最後の願い
「波は妊娠しています」
「ええ。父親はもちろん伊勢谷くん。あなたにとっては残酷な事実でしょう。でも……これは天よりヒトに垂らされた一縷の希望ではないかとわたしには思えるのです」
「最初はとても信じられなかった。あなたも知っての通り本来ならDOTESの感染者は生殖能力を失います。おまけに波は母になるにはあまりに幼すぎた」
「けれど波が身籠もったのは揺るぎない現実です。しかもその新しい生命は末期状態にあった波を回復せしめるほどの影響を母体に及ぼしている。この事実は伊勢谷くんやフェイから取り出した抗体と同じくDOTESの治療にどれだけの進歩をもたらすか」
「わたしはこれを処女懐胎に比する奇蹟とすら考えています。波は新世界の聖母となるかもしれない。なぜこの世界にDOTESが放たれたのか? きっと彼女とお腹の子がその答えを教えてくれるに違いない。意地悪な神のばら撒いたジグソーパズルを完成させて突っ返してやりたい――ごめんなさい。わたしは少しおかしくなっているかもしれない」
「どれもこれも瑣末なことです。建前です。望みはただひとつ。アリス、波を護ってください。わたしはあの子の半身だった海を奪ってしまった。あの子はきっとわたしを赦してくれないでしょう。それでも……わたしはあの子を愛してる。今のわたしにはもうあの子だけ。あなたに頼むのは残酷すぎることは分かってる。だけど最後のお願いです」
「アリス、世界を護って」