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第29話 桑田とバイクとナマ咲希ちゃん ※ザイツァル視点

あと一話くらいザイツァルくん入れます。

 新学期が始まったようで、佐伯から咲希あいつの写メが送られてきた。

 寝ぼけまなこのままメールを開くと、そこには、肩まであった髪をばっさりとショートにし、顎のラインが少しシャープになって可愛さ倍増した咲希がきょとんとした顔をして写っていた。

「これ、ヤバイだろ・・・」

 一気に目が覚めた。

 それと共に身体の中心で自己主張し始めたモノ。

 なんで俺と離れている間にこんなに可愛くなってんだ?

 反則だろ。

 しかも佐伯からのメールの文面、『ナマ咲希ちゃん。羨ましいだろ』。

 羨ましいよ。 

 だから、なんだ?

 ムカついたから『お前らは咲希を見るな』と返信した。

 『変なムシが付かないように監視しとけ』とも。

 しばらくして、『了解』と絵文字つきで返ってきた。

「はぁ~・・・」

 ごろりと仰向けになる。

 咲希を諦めきれない。

 桑田(あいつ)を抱けば、この気持ちも収まるかも・・・と楽観視していたが、それどころか抱くほどに咲希を想っている自分に気付いた。

 桑田は、俺が桑田を愛していないと知っている。

 それでも俺にまとわりついてくるのは、俺の見かけか金か、のどちらかだろう。

 キスもせがまれて、しかも無理矢理奪われたくらいで、俺の方からはした事がない。

 身体だって、あいつがいそいそと嬉しそうに勝手に脱がして勝手にして勝手に果てていた。

 桑田が『半身』だと言うのに、俺の正体はバラしていないし、俺の趣味が機械いじりなんてことも知らない。

 それは俺にも言えることで、桑田(あいつ)のことを色々知りたいとは思わなかった。

 ・・・何なんだろうな。

 顔を洗いに洗面所に行く。

 鏡に映った俺は少し痩せたかも知れない。

 原因は、桑田(あいつ)の料理がくそ不味いから・・・とでもしておこうか。

 付き合い始めのころ、手料理を食べさせてあげると、無理矢理部屋に連れてこられ、無理矢理食べさせられた。

 オムライス・・・だったと思う。が、一口食べて、スプーンを置いて、そのままスプーンは持ち上がらなかった。

 味が異様に濃い・・・

 見た目は咲希が作ったものとあまり変わらないのに・・・それが不思議でじっくりとオムライスを見ていたら、桑田が「どう?自信作なんだけど~?」とにっこりと笑いながら言ってきた。

 この時、お世辞でも言えれば良かったのかもしれないが、俺は素直に「不味い」と(こぼ)していた。

 「俺が作った方がマシ」とまで言ったかもしれない。

 怒り出した桑田は、そこらへんにあるものを俺に投げつけ、わめき散らした。

 俺はなぜか怒る気にもなれず、冷めた頭で「こんなヤツでも鬼のような形相ってするんだな」なんて考えていた。

 それから、飯は専ら外で食べるようにしていたんだが・・・なぜか美味く感じない。

 桑田からの一方通行なおしゃべり。たまに相槌を打つが、ほとんどが右から左に流れていく。

 食事が美味くないから楽しくもない。

 桑田とのデートではあまり食べなくなったものの、時々佐伯に誘われていく居酒屋では食べて飲んで笑った。

「お前ら付き合ってんのか?」

 いつの日だったか佐伯に訊かれ、俺は正直首を捻った。

「あからさまにお前は桑田ちゃんを好きでもないよな?桑田ちゃんは桑田ちゃんで、他に男がいるって~?なにそれ?セフレ?」

「いや、そんなに頻繁にしてねぇし。ヤっても1回」

「・・・なんで付き合ってんの?」

 『半身』だから。

 つーか、ほんとうに『半身』なんだろうか?

 着替えながら、いつかの佐伯の疑問にまた首を捻っていると、ケータイが鳴った。

 メールの送り主は、佐伯。

『授業終わりにボーリングとカラオケ行く。お前も来い。愛しの咲希ちゃんのナマ歌が聴けるぜ』

 ・・・愛しの咲希ちゃんって・・・

 あいつの歌は鼻歌くらいは聞いたことがあったが、確かに耳に心地よかった。

 メールで「了解」と返事をし、佐伯から「また知らせる」と返ってきた。

 薄手のカットソーにジーンズというラフな格好でくつろいでいたら、ケータイが鳴った。表示された名前を見て眉を寄せる。

 桑田由香里。

 無視したいけど、したら後がチョー面倒くせぇ。

「・・・あ?どーした?」

「リュウ?ちょっと、来て」

「はぁ?!なんでお前に命令されなきゃ――――――」

「とにかく!来てよ」

 一方的に切られた。

 ったく。めんどくせー。

 いつまでに来いなんて言われなかったし、昼飯食べてからあいつの部屋に行けば良いか。

 昼飯にはまだ早いが、どっかで美味いコーヒーを飲みたい気分だった。

「あ~、めんどくせーなー」

 俺はジャケットを手に取ると、玄関を出てバイク置き場に向かった。



「おっそ~い!!」

「・・・早く来いなんて言わなかっただろ?」

 桑田の部屋に着くなり、文句を言われた。

「煙草臭ぇんだけど」

「・・・窓開けてくる」

 そそくさと部屋の窓を開け、部屋に消臭スプレーをする。

 いや、俺が来る前にそれをしとけよ。

 つーか、野郎が部屋にいたんなら俺を呼ぶなっつーの。

「で?なんだよ?」

「別れないから」

 突然言われて、思考が追い付かなかった。

「・・・は?」

 間の抜けた声を出すと、

「別れてやらないから!」

 叫ばれた。

「で?」

 ラグの上で胡座(あぐら)をかいたまま、突っ立って片手に消臭スプレーを持った桑田を見上げた。

「それだけ?」

「そっ、それだけって、なによ?!どうでもいいってこと?!」

「ああ」

 俺は素直に頷いた。

「お前が別れたくなったら別れたらいいんじゃねーか?そんなこと言ったって、俺の態度は変わらねぇけど」

「そっちが別れたいんでしょ?!」

 言ってから桑田は口を押さえた。

 言ってはいけないことを口にしたようだった。

 俺はニヤリと笑う。

「へぇ、俺が別れたがってるって思ってたんだ?意外だな~。お前に他の男がいるって分かってて付き合ってやってんのに」

「そっ、それは・・・」

 桑田は視線をさ迷わせた。

「別に俺はお前を何とも想ってないから、お前が誰とナニしようが知ったこっちゃ無い。お前が俺と別れたいなら別れてやっても良いぜ」

 お得意の上から目線で言い放つ。

 たぶん、桑田は俺に嫌がらせをしたいんだろう。

 自分のもとに縛り付けて、俺がふらふらと他所へ行かないようにしたいただの独占欲。

 俺からの愛情は貰えないからと、それを他の男にすがり、たっぷりと頂戴しているんだから、何も文句は言わせない。

「なぁ、お前の中で俺ってなんなんだ?金?」

 桑田はローテーブルにスプレーを置くと、ベッドに腰掛け、重い息を吐いた。

「リュウが・・・好きなの」

 項垂(うなだ)れたまま桑田はポツリと言った。

「すごくかっこよくて、お金もあって、何でも由香里の言うこと聞いてくれて・・・。すごく好きなのに、リュウはいつもどっか遠くを見てるっていうか、心ここにあらずっていうか・・・」

 確かに俺はいつも、桑田(こいつ)と並んでいても咲希のことを想っていたかもしれない。

 桑田はそのまま続ける。

「それを友達に話したらリュウの元カノを教えてくれてね。法学部のある北キャンパスに見に行ったんだけど、フツーの人で・・・。なんで、リュウはあんな人に執着してるのか分からなくて。あの人より由香里のが絶対美人だし可愛いのに!だから取られたくなかった!何としても由香里のモノにしたくて、カレシってだけであの人には(こた)えるかと思ったし・・・あの人もリュウを諦めると思ったし・・・」

「ちょっと、待て。咲希は・・・俺のことなんて――――――」

 桑田は大きなため息をついた。

 ジト目で睨む。

「・・・知らない!別れないから!」

「はぁ?お前、文脈分かってる?意味不明だぜ?」

「リュウのバカっ!!」

 枕がぼすんと頭に当たった。

 またかよ・・・

 内心ため息をつく。

 桑田はよくヒステリーを起こす。

 しかも必ず物に当たる。

 クッションや枕ならまだ良い。

 割れないし、当たっても痛くねぇし。

 ヒートアップするとコップや皿、花瓶なんかも投げる。

「バカっバカっ!!リュウなんて嫌い!どうして由香里を見てくれないの?!サキセンパイよりキレーで可愛いし、身体だって―――――」

「あいつの悪口は許さない」

 凄みのある声で言うと、俺は桑田の枕を持つ両手首を掴んだ。 

 びくりと女の細い肩が跳ねる。

「で、でも、リュウ!由香里となら見た目にもお似合いだし、エッチだって由香里、上手いでしょ?」

「お前が気持ち良いだけだろ?」

 桑田が息を飲んだのが分かった。

「勝手に一人でヤってるって分かってねぇの?だから物足りなくて他に頼るんだろ?」

 桑田は今度はぽろぽろと涙を流し始めた。

 泣いたってダメだ。慰めてなんかやらない。

「お前は俺を好きでも何でもねぇよ。ただ意地になってるだけだ。俺だって、お前を好きになろうと努力はしたぜ?でもやっぱダメだったけど。こればっかりは仕方ねぇよ」

「それって、そのブレスレットのせい?」

 俺の左手首にある青いブレスレットを見て、桑田は口を開いた。

「由香里とお揃いでしょ?何の意味があるのかは分からないけど・・・リュウが気にしてるみたいだったから・・・」

「・・・まぁな。でももう良いんだ。はぁ~・・・なんか色々ぶっちゃけたら疲れたな」

 俺はどさりとベッドに腰かけた。

 桑田は手の甲で涙を拭くと、俺の隣にちょこんと座る。

「・・・どうしてサキセンパイなの?」

 足元を見たまま、桑田が小さな声で伺うように訊いてきた。

「まだ好きなんでしょ?って言うか、由香里と付き合い始めてもずっと好きだったんでしょ?」

「・・・まぁな」

 俺は頷いた。手を頭の後ろで組んだままごろんとベッドに上向きで倒れる。

「なんであいつなのかはわかんねぇけど・・・あいつが良いんだ」

「なら付き合えば良かったのに。意味不明」

「だよな~」

 ほんと。『半身』とか、ブレスレットとかに振り回されて、俺は何をしてたんだろう。

 離れてみてその価値が分かるというか、咲希(あいつ)がかけがえのない存在だと言うことを気づかせてくれた。

「んじゃ、俺、行くから」

「え?由香里たちは・・・どうなるの?」

「別れてもいいし、別れなくてもいいけど。俺はお前を好きになれないぜ?」

 立ち上がって部屋を出ていこうとする俺を、桑田はずっと見ていた。

「お前が決めろよ。じゃあな」

 パタンと玄関の扉を閉めると、思わずため息が漏れた。

 桑田がもしまだ付き合っていたいと言ったとしても、もう体の関係は持たないと決めていた。

 ブレスレットを持っているだけの女にすぎない。

 しかもワープゲートの扉がいつまでたっても開かない。

 咲希(あいつ)のことだから、絶対ワープゲートか開いたら連絡してくるはず。それもないとなると・・・

「桑田は半身じゃない、のか・・・?」

 夕闇が迫る中で、俺は待たせておいたバイクに跨がった。




 適当に夕飯を食べたころ、佐伯からメールが来て、ボーリングとカラオケのあるアミューズメントパークに来いと命令された。

 バイクで移動し、教えられたカラオケルームを探す。

 扉を開けて入ると酒井が何かのアニメの曲を歌っていた。「おせーぞ!」という佐伯の声も聞こえる。

 俺は咲希から目が離せないでいた。

 ふんわりとした雰囲気はそのままに、髪を切って少し大人っぽくなったのか、アイスコーヒーを飲みながら驚いた顔をして俺を見ている。

 あの表情からすると、俺が来ることを知らされてなかったらしい。

 酒井や佐伯が考えそうなことだ。

 あいつらのからかいを適当に促していると、咲希が歌う番になった。

 ケータイを何の気なしに見ながら、ノリのよいイントロを聞く。

 咲希は・・・歌が上手かった。

 本気でマイクを通して歌うとこうも違うのか?

 エコーやらなんやらあるかもしれないが、耳障りのよい澄んだ歌声は聴いていて飽きない。

 もっと聴いていたかったが、すぐに終わってしまった。

 感想を訊かれ「下手ではない」と天の邪鬼なことを言ったら「素直じゃないヤツ!」とはたかれた。

「オレたちにあんなこと頼むなら自分が素直になれば良い話じゃねーか」

「佐伯!」

 あいつの前で言うな!

 俺は慌てて佐伯を捕まえると、部屋から引きずり出した。

「なんだよ、天野。ほんとのことだろーが」

「そうだけど、お前に言われたくねぇ!あいつの前だし・・・」

 佐伯ははぁ~とため息をつくと、「なに?やっと認める気になったわけ?」と訊いてきた。

 訝しげにする俺を佐伯はニヤリと見つめ、

「清原を愛してるってこと」

 と、なぜか人指し指で俺の胸をつんつんする。

「・・・・気持ち悪いぞ。お前」

「ま~たまた。照れちゃって!天野くんてば、かわいい~!」

 女のように身をよじり、佐伯はウフフと笑う。

 ダメだ。こいつに付き合った俺がバカだった・・・

「もういい」

「あ~!待て待て待てって!」

 部屋に入ろうとする俺の肩を、佐伯は掴んだ。

「とにかく!清原にはお前の気持ちを『ちゃんと口で』伝えなきゃダメだぞ?清原は超鈍いんだからな?!」

「・・・了解」

 部屋に戻るなり、佐伯は曲を選び始めた。

 手持ちぶさたな俺はスマホを出して、何の気なしにネットサーフィンをする。

 すると、なぜかまた咲希が歌うことになっていた。

 咲希は遠慮しながらも、佐伯たちに促され渋々マイクを持った。

 ・・・佐伯が選曲したの忘れてた。

 この歌って、俺へのメッセージだよな?

 俺だって、咲希(こいつ)とずっと一緒にいたい。

 咲希が眠るまで、髪を撫でたり肩を抱いたりキスをしていたい。

 スマホを操る手がいつの間にか止まっていた。

 知らずため息を溢した俺に「咲希を送ってくれ」と言葉が降りかかった。

 声をハモらせる俺たちを佐伯と酒井は無理矢理部屋の外に追い出した。

 久しぶりに肩を並べた咲希はやはり小さくて、ほのかに甘い香りがした。

「・・・送ってやる」

 そう言うと、咲希は「よろしくお願いします」と小さく頭を下げた。

 変わり無い咲希に自然とくっと笑いが漏れる。

「ほら、行くぞ」

「・・・うん」

 咲希を連れて駐輪場に行った。

 バイクのライセンスのことなんかを話し、メットを手渡すと「これは喋らないんだ?」と、サドルを撫でていた。

 俺が言う前にバイクのヤツが声を出したから咲希は飛び上がった。

「主人がプータに似た可愛い女がいるって始終言ってたのは、あんたのことだな」

 いきなり暴露しなくても良いだろ?!

 しかもなんでプータの情報知ってんだ?!

 ムカつく!

 ばしっとサドルを叩いたら、バイクのヤツはふっと笑った。

「ニケツするのはあんたが初めてだ。あまり飛ばさないようにするからな。せいぜい主人にくっついとけよ」

「余計なことまで言うな!」

 これ以上喋らすのは俺にとってはマイナスだと思い、バイクに跨がった。

 ジャケットを脱いで、咲希に渡す。

 咲希は何か物凄く言いたそうな顔をしていた。

 おそらく「爬虫類で寒がりなのにダイジョーブ?」とでも思っているんだろう。

 俺の後ろに跨がり、そろそろと腰に手を回してくる。

 ・・・これはこれでヤバいものがある。

「もっとしっかり掴まらないと落ちるぞ」

 そう言うと、背中にピタリとしがみついた。

 その柔らかさ、暖かさに思わず息を吸い込む。

 あ~くそっ!抱き締めたくなったじゃねーか!

 下半身が熱くなってくる。

 俺はそれをごまかすようにエンジンをかけた。

 背中に他人の体温を感じて走るのも悪くなかった。

 冷たい風も咲希が温めてくれるおかげか、全くそうは感じない。

 もっと二人だけでこの時を感じていたかったが、あっという間に咲希のアパートに着いてしまった。

 メットとジャケットを渡される。

 咲希の香りと体温が残るジャケットを着ると、抱き締められているような錯覚に陥った。

 別れがたくて・・・もっと話していたくて、夜空を見上げる。

 月が出ていた。

 ぽつりと溢すと、

「ほんとだ。綺麗」

 うっとりとした声が返ってきた。

 思わず振り向き、短くなった髪を似合ってると言うと、咲希は真っ赤になった。

 まだこんなに純粋な反応をしてるのかと、呆れると共に嬉しくもなる。

 冷蔵庫たちはどうかと訊いてみたのは、咲希と話していたかったからにすぎない。

 みんな寂しいんだねと呟くように言う咲希に、「お前は?」と訊いてしまった。

 バカだな、俺は。

 咲希(こいつ)に何て言って欲しいんだ?

「寂しい」と言われたら、どうするんだ?

 俺はその手を握ることが出来るのか?

 俺の浅はかな期待をよそに、咲希は「みんないるから楽しいよ」とにっこりと笑って見せた。

「・・・そっか」

 作り笑いしやがって・・・

 俺への気遣いか、自分に対しての偽りか・・・

 そうやって笑ってないとやっていけないのかと思うと、心が痛んだ。

 俺が・・・傍にいられたら・・・

 小さく息を吐き出すと、止めていたエンジンを再びかけた。

 これまで、かな。

 そう、思ったその時、

「あっ天野くん!」

 咲希が俺を呼んだ。

 ゆっくりと振り向く。すると、咲希はしどろもどろといった感じで「彼女さん、どうして乗せなかったの?」と訊いてきた。

 一瞬分からなかったが、少し考えてそれがバイクのことだと分かった。

「あいつにはライセンス取ったのも、バイク買ったのも言ってねぇよ」

「えっ?」

 驚く咲希に、俺はバイクから降りてメットを脱いだ。

 真っ直ぐに見つめる。マンションを借りたことを告げると、食事の心配をされた。

 それがなんだか咲希らしくて、自然と咲希の短くなった髪を撫でていた。

 びくりと咲希のちょっと細くなった肩が震える。

「ほんとに短くなったな」

 頷く咲希の顔が赤い。

 そんな顔してると欲しくなってくる。

 緩くうねっている髪を(もてあそ)ぶうちに、視線が気付けば彼女の柔らかな唇へ移動していた。

 彼女の名をよぶと、ふんわりと俺を見上げてくれる。

 暖かな春のような心地好さに自然と笑みも(ほころ)ぶ。

「お前の飯が食べたいよ」

 単なる言い訳にすぎない。

 俺はそう言うと、彼女の花の蕾のような唇に口付けた。

 触れるようなキスのくせに、ビリッと痺れるような感じがした。

 もっと触れたくて彼女に近付くと、「待って!」と押し止められた。

「彼女じゃない人にキスなんかしたら・・・ダメだよ。桑田さんが泣いちゃうよ・・」

「っ!!」

 頭から冷水を浴びせかけられたような錯覚。

 俺は咲希の頬から手を放すと、自身も離れた。

「ごめん」

 謝って、そのままバイクに跨がるとエンジンをかけて走り出した。

 なに、やってんだ。俺は。

 咲希(あいつ)にキスなんかしたりして・・・

 咲希は俺と桑田が好きで付き合ってると思ってる。だから、キスなんかしたら、俺が二股かけてるように思うんだ。

『桑田さんが泣いちゃうよ』

 どこまでお人好しなんだよ。

 自分の方が泣き出しそうな(つら)しやがって。

 咲希が欲しい。

 自覚した強い想いに、胸が苦しい。

 桑田が現れなかったら、あのままの関係で咲希と暮らしていけたのに。

 違う。ブレスレットを理由に、俺が咲希(あいつ)の前から姿を消したんだ。

 のめり込んでしまうのが怖かったから・・・

 一体、俺は何を怖がっていたんだろうか。

 故郷に帰られなくなることか?

 それとも、咲希に溺れてしまうことか?

 それだったら、もう半分は溺れているかもしれない。

「ご主人」

 知らずにため息をついていた俺に、バイクが話しかけてきた。

「さっきの()が本命だろ?下半身、ヤバイことになってなかったか?」

「・・・煩い」

 そりゃサドルに跨がってりゃ、体温が伝わるよな。だからって指摘すんなっつーの!

「このままここでヤるなかと一瞬期待―――――」

「誰がするかっ!」

 走りながら一人で叫んでいる俺は端から見たら変なんだろうが・・・

「法定速度は守らないと、ご主人」

「はいはいはいはい」

 オートブレーキがかかり、いつの間にか上がっていたスピードが落ち着いてくる。

「また咲希ちゃん、乗せてくれよ?」

 バイクの言葉にドキリとしながらも、俺は頷いていた。

「・・・ああ。約束する」



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