7章第8話 タイムカード
私の視界の全てを、空が覆う。
太陽に手を伸ばせば届きそうな……けど、私と空との間を、ポリカーボネートの風防が隔てている。
当たり前と言えば当たり前、この風防が無ければ、私はここから放り出され、すぐに死んでしまうだろう。
なぜなら私は今、高度約5000mを、音速で飛んでいるのだから。
『空中管制機エターナルより全機、作戦空域まで200マイル。敵機をレーダーで捕捉した。戦闘機が8機、CAPを行っている。スワロー隊は戦闘機を撃墜し、航空優勢を確保、コヨーテ隊と特殊部隊を空の脅威から守れ』
『スワロー・リーダー、了解。スワロー1より各機、聞いてたな?マスターアームオン、敵を叩き落とす』
『スワロー2、了解』
『スワロー4、了解!』
荒鷲に乗る私達が、燕を名乗るとは……と思いながら、無線のスイッチを押して返答する。
「スワロー3、了解」
フィンガーチップ編隊を組み、私の左前方を飛ぶ隊長の命令通り、マスターアームスイッチを入れる。これで私のイーグルは、戦う力を手に入れる。
タイムカードを押すのは中距離AAMだ、編隊を乱さない様に気を付けつつ、兵装選択スイッチでAAM-4B"ダーインスレイヴ"2発を選択する。
AMRAAMの様に誘導されるこのミサイルは、AMRAAMよりも少しだけ大きく、射程も少しだけ長い。ミサイルが大きいので、積める炸薬量も少し多い。
こう言う事1つ1つが、私は楽しい。イーグルを操り、空を飛べるという事が。
戦闘機パイロットになると言った時、私の叔母は「人殺しになるのか」と私を罵った。
私は、それは間違いでは無いとは思ってる。
何しろ超音速での命のやり取りをするのが私達戦闘機パイロットだ。
操縦桿に置かれた私の親指の動きで放たれるミサイルは敵機を破壊し、人差し指の動きで発射される機関砲は相手の翼を噛み砕く。そこでは死人は間違いなく出る。
しかしそれは、私にも言える事だ。敵機が発射するミサイルはいつか私の命と愛機を燃やし、敵機が撃つ機関砲は私の命と愛機を噛み砕く。
そこに憎しみは無い、ただ「生き残る」と言う強い意志と覚悟、技量だけ。
幸いにもまだ私は、敵弾を1弾も浴びた事が無い。この幸運には感謝しているが、だからと言って敵の弾を浴びる覚悟が無いと言えるか?
答えは「No」だ。
そして私はこう言う事を考えるとキリがないと言う結論に辿り着き、可能な限り考えない事にした。
私の身体は今愛機と一体となり、どこまでも続く空を飛んでいる。
戦うのは「守り、生き残る」為。
『エターナルよりスワロー各機、ミサイルの射程に入った』
『了解、スワロー1、レーダーコンタクト。BRAA350 28 14000、ヘッドオン』
空中管制機と隊長機から、敵の情報が次々に送られてくる。
『AAM-4、RDY。発射後ロックオン、合図で撃て』
来た、私は選択していた兵装を確定、直ぐにでも発射可能だ。
安全装置は既に解除、HOTASの導入されている操縦桿のミサイル発射スイッチに親指を掛ける。
そして……
『スワロー1、FOX3』
『スワロー2、FOX3』
並んで飛行するF-15CJがAAM-4を次々と発射、私もコールし、スイッチを押す!
「スワロー3、FOX3!」
カコン、と、注意しても気付けない様な小さな振動を捉える。
2発のAAM-4がエンジントランク下部から外れ、ロケットモーターに点火。
一気に速度を上げるAAM-4が、私たちスワロー隊から2発ずつ、計8発が発射された。
敵はこちらに向かって来ている、レーダー画面上には命中予測時間が表示され、カウントダウンされている。
敵もこちらに向け、中距離AAMを撃ってくる。コックピットを警告音が満たす、「必死にならなければ死ぬ」と、私の愛機が私に呼びかける。
「まだ……ちょっと待ってて……」
再びレーダー画面を見ると、ミサイルまでの着弾予想が残り15秒になる。
「スワロー3、レーダーロック!」
『スワロー1、レーダーロック』
『4、レーダーロック』
『2、レーダーロック!』
レーダーで敵機をロック、瞬時にミサイルにデータが転送され、着弾予想時刻が正確に修正されると、ミサイル自身のレーダーのスイッチが入る。
終末誘導に入った、ロックするレーダーを切り、警告に従って全力で回避機動に移る。
『全機ブレイク!』
スワロー1が叫ぶと同時に、4機のイーグルが一斉に増槽を投棄、バラバラに分かれる。
チャフを撒きつつ、操縦桿を左へ倒し、背面に。操縦桿を引いて降下、位置エネルギーを速度エネルギーに変え、加速しながら離脱する。
世界がひっくり返る、胃が裏返りそうになるのをなんとか堪えながら、私の身体をGが押し潰そうとする。
Gスーツが私の意識を保たせてくれる、この装備に感謝だ。
「くぅっ……」
小さく呼吸をしながら、身体に力を入れる。
空が私の後ろにぐんぐん流れる、雲を通過すると、風防に水滴が付き、流れていく。
操縦桿を引き、機体を引き起こす。
更にチャフをリリース、機体を捻り、今度は高度を上げる。
ミサイルへと鋭角に角度を取り、すんでのところで2発を躱した。
「ふぅ……」
『スワロー各機、こちらエターナル。スプラッシュ6、残りの2機が突っ込んでくる』
『了解、ライブラリ照合……敵機種確定、Mig-29』
『交戦を許可する、撃墜し、航空優勢を確保せよ』
隊長機のスワロー1と空中管制機の指示が飛んでくる、ここで航空優勢を確保しないと、砦を確保する特殊部隊が危ない。
高度を上げて水平飛行へ、味方編隊と合流する。
AAM-4の遠距離交戦能力と発射後ロックオンにより、こちらの損害はゼロだった。
命中はおろか、破片を食らった機体も居ない。
しかし、発射後ロックオンであの速度、あの機動のAAM-4を躱すとは……
『スワロー1より各機へ、敵はかなりの腕前を持ってる、気を抜かずに当たれ』
「了解」
そうしている間にも、敵との距離は音速の2倍ほどで近付いてくる。
そして______一瞬で交差した。
「敵機と交差!スワロー3、交戦する!」
『スワロー2、交戦!』
『スワロー3、こちら4。バックアップに入る』
『スワロー2、こちらスワロー1、バックアップに入るぞ!』
スワロー3と2が急旋回、交戦に入ると同時に、スワロー1と4がそれぞれバックアップに入る。
急旋回でまたGが掛かるけど、下腹に力を入れる事で堪えた。
Mig-29は機動性がとても高い、私はクルビットやコブラなど、イーグルが不利となる機動を取られる前に勝負を付けなければ、と思った。
右回りの急旋回を続ける私と敵、互いの尻尾を追いかけるようにぐるぐると回る、だから"ドッグファイト"。
私は先に操縦桿を右に倒す、エルロン操作で右へと270度のロールを打った私のイーグルは、今度は左旋回へ入る。ここで少しだけスロットルを絞った。
敵も当然付いてくる、けど、Mig-29は少し戸惑ったのかロールが遅く、降下した分の運動エネルギーが加わり、旋回する私を追い抜く様に私の下、左側を飛んでいる。
操縦桿を更に左に倒し、Migの背後にピタリと張り付く。
HUDのサークルとボックスを重ねる、私の耳元で鳴るミサイルロックの音、しかしこの音は「私がミサイルをロックした」という証拠だ。
「スワロー3、FOX2!」
操縦桿のボタンを押す、翼の下から躍り出たAAM-3Bがロケットモーターに点火された。
AAM-3Bはあっという間にマッハ2.5にまで加速、機動力がいくらF-15に優っていたとしても、ミサイルを振り切る機動と、それが出来るパイロットの勇気が必要だ。
目の前のMigは、それのどれかが少しだけ欠けていたんだろう。
私の放ったAAM-3Bが、敵のMig-29のエンジンのテールパイプを吹き飛ばした。
破片を浴びないように距離を取る、Mig-29を見送る様に視線を巡らすと、機体の後部半分が吹き飛ばされていた。
そのまま空中で何度か爆発を繰り返すと、パイロットが射出座席で脱出した直後に爆散した。
「スワロー3、スプラッシュ2」
『こちらスワロー2、同じくスプラッシュ2だ』
『よくやった、4機は2機編隊に分かれ、空中哨戒待機に入れ』
『了解』
「了解』
4機のイーグルは2機ずつの編隊に分かれ、遥か下方に見える砦の上空で、空中哨戒待機に入るべく、ブレイクした。
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スワロー隊から遅れる事30秒
同地 上空4500ft
『状況を』
『コヨーテ2、敵防空網確認、SAMは8基が輪形に展開している』
『了解、敵の地対空ミサイルに落とされるなよ』
6機のF-2Jと、2機のEA-18Gが目標の要塞に一直線に飛んでいく。
ヨルジア空軍第227戦闘飛行隊、"コヨーテ隊"。
コヨーテ隊はF-2Jを装備して、敵防空網制圧任務を行う、言わば「ワイルド・ウィーゼル」である。
コヨーテ1のパイロットは低空を飛びながら、冷静に期待を操って敵の防空網へと接近していた。
実はコヨーテ1のパイロット、元々のポジションはコヨーテ2だった。
しかしコヨーテ1のパイロットが撃墜され、脱出したはいいものの見つかっておらず、繰り上がって編隊長になっている。
『まだ編隊長になって日が浅いのに従ってくれて感謝するぜ皆。2機編隊に分かれて敵の地対空ミサイルを潰せ!』
『『『Roger』』』
『全機ブレイク!』
ブレイクコールと同時に、6機のF-2Jが2機編隊に分かれ、それぞれの目標に向かって行く。
『クロウ1、MusicStart』
追従するEA-18Gグラウラーが、ECMで敵地対空ミサイルのレーダーを妨害しながら高度を上げる。
コヨーテ1も高度を上げ、ワザとレーダーで目立つ様に飛び始める。
すると即座にミサイルのレーダーがコヨーテ1を捉え、けたたましい警報をコックピットが満たした。
レーダーには敵のミサイルが表示される、それも同時に4つだ。
『Fuck!You gotta be shittin' me!(冗談キツいぜ!)』
チャフを巻きつつ急旋回、ミサイルを躱そうと必死の機動を続ける。
無機質なミサイルの機動は徐々にコヨーテ1に迫り、コヨーテ1も躱す事を考えながら、SAMのレーダーを引きつける様に機動する。
『コヨーテ2、Magnum』
僚機がマグナムをコール、搭載していたAGM-88E AARGMを発射した合図だ。
再びチャフを撒く、ミサイルの1発はチャフに騙され、ロックが外れる。
今度は降下、敵のミサイルもコヨーテ1について来る。地面がぐんぐん迫り、ギリギリで引き起こし、グッとGがパイロットの身体を押し潰さんばかりに締め付け、シートベルトが身体に食い込む。
ミサイルが地面に突っ込み、クレーターを穿つ。残り2発。
右は旋回しつつ、失った高度を取り戻す。同時にパイロットは増槽投棄スイッチを押し、2本の増槽を棄てた。
ミサイルの内の1発が増槽に命中、残りが1発だ。
「ぐぬぬ……!」
操縦桿を引き、倒す様に力を込める。センサー感圧式の操縦桿はあまり動かないが、確実に機体に動きを伝えてくれる。
再びチャフ、左へバレルロールしつつ旋回すると、ロケットモーターの燃料燃焼が止まったミサイルが急旋回でエネルギーを失い、目標から逸れていった。
安心したのも束の間、第2波のミサイル警報がコックピットで耳障りな音を立てる。
しかし、これはすぐに収まった。
コヨーテ2のAGM-88Eが、敵SAMに命中して破壊、誘導レーダーを失い失明したミサイルは、煙を引きながら明後日の方向へ飛んで行く。
『コヨーテ2、目標破壊!』
『ナイスキル』
この様に、目標の捜索と囮を兼ねる"ハンター"役と、目標の撃破を担う"キラー"役、ワイルドウィーゼルの仕事には、このチームワークが欠かせない。
『コヨーテ2、ハンターアイハブ』
『了解、任せろ』
コヨーテ1は高度を下げ、コヨーテ2は増槽を投棄して高度を上げる。
コヨーテ2の囮を目掛けてSAMが発射され、ASQ-213 HTSの"目"が敵のSAMの位置を特定する。
その位置情報は搭載してAGM-88E AARGMに送られ、ミサイルのシーカーがそれを記憶する。
『コヨーテ1、Magnum』
ミサイル発射スイッチを押す、機体から高速対レーダーミサイルが離れてロケットブースターに点火、白煙を曳いてあっという間に見えなくなる。
ミサイルはマッハ4にまで到達し、50km先の地対空ミサイルを破壊した。
これはまだ、作戦の序盤に過ぎない。
何しろコヨーテ隊は、砦を守る地対空ミサイルの全てに喧嘩を売る。そして、勝たなければならないのだ。
ワイルドウィーゼル達は、今日も元気に地対空ミサイルを破壊する。




