隠と陽
幼稚な文章ですが、生ぬるい目で見てくだされば感激です。
「あの…落としましたよ」
少女が初老の男に声をかける。
その語気には緊張が混ざっていた。
「煙草の吸殻
………落としましたよ」
少女がそう言い、吸殻を差し出すと
初老の男は穏やかに笑い、素直に受け取った。
「……あぁ、申し訳ないね」
「私、ポイ捨てとかそういうの嫌いなんで」
少女の瞳は真っ直ぐだった
「おや…嫌い?なぜ、嫌いなんだい?」
初老の男が問う。
その問いかけは、少女にとって予想だにしないものだった。
「なぜって…
そういうモラルに反したこと、
見ていて嫌じゃないですか。」
「ほう、自分が嫌な気持ちになりたくないから…
そういうことかい?」
「そんな……違います。
その吸殻を拾う人にも迷惑になります。」
「そうか、これを拾う人ね…」
男は微笑み、吸殻を見つめる。
言葉や仕草、その節々に品の良さが出ている。
外見だけ見ると、煙草というより、
葉巻やパイプを嗜んでいるほうが似合うだろう。
「誰が拾うだろう?」
「地域のボランティアの方々です。
いつも朝、拾っているのを見ますから。」
少女は迷いなく答える。
「ほう…そうか、そうか。
では、彼らはなぜ無償でそんなことをしているんだろうね」
「…綺麗な街にしたいからじゃないですか。」
「本当にそうかな?
いや、そのような思いが多かれ少なかれあるとは考えられる。
でも、それが本当に全てかな?」
男は穏やかに、かつ楽しそうに、少女に問いかける
「彼らはそのゴミを拾う間、なにを感じているだろう。」
「綺麗な街にしたい、自分のおかげで街が綺麗になっていく。
いい気分だ。
定年してから他人とコミュニケーションをとることが少なくなった。
しかし、ボランティアでゴミを拾い始めてから
友人ができた、楽しみができた。
そして人のためになっている。
私が街を綺麗にしている。
私は必要とされている。
……あぁ、いい気分だ。」
「……僕はね、ボランティアという呼び方はあまり好きではない。
"趣味"と言った方がしっくりこないかい?
ゴミ拾いが趣味の集団だ。
なんてったって利益をうまないにも関わらず、
本人がそれを楽しんでいるのだから。」
「この吸殻ひとつで、彼らの趣味は
支えられているとは考えられないか?」
少女は口ごもってしまう。
男が言っていることは屁理屈だ。そう思っていても
反論するための頭脳は男より少女が劣っていたのだ。
「警察もそうだろう。
彼らも犯罪者のおかげで職につき、家族を養い、
飯が食えているとは言えないだろうか。」
「物事には隠と陽がある。
影があれば光がある。
君はポイ捨てを注意できるような精神の持ち主だ。
きっと学校では優等生だと言われているだろう。
それを陽の部分だとすれば、隠の部分に
君より劣っている生徒の存在がある。」
男は語気を強めることはなく、
淡々と、ただ教師が生徒に物を教えるように説いている。
少女は俯く。
言い返せない悔しさと、情けなさで声がでない。
そんな少女を見て男は続けた。
「…少々喋りすぎたようだね。
可愛い子を見ると、ついつい…。
悪い癖だ。」
「君は正しい。
街が綺麗だと犯罪件数も少なくなるデータがあることから
ポイ捨てを減らすことは治安を良くすることに繋がるだろう。
そういう観点から見ると君は正しい。
ただ、物事の善悪など、少し視点を変えるだけで
ひっくり返ってしまうんだよ。
正しいことを、なんて思ったって時代と共に変わってしまう。」
「ならば、自分のために、自分のしたいことを。
そう考えた方がよっぽど合理的じゃないかい?
…………限度はあるがね。」
「君は君のままでいい。
これからも変わる必要はないよ。
そうしたいと、君が思うのならば、ね。
爺の長話に付き合ってくれてありがとう。」
男は帽子を脱ぎ、一礼し、去っていった。
優しい微笑みを浮かべて。
残された少女は、しばらく動くことが出来ずに
ただ、去っていく男を目で追った。
お目汚し失礼しました。
精進します。