WHAT A WONDERFUL WORLD
「世界なんてどうでもよかったんだ」
そこでふたりは背中合わせに座っていた。わたしは彼の広い背に身体を預けながら語りかける。
「わたしにはあの小さな診療所こそ何より大切なものだった。あなたがいて、ノーマがいて、フェイや双子たちがいた。あの幸福な日々がずっと続くのならフェンスの外の世界なんてどうなったって構わなかった。わたしはあの診療所で世界の終わりを見届けるつもりだった。なのにあなたは世界へその身を焼べた。英雄の血は誰にでも流れているわけじゃない。わたしはあなたのように世界を愛せない。それでもあなたはわたしに戦えと言った。その結果残るものはあなたのいなくなったひとりぼっちの世界だっていうのに」
彼は黙ってわたしの話に耳を傾けていた。
「そうずっと思ってた。あなたに会ったらきっと文句を言ってやろうと思ってた。耳を引っ張って、尻尾を踏んづけて、懲らしめてやろうって」
ふふん、と彼は鼻を鳴らし肩を竦めた。
「それなのにあのときわたしは泣いてしまった。絶対に分かってやるもんかって思っていたのにあなたがこの世界を護りたがった理由が分かってしまった」
「ありがとう」
彼が何について礼を言ったのかはどうでもよかった。ただその言葉だけで全てが報われたような気になれた。
「君を巻き添えにしてしまったね。俺のわがままで君をツバメにしてしまったんだ」
「幸福の王子?」
「ああ」
「ううん。いいんだよ、ツバメは王子を愛していたんだから」
「王子だってそうさ」
「ねぇ優作、これでよかったのかな?」
「さぁどうだろうな。俺にも分からない。きっと誰にも……」
「……そっか」
「でも君はもう迷うことはない。さぁお行き、アリス。まだツバメは暖かなところへと飛べる。結末を変えるんだ」
優作の大きな手がわたしの手に重なる。温かさが流れ込みわたしを満たす。
「アリス、君を愛してる。俺には君こそ世界そのものだった……」
「ゆうさ――」
振り返るよりも早く、もたれていた背中が不意に消えてわたしは仰向けに倒れ込んだ。目の前には空が広がり雲が流れていた。その雲の往く果てへと彼は帰ったのだ。そしてもう二度と戻ることはない。わたしは恋の終わりを知る。
これから生まれてくる子供たちもわたしたちのように恋をする。それだけで世界は続く価値がある。そうでしょう、優作?
わたしは濡れた頬を手の甲でごしごしとぬぐった。そしてその辺りに転がっているはずの杖を手探りする。びっこのわたしはあれなしじゃ立つことも出来ないんだから。
一面に広がるラベンダー畑の中にわたしは立っていた。風を染める紫の花の匂いを大きく吸い込む。そして杖を突き、前へ。
「行かなくちゃ」
――あなたが守りたかった、この素晴らしい世界を守るために。
「ねぇ見てる、優作?」
わたしは空を見上げる。




