少しばかり休暇を取っていてな。君も上がってくれたまえ」


 そう言われ青年はまた書斎へと案内される。廊下を歩く際、半分開いた研究室の扉から机に噛り付いて研究している博士が目に入った。


 その研究室の机の上に水の入ったペットボトルと携帯食料が置かれていたのを青年は見逃さなかった。

評価やレビュー頂けると嬉しいです。

長編もやってますのでそちらの方もよろしくお願いいたします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ