ひとごろし
洞窟を出てから数日。メジャーの追跡をかいくぐり、わたしたちは本土へ渡る手段を探していた。身重の波はやがて歩けなくなってしまう。それまでに少しでも暖かな場所へと辿り着きたかった。
歩きやすい広い道には当然網が張られおり、わたしたちは険しい山道を選ばざるを得ず、思うように距離を稼げずにいた。ただ疲労だけが蓄積されていく。非力な女二人、体力の限界はすぐにやってきた。山を降りて平野に出ることを余儀なくされた。敵の思うつぼなのは分かっている。それでもそれ以外の選択肢はなかった。わたしたちはフェンスを越えて山岳道路へと降りた。幹線道路だというのに落ち葉が積もってひどく寂れた雰囲気だ。今はどこの道路も似たようなものだと言う。険しさを距離で稼ぐうねった道を歩き出す。カーブの外側のガードレール越しにふもとの街並みが灰色に広がっていた。
それから半日ほど歩いただろうか。波は崩れるようにその場にしゃがみこんでしまった。
「ごめんなさい……先生」
ガードレールにもたれながら、波はすまなさそうな顔をした。
「いいのよ、少し休みましょう」
わたしも並んで腰を下ろす。
山道よりマシとはいえど歩き通しだ。身重の波に無理をさせている自分に腹が立った。自らの心の深層を疑い暗澹たる気持ちになった。ここまでしてわたしたちはどこへ向かっているんだろう。いっそこのまま。悪魔が弱った心に忍び込む。
「ねぇ、波。もうここで――」
その時だった。
キーン!!!
鋭い銃声が雑木のあいだにこだまし、弾丸がアスファルトを穿った。着弾はつま先のほんの15センチ先だった。わたしは跳ね起きた。
「波ッ!!」
波の手首を掴んで引き起こす。疲れきって力の入らない波の身体はぐにゃりとしてひどく重かった。波を背中に隠しながら敵の姿を探す。敵は簡単に見つかる。銃を構えた男は堂々とわたしたちに向かって進んできた。
「ええ、見つけました。これから確保します」
男はトランシーバーで仲間と連絡を取りながら近づいてくる。女二人と侮ってか、その表情は余裕だった。
「人間の方は必要ないんですね? 了解、射殺します」
通信を切ると男は肩に下げていた小銃を構えなおした。
「その“ネコミミ”を渡してもらおうか?」
「………………」
背中で波がわたしのシャツを握り締める。指が震えているのが分かる。
「仕方がない」
男はどこか愉悦の滲んだわざとらしいため息をついた。そして銃口をぴたりとわたしの頭に向けた。
「うわああああああっっ!!」
ガーン!!!
「え……な、なんで……銃なんか持って……!?」
男は驚きに目を見開きながら膝から崩れ落ちた。アスファルトに赤黒い血溜まりが広がっていく。
「はぁっ……はぁっ……はぁ!」
発砲のショックが全身を波打たせる。ひざがガクガク震えて、立っているのが精一杯だった。
――わたしは二度めの殺人を犯したのだ。
「!?」
背中に波が抱きついた。波の震えがダイレクトに伝わってくる。
「だめッ!!」
反射的にわたしは波を振りほどいてしまう。
「せ、先生?」
波はまるで分からないという顔をしていた。わたしは、わたしの手は……
ガーン!!!
再び銃声が響き、灼熱が身体を貫いて視界が真っ赤になった。
「う……ぐっ……?」
よろよろと足が勝手に進む。ガードレールに身体がぶつかる。その瞬間わたしの世界は天地を失った。
「きゃあああああっっ!!!」
波の悲鳴が頭上から聞こえた。