第5話 自己チュードラゴン
Pi Pi Pi Pi・・・
アラームの音がする。
なんだか、凄い夢を見てた気がする。
お風呂の壁からイケメン王子様が出てきて、しかもドラゴンに変身しちゃうってやつ。
今時、そんなふざけたB級映画、誰が見るかっつーの。
「う~ん・・・」
伸びをしたところで、私は異変に気が付いた。
そして、自分で後悔する。
もっと早くに気付くべきだったと・・・
昨日は、天野くんと外食し、バイトも休みだったのでそのまま帰った。
歩き回るテレビを座らせ、なんとなく見てたのだが、会話も無い上に気まずいことこの上ない。
「ねぇ、なんたら国には帰れないの?」
「無理」
「なんでよ?」
「なんでかな」
会話終了。
沈黙が辛い・・・
「ね、ねぇ。あのお金、どうしたの?あんなにいっぱい・・・」
「あぁ、あれ?兄貴がくれた。こんだけあれば足りるだろっつって。足りるか?」
「足りる足りる!あれなら部屋借りて一人で住めるよ?」
「・・・へぇ。俺を追い出す気なんだ?」
スーっと瞳が細くなった。
あ、なんかまずい。
本能的に危険な状況だと悟り、私は慌てて弁解をする。
「だだだって、その方が女の子たち呼べるし。なにより自由だし」
「めんどくさい」
・・・なにが?
あなた、女の子探してませんでしたっけ?
昨日、よろしくやってきたんじゃなくて?
様々な疑問が脳内を駆け巡り・・・・行き過ぎる。
「・・・じゃあ、いつまでいるつもりよ?」
私の問いに、天野くんは「さあ」とだけ言って、後は黙ってしまった。
自由過ぎる・・・!
怒ったところで、どうしょうもない。
怒らせてもめちゃ恐いし。
私は長いため息を吐き出すと、ソファーに背を預け、ケータイを見た。と、
「ちょっと、貸せ」
いきなり、ケータイを引ったくられた。
天野くんは、私のスマホをなにやらいじっている。
「ちょっと!返してよ!」
「まだこんなの使ってんだ?何時代だよ」
な、何時代って・・・これ、最新のヤツなんですけど・・・
「これ、電話だろ?博物館で見たことある」
博物館?!
どんだけ古いんだ?!
「面白いな。俺も欲しい。買ってきて」
「は?」
「明日、買ってこい」
くそっ・・・また命令された・・・
でも断ったら恐いし・・・
どうやら私には頷くことしか選択肢が無いらしい。
「・・・分かった。でも高いよ?」
「金ならあるって、さっきも言ったろ?」
「そうだけど・・・。どんなのが良いの?」
「お前のと同じので良い」
言うと、天野くんは「風呂」と浴室へ行ってしまった。
ほんとに自分勝手。
私は寝床の準備に取りかかった。
お客様用の布団が有るわけもなく、ソファーに掛け布団だけだけど。
寝るのはもちろん、天野くん。
「あ?」
天野くんがお風呂から出てきた。
どーでもいいけど、上半身裸で下はスウェット、髪は濡れてて、首からタオル・・・って、どんだけセクシーなんじゃい!
しかも身体のあちこちに、何やら怪しげな痣みたいなの・・・ってあれが、キスマークか・・・
天野くんを見れない・・・こっちが恥ずかしいわ・・・
「なに?ここで寝るわけ?」
「あ、当たり前でしょ。ベッドは一つしかないんだし」
「俺は一緒でも良いけど」
「私が良くないの!」
叫んで、つい天野くんを見てしまった。
水に滴る良い男・・・って、バカ、何考えてんだ、私。
「どした?」
天野くんはタオルでガシガシと髪を拭いている。
あぁ、ぼさぼさになった髪もまた素敵・・・ってちがーーう!!
ダメだ。
男の色気ムンムンすぎて、クラクラしてきた。
「どーでも良いけど・・・・・顔、真っ赤だぞ」
「うっさい!早く服着なさい!」
顔をそらして叫ぶ私に対し、天野くんはバカにしたようにくっと笑い、
「こんくらいで何照れてんだ」と、言いつつもシャツをやっと着てくれた。
・・・助かった・・・
あやうく鼻血まで出すとこだった・・・
さて、私もお風呂に入るとしますか。
その時、羽時計が艶かしい声で時刻を告げた。
ア~ン ア~ン ア~ン ア~ン ア~ン ア~ン ア~ン ア~ン ア~ン ア~ン ア~ン イク~!
「あっ・・・天野くん?!」
「あっははは!」
真っ赤になって、改造した本人を見ると、大笑いしていた。
ってゆーか、こいつがこんなに笑ったの初めて見たかも・・・
楽しそうな天野くんを見てたら、なんだか怒る気もどこかへ消え失せて行った。
はぁ~。
私ってば・・・・お人好し、なのかな。
浴室へ行こうと再び振り返った背中に、天野くんの声がかかった。
「真っ赤になって困った顔、可愛いよ」
私は再び耳まで赤くなった。
お風呂から出てみると、天野くんが私のベッドで寝てた。
「しまった!先を越された・・・」
おそらくもう退く気はないだろうと思いつつも、声をかけてみる。
「ねぇ、そこ、私の――――――――」
「却下」
はい。
終了。
くそぅ!あの自己チュードラゴンめ!
つーか、トカゲだ!トカゲに毛の生えたみたいなもんだろ?
変温動物のくせに!!生意気なっ!
心の中で静かに悪態をつき、私はソファーで猫のように丸くなって寝たのだが・・・
今は何故かベッドの中だったりする。
しかも、温かく大きな手が、私の脂肪が有り余っている付近を揉んでいる。
しかも、直に。
胸・・・ならまだしも・・・ってことは無いけど・・・お腹って・・・なんか・・・
揉んでいる本人には自覚がないのか、私を後ろから抱き締めたまま、スースーと寝息を立ててたりする。
それが首筋に当たってくすぐったいことこの上ない。
・・・どーしよ、これ。
こんな状況はまず有り得ない。
どーしてこうなった?!
夢遊病か?私。
などと考えていると、
むにっ
思い切りお腹をつねられた。
・・・痛いんだけど・・・
むにっ
再びつねる。
こいつは・・・まさか・・・
「あ・・・天野くん!いい加減にしてっ!」
手を振りほどき、私は叫ぶとベッドから飛び出した。
「やっぱ、起きてるのバレた?」
クスクスと笑うドラゴン王子。
朝からすっごい爽やかでほんと羨ましい。
「なっ、なんで、私がベッドで、あんたと?!」
「一人じゃ寒かったから。お前、抱いたら柔らかそうだったし。ま、実際、柔らかかったけど」
「!!」
柔らかかった・・・って・・・
「どした?顔、真っ赤」
「うるさい!」
布団をエロ王子の頭にかけ、私は洗面所へと向かった。
布団の中からの悪魔の笑い声を聞きながら・・・
「今日は一日、部屋にいてね?」
簡単な朝食をローテーブルで食べながら、私は天野くんに言った。
二人ともソファーに座らず、カーペットの上に座っている。
「なんで?」と、首をかしげられた。
「また大学についてくる気?」
「ま~な」
頷き、天野くんはトーストをかじった。
どうやら、食べ物はほぼ同じらしい。
「朝のうちにケータイ買いにいくけど・・・」
「そこは行かない」
どうやら、買い物系は苦手らしい。
トーストを食べ終わり、天野くんは「ごちそうさん」と呟いた。
なかなか育ちは良さそうだ。
「美味かった。これ、なに?」
ワケわからんまま食べてたのかいっ!
私は自分のお皿の上のものを指差しつつ、
「え~っと、目玉焼きとベーコンとトースト、だけど・・・」
「ふ~ん。俺の国には無いな」
一体どんなモノを食しているのでしょうか?
聞きたくありません。
聞いたらなんか涙が出そうで・・・
「俺んとこ、この前、紫色した虫―――――――」
「はいはいはいはい。もう結構!」
天野くんは、私の反応が面白いのか、クスクス笑っている。
「やっぱお前、面白いよな」
「・・・天野くんがからかうからでしょ」
顔が熱い。
きっと、真っ赤になってると思う。
天野くんは、私が朝ごはんを食べてる間、その場から動かなかった。
じっと、座り込んだままのテレビのニュースを睨んでいる。
「ここもまだ紛争とかあるんだな・・・」
ぽつりと呟く。どこか寂しそうだった。
「そっちはないの?なんたら国」
「昔は戦争してたらしいけど、ドラゴン族が征服して今は丸く治まってる」
「昔は何族が頂点だったの?」
私の言葉に、天野くんはあからさまに嫌な顔をした。
「・・・そんなの、聞いてどうするんだ?」
「単なる興味本意よ。・・・ダメ?」
「駄目」
はい。
終了。
言いたくないわけね。
きっと、トカゲ族が征服してたんでしょうね。
もう見え見えで、分かりやすすぎます。
どんだけ毛嫌いしてるんでしょう。
同じ爬虫類のくせに。
あれ?爬虫類なら天野くんって・・・
「ねぇ、たまごから産まれたりした?」
「・・・・・お前なぁ、どこからそーいう発想が――――――」
あ、まずいぞ。
天野くんの表情が、段々険しくなってきた。
私が、ドラゴン=爬虫類=たまご という計算式を弾き出したのを見抜いた感じ・・・
「・・・・・・プー、こっちへ来い」
「い・・・イヤです。まだお食事中です」
「へぇ。俺に断れるんだ?いつから偉くなったんだ?」
な・・・なんじゃ、この俺様ぶりはっ?!
どーしたもんか悩んでいると、
「じゃ、こっちから」
立ち上がり、天野くんが近づいてきた。
な、何をされるんだ?!
「躾が必要だな」
それは、ペットに対してでしょう?!
あ、私、あなたのペットだったっけ?
いやいや、人間ですから!
ヒト族ですけど?!
「プー、目閉じろ」
「な、なんで?!」
「イヤなら別に良いけど」
言うと、天野くんは右手を大きく振りかぶった。
叩かれる?!
女を殴るのか?!
あ、私はペットだったっけ?
だから良いのか?
イヤ、良くはないだろ。
DVだ!って付き合ってもないから訴えられない?
などと、頭の中でぐるぐる考えていると
チュッ
音をたて、それは離れた。
えーっと・・・・・・
「ごちそうさん」
頭にポンと手が置かれ、天野くんは着替えに行った。
まだ思考が停止している。
思わぬ反応についていけないようだ。
えーっと・・・・あの唇の感じは・・・・って、もしや、これは・・・・キスされた・・・?!
しかも今のファーストキスなんだけど~~~?!
「え~~~~!!」
私の悲鳴にも似た叫びは、羽時計の艶かしい声と見事に重なったのだった。