7章第10話 疾風と共に踊る荒鷲
『スワロー隊、敵機を迎撃せよ』
『了解、今までの敵とは様子が違う、気を引き締めろ!』
AWACSからの命令、隊長からの指示。
私は中距離空対空ミサイルをスタンバイにし、射程内に入った敵を攻撃する。
ヘッドオン、距離35nm。
『スワロー1、FOX3!』
『スワロー2、FOX3!』
『スワロー3、FOX3!』
『スワロー4、FOX3!』
4機が各1発ずつのAAM-4B"ダーインスレイヴ"を発射、ロケットモーターに点火した中距離空対空ミサイルは最終的にマッハ4にまで加速する。
命中まで5秒、カウンターが作動したところで、レーダーでロックする。
『スワロー1、レーダーロック』
『スワロー2、レーダーロック』
発射後ロックオン機能のあるAAM-4Bは、この機能のお陰でこちらは安全圏にいながら発射し、すぐにミサイルに誘導をバトンタッチして退避出来る。
『スワロー3、レーダーロック!』
命中予想が修正され、敵の8機の編隊がバラバラに分かれる。レーダー画面にシミの様な跡が出来るのは、敵の撒いたチャフだろう。
このまま上昇、位置エネルギーで優位を取りつつ……と考えていたユニスの思考に、騒音が割り込んできた。
ビービーと耳障りな音が響き、頭の中を支配する。
ミサイルアラートだ、イーグルが語りかけてくる。避けなければ、死ぬと。
『全機ブレイク!ブレイク!』
隊長機が指示すると同時に操縦桿を思い切り左に切り、左ロールを打つ。
操縦桿を引くと主翼でベイパーがぱぱっと散り、翼端から雲がスーッと糸を引く。
身体にずっしりとGがのしかかり、耐Gスーツが私の下半身をぐいぐい締め付けてくる。
私は体重が軽い方だからまだいいが、隊長達は大変だろうな……などと考えている余裕は無かった。
今度は上昇、操縦桿を引いて機首を空に向ける。丁度真正面に太陽が来る様な形だ。
ループの頂点でチャフを撒き、今度は機首が地面に向いて降下を始める。
私に迫って来る光球が見えた、チャフに騙されてくれる事を祈り、ミサイルに角度を付けて交差する。
『うわっ……!あっぶな……!』
危うく空の藻屑と化すところだった……ギリギリで2発を躱す、ほぼ奇跡に近い回避だ。
私にミサイルを撃って来た機を探す、レーダー画面上でも近付いているのが分かる。
『スワロー1より各機、編隊を組み直す!ヘッドオンで交差するぞ』
『Roger』
感覚を広げたフィンガーチップ・フォーメーション、各機の距離は約500mだ。
こちらとあちら、速度は双方マッハ1より少し遅い程度、敵との距離はどんどん近付き______交差。
「!?」
『全機ブレイク!』
右に旋回、敵機を躱しながら旋回。
さっきの一瞬、すれ違った機体の機影が見えた。
広いデルタ翼の機体、丸い空気取入ダクト、カナード翼に、親しみを込めて「アホ毛」と呼ばれる空中給油用プローブ。
「くっ……交差!ラファール!」
『おい冗談だろ!?』
ラファールM、デルタ翼機であり優れた機動性と操縦性、強力なレーダーを備えた高性能な機体だ。世代だけで言えば、私のイーグルよりも新しい。
操縦桿を引き、旋回。身体にのしかかるGに耐える。
私達スワロー隊は全機で4機、レーダー画面を見ると、ラファールは8機も居る。
包囲される危険もあり、F-2が攻撃される危険もあった。
絶望的な状況、早くここから抜け出さなきゃ。
操縦桿を戻し、今度は左に旋回。
旋回しながら振り向くと、1機のラファールが付いて来ていた。
みしみしとGが確実に身体を押し潰し、意識を奪おうとするが、今迄もあった事だ、耐える事など造作もない。
操縦桿を捻り、エアブレーキをも活用しつつシザーズ機動、敵と交差と牽制を繰り返し、ラファールから後ろを取る。
ほんの数分の事だが、私には物凄く長い時間に感じた。
機体をラファールに追従させ、失った速度を再び取り戻す。
目の前1km程の所に、ラファールの2つのエンジンノズルが赤く光っているのが見える。
ラファールは旋回しながら躱そうとするが、単調な旋回だ、ロックするのは容易い。
AAM-3Bをロックした音がコックピットを満たす。
操縦桿のスイッチに指を掛けた瞬間______フッと、機首の下方にラファールが消えた。
「なっ!?」
機体を水平に戻した瞬間に操縦桿を引き、上昇。
先程追っていたラファールがアフターバーナー全開で追従してくる。
一体どうやって……
ラファールにミサイルの照準を合わせられない様に機体を複雑に振り回して飛行させる。
周囲の状況を把握するために、レーダーとキャノピーの外の風景を確認する。
スワロー1に2機が張り付いている、スワロー2はラファール1機を追う立場だ。スワロー4には1機、そして私には2機がくっ付いている……あれ?残りの2機は?
ぐるりと視界を巡らすと、砦方面に向けて飛行するラファールMが2機見える。
「っ!あいつら……!」
追いかけようとするが、私も2機に追われている。そちらを追いかけたら、今度は私が撃ち落とされる。
そんな事になってたまるか、けど砦の特殊部隊は守らなきゃならない。そう思いながら無線のスイッチを押す。
「スワロー3よりエターナル、砦に向けてラファール2機が飛行中!」
『了解、こちらのレーダーでも確認した。コヨーテ隊を呼び戻して対処させる』
コヨーテ隊の装備はSEAD任務用に改造されたF-2J、運動性は高く、自衛用程度だが空対空装備もしている。問題はないだろう。
これで安心して後ろの2機と戦える。
エアブレーキを立ててロールを打つ、減速しつつ敵機をオーバーシュートさせようとするが、なかなか敵が前に出ない……
どうして……と思って振り向く、原因はすぐに分かった。
カナード翼を立て、エアブレーキ代わりにしつつ推力を絞って減速してるんだ……!
見渡してみると、周りのラファールも同じ事をしている。
艦載機は低速での運動性も求められる、ラファールMはデルタ翼機で高速での運動性能は良いが、艦載機でもあるためある程度の低速での運動性も確保されている。
こいつら、低速を武器にしている。
私は必死に機体を操作、失った推力を取り戻し、急旋回しても、ラファールMが加速して追いついて来る。
どうする、どうする、どうする……!
私は考えた、こんな時、どうしたか……
……そうだ、私は常に飛ぶ時、イーグルと一緒だった。
分からない事、教科書や教官が教えてくれなかった事は、イーグルが教えてくれた。
そしてイーグルが、この空へ連れて来てくれた。
この荒鷲は、私の手で飛んでいる、私が飛ばさなきゃイーグルは飛べないし、イーグルも私と一緒でないと飛べない。
______今の状況を振り返る、私を殺す2機のラファールMに追われていると言うのに、私の表情には笑みが浮かんでいた。
酸素マスクの下で、自分が笑っているのが分かる。
死ぬかもしれないと言うのに、私は笑っている。
あぁ、そうか______楽しいんだ、飛ぶのが。
イーグルと空を飛ぶのが、楽しくて仕方がない。
そんな楽しい時間を、疾風如きに邪魔されてたまるか。
では、どうしようか。答えは簡単だ。
踊ろう、荒鷲のドレスを身に纏い、疾風と共に、この大空のステージで踊ろう。
BGMは、エンジンの音と風切り音だけ。
「……踊ろう、イーグル」
私は呟き、スロットルを押し込む。
エアブレーキは畳まれ、アフターバーナー全開、思い切り加速する。
「Go Gate」
私の荒鷲の足に、あの疾風は追い付けない。Gが私の身体を締め付けるが、踊りに夢中の私にはそんなのは感じない。
操縦桿を引き、上昇。ラファールは上昇して来るが、同時にミサイル警報が鳴り響く。
その瞬間にチャフとフレアを発射、ロールを打ちつつ降下し、ラファールとヘッドオンに入る。
上昇して来るラファールにロック、AAM-3Bのシーカーがラファールの機体熱を捉えた。
『FOX2』
ミサイル、リリース。
翼下のランチャーレールからAAM-3Bが滑り出し、直後に命中。
すれ違いざまにミサイルを叩き込まれたラファールの1機に、AAM-3Bがレドームから突き刺さり爆散する。
破片を浴びる事なくすれ違った私は操縦桿を引き、水平からの右旋回。頭上には仲間を失った悲しみと怒りで、私に剥き出しの殺意を向けるラファールが見える。
来て、ラファール。
アフターバーナーを消し、しかしスロットルは全開のままラファールが同じ高度に降りて来るのを待つ。
私は左にロールを打ち、今度は左へと旋回。右旋回だと思っていたラファールが追い縋ろうと急激な旋回で付いてくる。流石は高い機動性を持つ機体だ。
右へ、左へ、機首を振る。"シザーズ"と呼ばれる、空戦での基本機動だ。
スロットルを少しずつ絞り、敵に考える隙を与えないように機体を自在に振り回す。
操縦桿が重い、身体が重い、けど今はこの重さが心地よかった。
敵機が旋回し損ねてオーバーシュート、その瞬間に引き金を引いた。
ほんの0.2秒ほど、しかし右翼付け根の機関砲が吐き出したのは、20発を超える20mmの機関砲弾。そのうち命中したのは3発程度だった。
装甲の無い航空機相手では、その3発"程度"でも十分致命傷になり得る。
運が良いのか悪いのか、その3発の内2発は主翼を貫き、もう1発がエンジンに飛び込んだ。
私が追い掛けるラファールMが黒煙を吐きながら空中を滑る、エンジンの消火に追われるパイロットに更に追い討ちを掛ける様に私は速度を上げ、距離を詰めて機関砲のレンジに入る。
続いて引き金を引く、1秒程度の射撃を数回、2回目からラファールが火を吹き始め、3度目でエンジンが弾けて推力を失い落ちて行く。
ラファールのキャノピーが跳ねて、続いて射出座席によってパイロットが空中に投げ出された。
脱出したパイロットはパラシュートでふわふわと宙を舞い、やがて地面へと降りるコースを取る。
破片を浴びない様に上昇し、青空に咲いた2つの花火の周囲を旋回する。
「スプラッシュ・ツー……」
ふぅ……と溜息をつくと、汗がどっと吹き出て来るのが分かる。
それだけラファールとの空中戦に夢中だったと言うことだ。
今し方、目の前で6機の内の最後の1機をスワロー1が撃墜したところだ。
『こちらエターナル、コヨーテ隊が2機撃墜、敵機の全滅を確認』
『こちらスワロー・リーダー、レーダークリアを確認』
全てのラファールを撃ち落とし、空域は確保された。
コヨーテ隊、良くやったなぁ、と思う。
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『コヨーテ1より各機、敵機が音速で接近中!砦を爆撃するつもりだ!迎撃するぞ!』
『コヨーテ2、了解』
山陰に機体を飛ばし、敵から身を隠していたコヨーテ隊の内4機が山から飛び出て来る。
特殊部隊を撃滅せんと飛行するMi-24Dハインドに後方から食らい付き、機関砲の掃射で地面へと叩き落とす。
砦を狙うラファールに、特殊部隊を護るべく、コヨーテ隊が襲い掛かった。
『FOX3!』
『FOX3!』
コヨーテの各機から白煙を引く4発のミサイル、AAM-4Bが飛び出し、2機のラファールに突き刺さらんばかりに空中を駆け抜ける。
砦目掛けて機銃掃射を始めようとしたラファール2機がブレイク、ミサイルを躱そうと激しく旋回し始める。
必死な旋回も虚しく、2発ともが1機のラファールに食いついた。
もう1機のラファールは流石というべきか、食い付いてきた2発のミサイルをチャフとフレアを使い、高い機動性を発揮して巧みに躱す。
しかし、そのラファールが躱し切って反撃に移ろうとしていた時、ラファールは4機のF-2Jにすっかり包囲されてしまっていた。
先程よりも数の多いミサイル、AAM-3Bが襲い掛かる。
パイロットの鋭い回避機動を嘲笑うかの様に、4発のミサイルが最後のラファールMを刺し貫いた。
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生き残った私達は、ガルシア島飛行場へと帰るコースを飛ぶ。
残りの燃料も心許ないし、空中給油機は別の任務で回せない。
スワロー隊のF-15CJとコヨーテ隊のF-2Jと共に、私達の基地へ向かって飛んでいた。
今日の敵はかなり腕の立つ敵、多分、空戦の腕は私なんかよりずっと上だった。
今回のようなギリギリの命の応酬、今後増えるのだろうか……。
そんな不安と同時に、もしこの戦争が終われば、あんな強いパイロットと共に空を飛ぶ事も出来るのだろうか……という淡い希望も浮かんでくる。
いつかあんな凄いパイロットと、一緒に飛びたい、そんな事を思いながらガルシア島へと近づく。
『こちらAWACS、コントロールをガルシア・タワーへと譲渡する。以降はガルシア・タワーとコンタクトを取れ』
『こちらガルシア・タワー、燃料や機体の損傷で着陸に急を要する機はいるか?』
『こちらスワロー・リーダー、損傷、燃料共に問題なし』
『こちらコヨーテ・リーダー、こちらも損傷、燃料問題は認められず』
『了解、コヨーテ隊から着陸せよ』
『了解、オーバーヘッドアプローチ、カウント3』
8機のF-2Jが滑走路上空を通過しつつ3秒間隔で旋回、着陸体勢に入り滑走路に滑り込む。
『スワロー1より各機、オーバーヘッドアプローチ、カウント3』
「了解」
スワロー1から順に、3秒の間隔を置いて左旋回。スワロー2の次は私の番、緩やかに左に旋回していく。
戦闘速度を保ったまま、着陸直前に敵の攻撃を受けても大丈夫な様に…….
180度旋回、基地を左に見つつ、再び着陸コースに乗るためにまた左旋回。
着陸コースに乗った。フラップは着陸位置に、ギアダウン、ロック。
背中のエアブレーキを立てながら速度を着陸進入速度に調整、約500kt程度で、12度の機首上げを保ったまま高度を下げる。
初めてやり合った敵の精鋭、今までの敵とは全く異なる敵。
けど、私はそれでも、イーグルと空を飛ぶ事が好きだ。
今日の空も楽しかった、そう思うと自然に笑みが溢れてしまう。
「これからもよろしくね、イーグル」
私は無線を切ってそう呟き、滑走路へ滑り込んだ。




