鎧が本体の魔物になってしまった彼は、今日もダンジョンを攻略する
「たのもー!」
ここは墓場ダンジョン、大地洗礼墓地地下闘技場跡。
かつて大国の貴族達が娯楽用に保有していた闘技場だったのだが、崩壊した現在では魔物が巣喰うダンジョンと化している。
闘技場にて死んでいった屈強な戦士達の魂がスケルトンやゾンビ系統の魔物へと変出した現在では、このダンジョンの攻略難易度は最高ランクにまで到達している。ここではスケルトンの上位種であるブラッドスケルトンやゾンビキャスターが多数出現し、バーサーカーなどの鎧を身に纏った大男がそこら中で暴れているような危険区域である。
その大地洗礼墓地地下闘技場跡に、一人の魔物が現れた。
「たのもー! ってあっれぇ……?」
その名もさまようそうびひん。
ぼろぼろの剣を右手に構え、古プレート継ぎ接ぎメイルを身に纏った魔物である。実は中身は存在せず、装備している防具が本体の戦士なのだが当の本人はそのことに気付いていない。
ちなみにこの前まで使っていた剣は肉を焼く時に串代わりに刺して焼いていたら使い物にならなくなって捨てたため、最近見つけた勇者の死骸から剥ぎ取った伝説の剣を持っている。
しかし手入れのしなさ過ぎで錆びてきているため、あんまり強くはない。
最近身体から肉の腐っているような臭いがすることがストレスの一因なのだが、なるべく気にしないようにしているのは内緒。
「私はこのダンジョンの主に用があるのだ、姿を現したまえ!」
「うるせぇぞぼけ! ここがかの有名な大地洗礼墓地地下闘技場跡のダンジョンだということを知って来ているのか!」
ちなみに今喋ったのはスケルトンウォリアーのザップ君。骨だけしかないので声帯はないのだが、頑張って声を出している骸骨君である。あまり近接戦闘は得意ではない。
「ここが大地洗礼墓地地下闘技場跡だということは地図を見たから事前知識として知っていた!」
「貴様、知っていてこれか!」
「お前のような肉のないやつに構っている暇はないんだ! ばらばらにして積み重ねるぞ!」
お互いがお互いの話を聞かないのは魔物的にも仕方のないことだった。お互いが自分勝手で尊大なのである。
その罵声を聞いたスケルトンウォリアーのザップ君は怒った!
何故ならば、かつて彼の仲間であったスケルトン一族のスケコはダンジョンに侵入してきた冒険者に――中略――というわけである。
とにかくスケルトンウォリアーのザップ君は火山が噴火した時のように怒ったのである!
「シネ!」
そこは流石の最高クラスダンジョン。
カタコトになったザップ君が肩に担いでいた弓を素早く構え、極限まで引き絞って放つ! さながら弾丸のように全てを斬り裂いてさまようそうびひんの喉元へと食らいついた!
「いたっ」
それは狙い通りがきりと硬質な鎧に直撃したが、鎧なのであまりダメージは通らなかったようだ。
ちなみにザップ君はスケルトンウォリアーなので弓のことはあまり知らない、彼にとってはとりあえず当たればいいのだ。
「どうだ、俺様の弓は痛いだろう……! だがな、こいつを見ろ」
そう言って彼は肋骨を二本抜き取った!
それをまるで双剣のように構え、ザップ君は唸り声を上げる。
「俺は弓よりも、こっち派なんだぜ……?」
「そっか」
肋骨の先が赤く光り、鈍く輝く刀身が生み出される。それらはまるでチェーンソーのように高速回転し、凶悪な音を慣らして反響する。
彼は近接戦闘があまり得意ではない分、強力な武器と種族としての力技に頼るのだ! 今までこのチェーンソーにびびって逃げた敵は数知れず!
だからこそ。
「な、なんで貴様……逃げないんだ!」
「え?」
一向に怖じ気付かないさまようそうびひんを見て、そうザップ君が――ごとり。
スケルトンの頭が胴体から離れ、無様に地面を転がってゆく。それを慈悲のない踵落としで粉々に踏み砕き、さまようそうびひんはふうとため息を吐いた。
「なにこれめっちゃ強そう」
いつの間に抜いていたのか。
かちり、と伝説の剣を背中の鞘へ戻し、今や振動していない肋骨を拾った。するとぶぅんと腕ごと振動し、肋骨の先から赤黒い刀身が出現する。
「なるほど、振動で敵を斬るのか……こいつは面白い剣だぞ、使い手が間抜けじゃなかったらめっちゃ強かったかもしれない」
さまようそうびひんは肋骨を両手に構えてダンジョンの先を進んでゆく。
まるでそこにザップ君など存在しなかったかのように……。通過する時に落ちていた骨がばきゃりと破壊され、無惨にも散らばっている。
そう、さまようそうびひんは強いのだ。そして、平気で他人から武器や防具を奪い取って自分のものとする追い剥ぎなのである……。
「たのもー!」
ダンジョン2F。1Fに配備されていたスケルトンウォリアーはあっさりと倒され、さまようそうびひんは赤黒いチェーンソーを構えて最初と同じ台詞を放つ。
そこには大量のスケルトン集団が待ち構えていた。ザップ君おなじみ同種のスケルトンウォリアーは勿論、スケルトンウィザードやブラッドスケルトンなどがうじゃうじゃいるモンスターハウス。
まるでトラップにでも引っ掛かったようだが、それは違った。
実はザップ君が一瞬で潰される光景を目の当たりにしてしまった1Fのスケルトン集団が1Fの魔物全員に情報伝達をし合い、恐怖に顔も頭も真っ白になってしまった彼らは慌てて2Fになだれ込んできただけなのである。
お陰で本来登場するはずの魔物は奥へと押しやられてしまい、ぎゅうぎゅう詰めになっていた。ちなみに足下には大量の骨が落ちているが、逃げている最中に踏まれたりどつかれたりでばらばらになったスケルトンの残骸なのは言うまでもない。
「さあ、主はどこだ!」
さまようそうびひんがさっき自分のものにしたチェーンソーを両手に掲げてそう言った。
すると、スケルトンの集団から何やらとある言葉が出始めた。
「あれ……?」
「こいつ、まさかあの有名な」
「俺も知ってるぞ、こいつは――」
「「「「片っ端からダンジョンを荒らして回るとても迷惑な冒険者だ!」」」」
そう、さまようそうびひんはこの世に存在するダンジョンというダンジョンに片っ端から攻め込んでボスを倒しまくる奴なのだ! しかも倒すだけでは飽きたらず、そのダンジョンにあるレアアイテムや装備品などを片っ端から何の目的も理由もなく奪い去っていくから質が悪いで有名なのである。
おかげで近年のダンジョン事情はとても色々なんやかんやあり、ダンジョンが弱くなっていくのは当然のこととして、ダンジョンで狩りをする側である冒険者も弱くなってしまっている現状だ。
お陰で神託を受けて冒険に旅立った勇者は弱いダンジョンの煽りを受けて弱いまま先に進んでしまいそこら辺で死んでしまうし、とにかく両陣営から害悪な存在なのであった。
「迷惑な冒険者とは失礼な! 私はただ強い奴と戦いたいだけだ!」
さまようそうびひんは、お前らは邪魔だと言わんばかりにチェーンソーを振り回してスケルトンの軍勢を蹂躙していく。スケルトン達も肋骨を武器にしたり普通に大剣で斬り掛かったり弓や魔法などの遠距離で応戦するが、全く刃が立たなかった。
そのままなんやかんやと3F、4F、5Fを同じノリで突破していき、とうとう最下層。
「たのもー!」
一階層毎に発するお馴染みの台詞が最下層に響く。
それまでに倒してきた魔物は数知れず。途中で現れたバーサーカーの集団もさまようそうびひんに「おっ豪華な装備してんじゃん」と目を付けられてぼこぼこにされてしまったため、今頃は丸裸でダンジョンの隅で体育座りをしていることだろう。
「我こそが大地洗礼墓地地下闘技場跡の長だ。我と戦いたいと言うのは貴様か……」
最下層。そこはどこぞの謁見の間のような内装であった。入り口から最奥まで赤色の長いカーペットが敷かれ、装飾の散りばめられた玉座に鎮座している。
その体躯はさまようそうびひんの一回りほど巨大で、両手に構えたごつい槍が魔物の存在感を強大にしていた。
ブン、と一度振り回された槍の穂先がさまようそうびひんへと向けられる。
「貴様は、我が魔王軍第一部隊のトップだということを知っていて戦いを挑むのか?」
「そんなものは知らん!」
「では貴様は何用でここに来た」
「戦うために決まっているだろ! 頭悪いのか!」
「……何故我と戦いたいのだ? 見たところ貴様は――」
「私はお前の持ってるヘンテコな槍を貰いにきただけだ!」
さまようそうびひんは強そうな武器には目がない。
当初の目的も忘れてそう言って、両手に持ったチェーンソーをぶん投げた。ぎゅいんぎゅいんと振動する刃は玉座に座る魔物へと一直線に向かっていく。
「舐めた真似を」
その魔物は両肩の筋肉を膨張させ、双槍を振り回して飛来するチェーンソーを叩き落とした。かつてザップ君の一部だった肋骨はバラバラに砕けてしまい、見る陰もなくなる。
「おいお前よそ見はしちゃいかんよ、決闘の最中だぞ」
「――え?」
が、次の瞬間には、魔物の両腕は無くなっていた。肘から先を失った腕から大量の血が吹き出し、玉座やカーペットへと飛び散る。
がちゃりと鎧の擦れる音が、魔物の背後から聞こえた。
「おお、この槍も中々いいな」
ドスッ。胸を一突き、魔物の胸から赤く濡れそぼった槍の先端が姿を見せ、魔物は口から血を吐く。
「き、きさ、ま――」
どさりと倒れ、まだ名も名乗っていない魔王軍第一部隊のトップは息耐えた。
「よし、こいつは貰いだぜ」
さまようそうびひんは少しの間豪奢な槍を回して感触を楽しみ、さも自分の物かのように持ち直した。
その足下には粉々になった肋骨が放置されているが、既に彼の興味の対象外となっていた。
さよならザップ君。君のことは、きっと誰かが覚えているよ――。
と。
そんな時であった。丁度このダンジョンを攻略しようと足を運んでいた冒険者のパーティが最下層へとやってきてしまったのである。
ユウリンスヴァル王国ギルド筆頭聖剣士、ラウル=ニルヴァーシュ。
ユウリンスヴァル王国ギルド筆頭魔導士、レイリア=アーナスヒール。
聖堂協会メンバー特別聖職士、ラヒスト・フリースト。
憲兵団頭領、破壊斧のゴルゴッディア・ゴルゴッディア。
彼ら四人はこのダンジョンの異質さに明らかな異常を見ていた。全滅させられていた階層の魔物達――どこまで進んでも死骸しか見当たらず、まるで廃墟のような静けさ。
何かがあるのではないかと、全員が警戒心を露わにして最下層へと潜ってきた。
あわよくば何もいないことを願って。
しかし、それは外れてしまった。
そこに居たのは、継ぎ接ぎのフル(古)プレートを身に纏った戦士。返り血だらけの鎧、背中に担いだ伝説の剣に二本の大槍。
背後にはダンジョンボスらしき死体があることから、それを倒したのは間違いなくこの戦士。
「おい、なんであれが伝説の剣を持ってやがるんだ……?」
「勇者ラリルはこの世にはいないはず、でもあれは」
「いいや、勇者は死んだが武器は行方不明なんだろ?」
「こいつが勇者を殺して取った、ってわけかい?」
各々が息を呑み、それぞれの武器を構えようと。
「おっ君達いい装備持ってるねぇ、それ特注品?」
ぼとり、ぼとり、ぼとり、ぼとり。
四つの首が、カーペットに転がった。切れ味を確かめるようにして振り回しただけの槍が、冒険者パーティ全員を一瞬にして全滅させてしまったのだ。
「おおー、これなら伝説の剣とか要らなくね? 最近錆びてきたし乗り換えちゃうか」
さまようそうびひんは世界に一本しかない伝説の剣をうざそうに背中から取り外して投げ捨てた。がしゃんと音を立てて床を叩いて滑っていく伝説の剣には目もくれず、先程息絶えた冒険者達の武器を漁っていった。
聖剣士に貸与される正式機動魔聖剣。
千年樹を切り出して加工し、更には三千迷宮の奥地でしか手に入らない魔力石を嵌めた杖。
強力な魔力の込められた聖典。
最上位種族の竜種の牙や爪から造られた斧。
「うんうん、これもこれもこれもいいねぇ……これはいらね」
さまようそうびひんは聖典だけ投げ捨て、後の三つを手中に収めて満足げに顔をほくほくさせる。実際のところ顔は存在しないので、そんな感じになっただけだった。
さまようそうびひんとは、かつて死んでしまった人の魂が装備品へ憑依してしまった稀少な魔物である。
出現条件は不明で、一体どのようにして現れるのか何体存在しているのかも全く判明していない未知の存在のため、魔物図鑑には載っていない。
そんな彼は、今日も旅を続ける。
自分が魔物だということも知らず、ただの冒険者として。
抱え切れなくなった装備品を異次元空間へと保管し、さまようそうびひんは元気に一つのダンジョンを制覇したのであった!
「お、これ地図か……ふむふむ。ふむ。ユウリンスヴァル王国? こいつはでかいダンジョンだ! 堀出し物がありそうだな、行ってみよう!」
時々ダンジョンと都市の区別が付かない時もあるが、そこは気にしない!
この後、そんな彼と一つの大国が戦争をすることになるのだが――それはまた、別のお話。