7章第6話 雷鳴止み、荒鷲墜つ。
リドリス北部上空
飛行禁止空域
リドリス北部から北西部上空にかけて、連合軍が設定した飛行禁止空域が広がっている。
何の線引きもなく広がる青空に、レーダーという目が光って敵を監視している。
そんな飛行禁止空域だが、毎日のように戦闘機が飛んでいた。
鋭く長い機首に灰色の制空迷彩、広い主翼はテニスコートのように広く、轟かせるジェット音がエンジンの力強さを物語る。
垂直尾翼にドラゴンをあしらった、"世界最強のワシ"。
F-15CJ"イーグル"、この戦闘機の名前だ。
登場以来、敵の戦闘機を空から追い落とす事を目的としている空の王者だ。
ヨルジア空軍第306戦闘飛行隊、ケノランド空軍基地に所属する飛行隊でコールサインは"ドラゴン"。
『寸前で帰国延期になりやがって……』
ドラゴン2がボヤく、彼の言う通り、帰国申請をしていた数人の帰国が取りやめになり、本国から増援が送られてくる事になったのだ。
『どれもこれも核が悪い。あんな場所で核兵器が見つかったんだからな、厳戒態勢にもなるだろ』
『そりゃそうだけどな……帰らないと女房を寂しくさせちまう』
『ケッ、惚気かよ』
ドラゴン2は結婚しており、帰国したがっていたのはその為だ。
しかし山間部のテロ組織の弾薬庫で見つかった核兵器のせいで、状況は一変する。何しろ見つけた第2空挺旅団の話では、まだ核は存在すると言うのだ。
ヨルジア連邦情報局や各国諜報部隊の協力の結果、流出したと思われる核はB61が12発、B83が8発、W87が2発、W88が1発だと言う。
23発の核弾頭が世界に放たれており、所在不明となっている。
特殊部隊は今、その核弾頭の捜索に駆り出されて凄まじく多忙になっているらしい。
『今日はラベリア空軍が付いてるのか、よろしく頼むぜ』
『ルーラー・リーダーよりドラゴン・リーダー、こちらこそよろしくな』
F-15CJの飛ぶ更に上空、少し後ろにちらりと目をやると、F-35の4機編隊が飛んでいる。流石に肉眼だと見え辛いが、確実にそこにいるのがデータリンクを介したレーダーに表示されている。
2015年現在で最新鋭の第5世代ジェット戦闘機が直掩につき、周辺を警戒するE-767AWACS"エターナル"からの情報も共有している。
飛行禁止空域のレーダーはクリアであり、不明機の存在は見えない。
『エターナルより哨戒各機、現在空域に異常無し。引き続き哨戒を続行せよ』
『Roger』
ドラゴン隊各機は返答すると、所定のポイントで左に旋回、揃った動きで旋回するのは空軍のパイロットの練度の高さを物語っている。
翼の下で鈍く光を跳ね返すミサイルの塗装は白、もちろん実弾である。
AIM-120とともに導入され、搭載機によって使い分けられている4発のAAM-4"ダーインスレイヴ"中距離空対空ミサイルがエンジントランク下部に取り付けられている。
翼の下のハードポイントには、カナード翼に切り欠きの入ったヨルジア初の国産短距離空対空ミサイル、AAM-3"シルバーアロー"が4発装備され、中距離と短距離どちらでも対応出来る機体となっている。
その上空をF-35Aが追従するように旋回、上空からこの4機を見守ってくれる。
旋回を終えた直後、再びエターナルから通信が入った。
『前言撤回する、不明機の5機が飛行禁止空域に侵入した。不明機編隊のコース、0-3-0から3-0-0、速度400ノット、距離72マイル。至急迎撃に向かい、インターセプトせよ』
『ドラゴン・リーダー、Roger』
『ルーラー・リーダー、Roger』
パイロット達はそれを聞くや否やスロットルを全開にし、操縦桿を操って不明機の方に機首を向ける。
背中の方で2基のターボファンエンジンが凄まじいパワーで唸り、ミリタリー推力の最速で不明機の方に向かっていく。
青い空が高速で後ろに流れ、新たな空を機首と主翼が切り裂いていく。
『最も大きな反応は恐らく爆撃機か輸送機、周囲の4つの小さな反応は護衛機だろう。……4機が旋回、そちらに向かった、ターゲット増速中、気を抜くな』
『Roger、ヘッドオン、迎撃する。各機マスターアーム・オン』
不明機の正面からぶつかるコースを取り、雲が多くなってきた空を突き進む。
マスターアームスイッチをONに、ミサイルの自己診断プログラムを走らせ、交戦に備える。
不明機との距離がだんだん詰まって来たと思ったその時。
『警告、敵機ミサイル発射。ブレイク!ブレイク!』
不明機が中距離空対空ミサイルを発射して来た、敵は相当訓練されているらしい。
空中戦のプロセスといえば、まず真っ先に長/中距離空対空ミサイルによって敵を攻撃、遠距離で敵を撃破する事だ。
ヘッドセットの中から煩い警告音、レーダー画面を見ると、1機に対し2発ずつの中距離空対空ミサイルが飛んで来ている事になる。
『エターナルより各機、Cleard for engage』
『Roger、ドラゴン1より全機、ブレイク、ナウ!』
一斉に散開、チャフを散布しつつ旋回に入る。身体が座席に押し付けられ、ミシミシと身体が悲鳴をあげる。
意識まで持っていかれそうになるが、実戦でも訓練でも経験した事だ、最早慣れた。
もうすぐミサイルと交差する、レーダーに軽く目を落とすと、ミサイルを示す光点が凄まじい速さで近づき______
交差。
『ドラゴン3が喰われた!』
エターナルの通信士が叫ぶ、3番機がやられた。
『くそッ!』
激情に駆られぬ様に一瞬で吐き出し、思考を冷静に保ち機体を振り回す。
ドラゴン3以外はミサイルを回避、目標を見失ったミサイルはどこかへ飛び去っていった。
『編隊を再編成、反撃する!』
IFFに応答のない不明機のレーダー表示は"UNKNOWN"から既に"ENEMY"へと切り替わり、赤く表示されている。
編隊を組み直す為に集合、旋回する。
視線をやると、ドラゴン3が爆散した黒煙が見えた。
『ドラゴン1より各機、誰かドラゴン3のベイルアウトを見たか?』
『こちらドラゴン2、確認していません』
『ドラゴン4、こちらも未確認です』
脱出を確認していないか、見えなかったか……
感傷に浸っている暇はない、敵との距離はもうそんなに離れて居ない。
『ドラゴン・リーダーよりルーラー・リーダー、不明機を頼んだ』
『Roger。ルーラー3、4、不明大型機の迎撃に向かえ』
『Roger、ルーラー4、行くぞ』
レーダー表示では、2機のF-35Aがアフターバーナーを全開にして不明大型機に向かって行く。
『敵は高度を下げた、注意しろ!』
敵の高度が下がっている、下から襲ってくるか。
『くそッ、敵はどこに居……』
下を見ようとしたその瞬間、下方から光のラインが伸びる。
機関砲の曳光弾だ、と思った次の瞬間、光のラインはドラゴン4を貫き、火に包まれた。
ドラゴン4は小さな爆発を繰り返しながら機首が折れ、パイロットがベイルアウトした直後に爆散した。
『ドラゴン4、ロスト!』
『下だ!』
ドラゴン2がそう叫んだ瞬間、下から機関砲の曳光弾が伸びてくる。
操縦桿を倒して間一髪で躱し、ブレイク。
2番機との間を高速で上昇し飛び抜ける影があった。
『発見した!敵はSu-47ベルクト!』
『嘘だろ!?』
先日の弾薬庫強襲の際、レンジャーが見つけたSu-47ベルクト。マリナロス連邦で試作されたが、正式採用はされなかった哀れな航空機。
黒の機体に前進翼、白く塗装されたレドーム。あれほど特徴的な戦闘機もないだろう。
Su-47は恐ろしいほど鋭角に旋回、見回すと計4機のSu-47が2機ずつに分かれて2機がこちらへ、もう2機がF-35の方へ向かっていく。
不味い、避けなきゃ死ぬ。
パイロットは頭ではなく脊髄反射的に操縦桿を倒す、亜音速に加速した機体が左にロールを打ちながら旋回、振り切ろうとするがガッチリ食いついて来て離れない。
『ルーラー2!被弾した!』
ヘッドセットから悲鳴の様な声が聞こえてくる、ラベリア空軍のF-35Aが火を吹き、パイロットがベイルアウトした直後に機体は爆散した。
ちらりとそちらに目をやると、前進翼の恐ろしい機体の機関砲の光条がこちらに伸びてくる。
喉が干上がる、右へ旋回、ロールして降下する。位置エネルギーを運動エネルギーに変えて振り切ろうとする、速度はすでに音速だ、敵はそれに難なく食いついてくる。
振り切ろうと操縦桿を握り操り、機体を振り回す。
と、目の前を影が横切る。そちらに視線をやると、灰色の機体を黒い機体2機が追いかけていた。ラベリア空軍のF-35Aだ。
『こちらルーラー・リーダー!敵が背後に!』
援護に行ける状況では無いが、俺が行かなければやられる。
レーダー上の位置では、ドラゴン2は行けそうにない。
『援護する……!』
操縦桿を倒し引く、Su-47は付いてくるが、相手の狙いを逸らしながら上昇、アフターバーナー全開にする。
F-35Aを追っているSu-47に機関砲ピパーを合わせる、射線上にF-35Aが重ならない様にだ。
引き離す様にトリガーを引くと主翼付け根のM61A1バルカン砲から一筋の光条が伸び、Su-47とF-35の間を割る。
Su-47は狙われていることに気付いたのかF-35から離れて旋回していく。
一息ついた瞬間、自らを追っていたSu-47が放った機関砲がコックピット付近を突き抜けた。
『やべっ!』
慌てて旋回、この空は混戦状態となっている。
ともかく撤退しなければ……そう思った矢先、1機のF-15が視界の端に飛び込んでくる。
ドラゴン2だ、こちらまで来ていたのか。
ドラゴン2はSu-47の背後を取り、ミサイル発射位置に付いていた。
『ドラゴン2、Fox____』
コールし、ドラゴン2のF-15CJがミサイルを発射しようとした瞬間、Su-47が機首を急激に上に向けた。
そしてそのまま減速、高度を変えずにクルリと空中で1回転しF-15から背後を取り返してしまう。
クルビットだ……あれが出来るパイロットは練度がかなり高い。
そう思っている間にSu-47は無情にもミサイルを発射、ドラゴン2のF-15は短距離ミサイルに貫かれてしまった。
ベイルアウトは確認していない。
『ドラゴン2……!』
ドラゴン2が目の前で撃ち落とされるのを見た瞬間、自分にも凄まじい衝撃が襲いかかって来た。
機関砲に被弾したのだ、左翼の真ん中辺りを機関砲弾が走る様に貫通し弾痕が穿たれている。
『くそッ……!』
再び旋回、Su-47は当然ながらまだ後方にいる。
一瞬ですれ違ったF-35がまた爆散した、ルーラー・リーダーだ。
とうとう全滅、俺はこの空戦で1人になってしまった。
『あぁ……』
思考が絶望に支配される、その思考ごと、ドラゴン1のパイロットは空中で焼かれ、散った。
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『ヴァローナ1より各機、状況終了。敵機全滅を確認』
落ち着いた声のパイロットが話す、先程F-15とF-35を屠ったSu-47のパイロットだ。
その通信を受け取ったのは、また別のパイロットだった。
『グレイ1より各機、仕上げに入る』
そう返答したパイロットが目を付けたのは、大型の反応に向かってくる奴らだった。
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『ルーラー3!あれは爆撃機かもしれない!』
『飛行ルートは禁止空域を横切ってるだけ……けど護衛が居るとなると、爆撃機でも何かを運んで居るという感じかな』
2機のF-35Aが更新しながら、大きな反応のある方へと飛んでいく。
しかしこちらにも、雲の中を忍び寄る影があった。
コックピットの中を唐突に満たす警告音、慌てて辺りを見回すが、何も見えない。
レーダー警報、敵のレーダー誘導ミサイルだろう。しかし姿が見えない。
『ブレイク!ブレイク!』
2機のF-35は編隊を解き、バラバラになって逃げるが、ルーラー4が捕まった。
なんと俺達が飛んできた方向____後方から無数のミサイルが飛来したのだ。
『チャフリリース!』
チャフを散布しつつ急激な回避行動を取る、1発目を躱し、2発目は躱したミサイルが近距離で爆発したが大したダメージではなさそうだ。
しかし続いて飛来した3発目がルーラー4の主翼を突き破り、バランスを崩して空中に"投げ出された"F-35の残骸にもう1発のミサイルが命中した。
『ッ____!』
ルーラー4の名前を叫んだつもりが、喉が干上がって声が出ない。
回避機動を続けるが、直後に襲いかかった4発のR77が命中、2機のF-35Aは目標到達前に空の塵と化した。
『______味方反応、全滅を確認』
AWACSのオペレーターは、震える声で誰にも届かない通信を送信するだけだった。
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『グレイ・リーダーより全機、障害排除。護衛を継続する。』
『了解』
グレイ・リーダーと名乗ったパイロットの乗り込む機体が雲から姿を現わす。
全体的にのっぺりしたシルエット、キツく角度のついた垂直尾翼。平べったく縦に長い胴体に、後退角の強い"クリップド・デルタ"の翼。
その翼には濃い灰色の制空迷彩が描かれていた。
Su-57、T-50 PAK-FAの完全系と呼べる、旧東側陣営最新の戦闘機である。
4機のSu-57は雲から出ると、先程のSu-47と合流し、北へ向かう。
再びランデブー・ポイントに到着すると、迎えたのはAn-124だった。
『ギガント1よりグレイ、ヴァローナ。よくやった、引き続き護衛を頼む』
『グレイ・リーダー、了解』
『ヴァローナ・リーダー、了解』
ギガントのコールサインを持つAn-124ルスラーン、そのカーゴハッチには黄色い核のマークが花咲いていた。




