波
岩屋の天井の裂け目から差し込む光に目を細める。少しまどろんでしまっていたようだ。腕時計を見るともう夜が明けている時間だった。眠っていたのは二時間ほどか。
「……先生?」
「えっ?」
すぐ傍に波がいた。
「波……わたしが分かるの?」
きょとんとした顔はしていたがわたしの問いかけに波は頷いた。わたしは急いで身体を起こし波の診察を始めた。
「先生……ここどこ?」
脈を取られながら波はきょろきょろと周りを見渡していた。目が覚めたらこんな薄暗い岩場なのだから無理もない。
「波、あなた……どこまで思い出せるの?」
「……ナミ、お熱出した。すっごくすごく苦しかったの」
「それから?」
波は首を振る。
「そう……」
「あ! そうだ! ウミがお傍にいてくれたの!」
自らの半身である海の名。口にするだけで波の表情は輝いた。だけど……
「ねぇ……先生。ウミは? ウミはどこ?」
「………………」
咄嗟に言葉が出てこない。
「んっと、ノーマにも会いたいの、それとそれと……ジャックも~!」
「……ジャック」
「あ、いけない。フェイのこと、忘れてたよ! 内緒だよ、フェイはすぐ怒るからなぁ」
「あ……あのね、みんなはね……」
「いないの?」
「……うん」
「どうして?」
「……………」
心が軋む。
「……どこ行っちゃったの? 波のこと、嫌いになっちゃたの?」
「ちがう、ちがうよ……」
「……波、悪いことしちゃったのかなぁ?」
「ちがうってば……」
「……う…うう」
大きな瞳にみるみる涙が満ちる。
「うわぁーん!!」
何も言葉にしてないのに何もかも伝わってしまう。
「ねぇ……波……泣かないで」
そう哀願するわたしの声だって震えている。
「お願い……お願いだから……」
ただ……ただわたしには波を抱きしめることしか出来なかった。
わたしたちは長いあいだ、泣いた――
「先生……」
わたしの胸に顔を埋めたまま、波はわたしを呼んだ。
「もうわたし……先生じゃないんだよ。アリスでいいよ」
「ううん、先生は先生だよ……だからアリス先生」
「そっか……」
「あのね……アリス先生も波を置いて行っちゃう?」
「波……行かないよ……」
大切な人たちに置いてけぼりにされる悲しみは分かっているつもりだ。
「ありがとう……先生」
波はわたしのシャツをぎゅっと握り締めた。
「あとね、あとね……先生」
「どうしたの?」
「波の身体、さっきからおかしいの……」
「………!」
波の身体に起きている異変。わたしはその答えを知っている。心がフクザツに歪むのが分かった。
「波の中に誰か……いるみたいなの」
それがノーマから託された使命。彼女の隠した最後の秘密。
――そしてわたしは、どんなことがあっても波を、そしてこの子に宿る優作の子を護る。