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第1話 お風呂の壁からこんにちは

Pi Pi Pi Pi・・・

 ケータイのアラームが鳴っている。

 何度めのスヌーズなんだろ。

 私は布団の中から手だけをだして、ケータイを探す。

 液晶画面には5:55の文字。

 お~。ゾロ目じゃ~ん。

「さて、と…」

 私はパジャマを脱ぎ、ジャージに着替えると外へ出た。

 何をするのかって?

 決まってる。

 このアパートの掃除だ。


 私の父は不動産業を営んでいる

 その父が老後のために、と購入したアパート。その管理―――――――といっても、電灯の付け替えや、ごみの処理、掃除くらいなのだが―――――と、引き換えに、私はここに住まわせてもらってる。

 だから、家賃の代わりにここをキレーにしとかないと、ひょっこり父が現れたとき困るのだ。

 ま、今となってはその掃除も日課となり、ジャージ姿の私に住人たちは変な顔一つしない。

 そんな早朝から、滅多なことでは会わないんだけどね。

 アパート(メゾン・ド・レミー)は全部で9部屋。

 一階ごとに3部屋ずつの3階建てだった。

 部屋は1LDKと1DK。もちろん、トイレ、お風呂付き!さらに洗濯機まで置ける!

 学生が住むには少し広すぎで、家賃もちょい高いけど・・・駅や大学の近くということもあり、なかなかどうして人気だったりする。

 まさに、良い物件!ナイスだ、父さん!

 住人は単身赴任のサラリーマン、キャリアウーマン、大学院生など。

 今のところ、これといった隣人同士のゴタゴタはない。まず安心だ。

 で、私こと清原きよはら咲希さきは、一階の端の1LDKに住んでいる。 

 一人で。

 広いよ、部屋。

 寂しいさ。

 だから、なに?

 隣は去年まで音大生のお姉さまが住んでたんだけど、就職と共に引っ越した。なので、今はいている。

「よしっ。こんなもんかな」

 全ての階の掃除が終わる頃、会社に行くお父様たちが部屋から出てきた。

 私を見ると、朝の挨拶をしてくださる。ありがたやありがたや。

 私もシャワーを浴びるために自室へ戻った。

 掃除用のジャージを脱ぎ捨て、下着も洗濯かごへ。そのまま浴室に入り、お湯を捻る。

 なかなかお湯にならないのがもどかしい。待ってる間が寒いのよね。

 立ったまま、頭からシャワーを浴びる。

 ああ、気持ちいい!目覚めスッキリ。

 シャンプーを付けて、頭を洗って――――――――

「あ」

 唐突にお風呂の方から声がした。

 しかも、男の・・・・

 空耳・・・?まさか―――――――

「あー・・・・・・・風呂?」

 やっぱり声がする!

「だっだれっ?!」

 泡だらけのまま、怖いけど振り向いた。

 すると、そこには見知らぬ若い男――――――しかもかなりのイケメン!の姿。

 なに、コレ?!

 幻覚?!

 なんでこんなとこにいるの?!

 つーか、土足?!

 じゃあ、強盗?!

 お風呂に強盗?!意味わかんない!

 頭の中に、様々な疑問が渦巻くなか、イケメンのお兄さんは見ちゃいけないものでも見たかのように、ぽつりと呟いた。

「誰って・・・・・あぁ・・・・・妊婦か」

 ピシッ

 私の中で何かが切れる音がした。

「けっこう出てるな。何ヵ月だ?」

「産んでたまるか!なにも出てこないわっ!」

 この男が強盗だと思ってたのが吹っ飛んだ。

 怖いを通り越して、今は目の前の男に腹が立つ!

「産まないのか?じゃ、たまご?」

「だから、妊婦じゃないといってるでしょーがっ!」

 叫ぶと私は固定していたシャワーを外し、シャワーヘッドをその男の頭に降り下ろした。

 当たれば、結構なダメージになるはずだった。

 ・・・・そう。当たれば・・・・

ぱしっ

「へっ?」

 あっさりと男は手でそれを受け止めた。しかも、

「妊婦じゃないのか?」

 言うと私のお腹に手を・・・・・って、私、真っ裸じゃん!!!!

「ちょっ・・・!!」

「あ、マジだ。中、いねーや」

 さも驚いた表情の男。

 こんなかっこいい人もいるんだなぁ・・・

 なんて悠長に考えている場合じゃない!

「ちょっと!あんた、何やってんのよ!つーか、いきなりなんでうちのお風呂にいるのよ!不法侵入にもほどがある!泥棒だったら、うちにはなんもないわよ!それとも覗き?!結構なマニアだったりして?!」

「あ~」

 私の剣幕に男は困ったように眉をしかめた。

 どんな顔しても、かっこいい人はかっこいいんだな~

 なんて、思っていたら、「兄貴の野郎」となにやら呟いたかと思うと、まっすぐに私を見た。

 ドキンと心臓が高鳴る。

 いや、だって、彼氏いない歴21年よ? 

 しかもこんなかっこいい人(素性は不明)に見つめられちゃったら、ドキドキするのは当たり前でしょ。

 男は私をまじまじと見て、口を開いた。

「とりあえず・・・・・・・出る?」

「あっ・・・・」

 真っ裸のまま、男の前に立っていたことをすっかり忘れていた私は大バカでしょうか。

 顔から火が出るほど真っ赤になったのは、産まれて初めてだったかもしれない。





 男の名前は天野あまのリュウ というらしい。

 ちょっと鋭いが切れ長の目に、通った鼻筋。

 綺麗な形の唇。ま、要するに見目麗しい顔立ちだ。

 髪は今時珍しい黒。ちょっと長めの前髪は斜めに流している。

 背は180センチくらいありそう。私が立ったら、ちょうど彼の顎おきにはいいかな、ってくらい。 

 中肉中背って感じ。黒いジャケットの下には白いシャツ、黒の革パンって、どこのモデルよ?

 それかアレ?ゲームの世界から出てきました感?

 なんにせよ羨ましい限り。


 私は服を着たあと、男に悪意がないと分かると、リビングのソファーで事情聴取をしていた。

 一糸纏わぬ姿を見られた後だったので、めちゃめちゃ恥ずかしかったが、天野くんの態度が全く変わらなかったので、内心ホッとしていた。

 私の裸を見ても、何にもしなかったし・・・もしかしたら、アレなんじゃない?

 こんなイケメンで、殿方がお好きだったら・・・まさしく漫画の世界!

 ま、私はそういうのは見ないけど。

「で?なんでお風呂にいたの?」

「知らない」

「どうやってうちにきたの?」

「秘密」

「目的は?」

「秘密」

 会話が成り立たなかったりする。

 そのとき、天野くんはどこかからメモを取りだした。

 ミミズが這ったような跡みたいなのが書かれているだけで、私にはさっぱり。

「これ、なに?」

「兄貴に渡されたメモ」

「メモ?ただの線じゃないの?」

「ちゃんとした文字」

「ふ~ん。じゃ、コレは?」

 言って、私は適当にミミズの這ったような文字を真似る。

 それを見て、目の前の彼がくっと笑った。

「マジ?」

「なにが?」

 ニヤニヤする天野くん。

 反対に私はキョトンとしている。

 ただ、波線なみせんを書いただけなんですけど、なにか?

「これ、『俺とヤりたい』って書いてあるんだけど?」

「は?」

 しばしの間。

「ま~たまた、適当なこと言って。波線だよ?」

 と、また別の波線を書く。

 今度は荒々しく書いてみた。すると、

「『激しく突い・・・』」

「もういい!ごめんなさい!」

 真っ赤になった私を見て、天野くんはくすくす笑っている。

 もしかして、からかわれた・・・?

「あんた、おもしろいな」

「・・・それって、誉めてるの?けなしてるの?」

「ま、半々かな」

 言い、男はニヤリと笑った。

 清原きよはら咲希さき。それが私、って前にも言ったっけ。

 大学の三回生。 

 身長は160センチもない。

 ミディアムの髪は少し茶色に染めて、ゆるいウェーブをかけている。

 体重は・・・ま、あいつが私のことを『妊婦』と間違ったことから、お分かりだろう。

 そう、今、静かなブーム到来|(かは分かんないけど)の『ぽっちゃり系女子』なのだ。

「でさ。天野くん。どうしてお風呂にいたのか、もう一回説明してくれない?」

「だ~か~ら~」

 話をまとめるとこういうことらしい。

「気がついたら、そこにいた」

 ・・・・まとめるまでもなかった・・・・

 私はため息をついた。

「あのね~。私、ちゃんと確認したよ?玄関には鍵かけてたし、窓もちゃんと閉めてたし。いきなり現れるなんて、おかしいでしょ。ならなに?異世界と繋がったとか?今、流行りの異世界トリップ?パラレルワールド?」

 天野くんは私の言葉に「なるほど」となにやら一人納得し、

「ま、そんな感じ」

 と、適当に相槌を打つ。

 こんなちゃらんぽらんな答えなのに、いかんせんイケメンなもんだから、妙に説得力があったり・・・って私の勘違いか。

 あ~、後ろにバラを描いたら少女漫画だわ・・・

「で、そんなことは置いといて」

 あ、そんなこと、なのか・・・いいのか?それで。

 いや、よくないだろ、フツー・・・

「ココってあんたみたいのがいるのか?」

「は?」

 意味不明なんですけど・・・?

 私は(まばた)きを数回した。

 天野くんは「言い方間違ったかな・・・」と呟いたあと、

「ココの女って、みんなあんたみたいな感じかって聞いてるんだけど?」

 まだ意味分かりません。

 彼はため息をつくと、

「・・・・みんな妊婦なわけ?」

 ・・・・・・ミンナニンプナワケ・・・・・・

「んなわけあるかーーー!!」

 私が叫んだのはだいぶ時が経ってからだったように思う。

 前にも言ったが、私は『ぽっちゃり系女子』であって、決して妊婦さんではない!

 さらに言うと、そんな妊婦になるような経験も体験もまだなんもかんもしていないのである!

「あっ天野くん!失礼にもほどが――――――――」

「やっぱ、女はいるのか・・・・・」

 私の抗議の声を全く無視し、天野くんはローテーブルに肘を置き、長いため息をついた。

 か・・・・かっこいい・・・・

 勝手に怒気が抜かれていく。

 私ってば単純といえば単純なんだろうけど・・・

 にしても、目の前にカーペットの上であぐらをかいてるやつは、何なの?!

 ムカつくにもほどがある!(かっこいいのはひとまず置いといて)

「めんどくせーな。でもこいつは・・・なんかだし・・・仕方ない、か」

「・・・なんか、とはなによ?なんか、とは」

「あ?」

 天野くんは私を上目遣いで睨んだ。

 こわっ!

 なんか、怖いんですけど?!

「あんた見てるとさ、プータっていう動物思い出すんだけど」

「はぁ」

「じゃ、あんたはプーだな」

「は?」

「決定」

 なんか、あだ名を勝手につけられました・・・

 意味不明の名前なんですけど・・・

 実在するんでしょうか?

 天野くんは、しばらく考えていたみたいだが、やおら口を開くと

「なぁ、女、いるとこ知らないか?」

「・・・・なんで?」

 まじまじと天野くんを見る。

 誰か探している・・・・わけでは無さそう。

 でも、この発言で天野くんはフツーの男だと言うことがわかった。

 でも、こんなイケメンなんだから、女の子には不自由しないだろうに・・・

 まてよ、もしかして、あれか?頭の中がパラレルワールドだから、逆にモテないのか?

「おい」

 いきなり風呂場から現れたんじゃなくて、実はずっと隠れてたんだとしたら・・・・

「ただのヘンタイじゃん!」

「誰がだ」

 あ、しまった。つい、声に出しちゃった…

 私は曖昧に笑うと、

「え~っと・・・・なん、だっけ?」

「・・・・・ナニ考えてた?」

 じと~っと私を睨む。

 私はあらぬ方を向いて、

「さ~てと、来週のサ○エさんは・・・」

「おい。プー」

 名を呼ばれた。そしてまた、恐い瞳で睨まれる。

 冷や汗が背筋を伝った。

「誰がヘンタイだって?」

「なんのことでしょう?」

 目線は合わせぬまま、私は答えた。

 目の前のイケメンくんは、優雅に足を組み直し、

『激しく突いーーー』

「ごめんなさい。私が悪うございました」

「わかればよろしい」

 言うとにっこりと笑う。

「お前、おもしろいな」

 これが、私と天野くんとの出会いだった。




主役の咲希ちゃん登場です。


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