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第9話 ハンシンとブレスレット

 カーテンの隙間から朝陽が差し込んでいる。

 大きく伸びをしたとき、くすっと笑う声が聞こえた。

 瞬時に昨日の記憶が甦る。

 そうだった・・・昨日は・・・

「おはよう。よく寝てたな」

 ギクッとして隣を見ると、爽やかな笑みの天野くんが私を覗き込んでいた。

「なかなか寝られなかったみたいだな」

「・・・・」

 誰のせいだと・・・

 私が批難の声を上げそうになったその時、

「擦りよってきた咲希、可愛かったぜ」

!!

 口を開けかけて、私は何も言えなくなった。

「このまま襲ってやろうかって思ったくらい」

 きっとまた真っ赤になってるだろうことは、容易に想像がついた。

 天野くんは横向きになり、肘をついた。

「ま、俺も慣れるしかないな。これから毎日添い寝してやる」

「は?」

「抱いて寝てやるから」

 上から目線なのはなぜ?

 いや、そんなことはさておき(いいのか?)、これから毎日添い寝だと~?!

「ちょっと!それは・・・・」

「もしくは、風呂を一緒に―――――――」

「添い寝いたします」

「分かればよろしい」

 くつくつと笑う悪魔。

 くそぅ!

 朝から不機嫌になったわ。

 私はベッドから抜け出した。

 後ろから「もうちょっといろよ」と言われたが無視。

「着替えるから見ないでね」

「・・・裸、見てるけど?」

「うっさい!」

 この寝室に洋服タンスは置いている。

 ちなみに、天野くんの服なんかも置いてあったりする。

 服を持ってリビングへ。

 扉を閉めて、さっさと着替えた。

 とたん、天野くんが扉を開けた。

 しかも上半身裸で。

「もう着替えたのか」

「・・・悪い?」

「なんか怒ってないか?」

「誰のせい?」

 ギロリと睨むと、「さあ」と肩をすくめられた。

 近くにある服を身に付ける。

「もうちょい服でも買うかな。今日、大学休みだろ?付き合えよ」

 なんで大学休みなの知ってるんだ・・・?

 私のスケジュール・・・筒抜けなのはなぜ?

 つーか、命令だよね、それ。

 私には拒否権というものが存在しないんでしょうか?

 私は分からないように小さく息を吐き、「分かった」と頷いた。

 天野くんが少し寂しげに見えたのは気のせいだったんだろうか。



 秋物バーゲンセールということで、郊外のアウトレットに行ってみた。

 土曜ということもあり、かなりの人、人、人!!

 土日はあえて、人の多いところを避けていた私は久しぶりの人の波に酔っていた。

「なぁ、これでいいか?」

「・・・いーんじゃない?」

 適当に相槌をうつ。

 なに着ても似合うんだから、なんでもいーじゃん。

 天野くんの手に取った服を見ていなかった私に、珍しく彼が不思議そうに首を傾げた。

「女って、大抵嬉しそうに何時間もかけて買い物とかするイメージなんだけど・・・・この国の女は違うのか?」

「あぁ・・・たぶん、そのイメージ通りだと思うよ」

「・・・お前は?」

「・・・ちょっと人酔いしただけ。ダイジョーブ」

 言い、右手をヒラヒラさせた。

 睡眠不足が原因か?

 休めばたぶん、ダイジョーブ。

 ってゆーか、本音は早く帰りたいけど・・・

 ああ、久しぶりにゲームがしたくなってきた。

 天野くんは眉間に皺を寄せたかと思うと、店の外で待っとけと言い放ち、レジに向かっていった。

 どうやらお買い上げらしい。

 私は言われた通りに店の外で壁にもたれて待っていた。

 と、

「どうしたの?辛そうだけど・・・ダイジョーブ?」

 明るい声に私は目線を足元からその声の主へ動かした。

 目の前には、赤茶の髪のイケメンが少し屈んで立っていた。

 私はあからさまに顔をしかめた。

 左耳にはピアスが、1,2,3,4つも!

 しかもなんかチェーンで繋がってるのもあるんですけど!

 なんでしょ。アレは。

 アリンコの洗濯物でも干すんでしょうか?

「一人?オレが送ってやろーか?」

「・・・結構です」

「でも辛そうだよ?」

「結構です」

「オレんち近くだからさ、ちょっと休めば?」

 言うなり、私の肩に手を回してきた。

 ざわっと全身の毛が逆立つ。

「ちょっと!やめ―――――――」

「なに、してんだ?」

 私が全てを言い終わらぬうちに、凄みのある低い声と共に私はぐいっと引っ張られた。

 目の前には濃い緑のニットが広がっている。

 どうやら、ピアス男からかばってくれたらしい。

「こいつに何やってた?」

 天野くんの顔は私からは見えないが、声からして怒っているのが分かった。

「いや、ちょっと、気分悪そうだったから、声を――――って、お前は・・・・」

 ピアス男はそう言ったきり口を利かなくなった。

 天野くんはというと、

「・・・なんでテメーがここにいるんだよ」とさらに不機嫌になっている。

 あれ?

 知り合い?

 私は天野くんの脇からちょこっと顔だけ出した。

 ピアス男は困惑していた。

 明らかに、天野くんを見て、動揺している。

「あ、天野くん。・・・知り合い、なの?」

 ちょいちょいとニットを引っ張ると、天野くんは苦々しげに「あぁ」と頷いた。

「こいつ・・・トカゲ族」

「あ、バレてんのか」

 にへらっと笑うピアス男。

 こいつがトカゲ族だって~?!

 え?

 なんで、ここに~?!

 一体何人あちらから来てるんだ~?!

「へぇ~。お前も来てたとは知らなかった」

「・・・そっくりそのままテメーに返すよ」

 天野くんのオーラがいつもと違う気がする・・・

 声のトーンも違うし・・・

「いつ来たんだ?」

「知ってどうする」

 会話が成立してないし。

 ピアス男は肩をすくめた。

「あ~あ。これだから、ドラゴン族は扱いにくいんだよな~」

「・・・トカゲが言うか?シッポ切って逃げるだけが得意なだけだろ」

「さあね~」

 ピアス男はまたにへらっと笑った。

 そして、私を見て、

「ってわけでさ、こいつやめてこっち来ない?」

「は・・・?」

「おい。殴られたいか?」

 ざわざわと天野くんの髪が風もないのに揺れている。

 ま、まずいよぉ~。

 こんなとこで変身しちゃったら・・・

 トカゲ男はそんな天野くんを見て、ニヤニヤ嫌な笑みを広げている。

 今にもその口から舌が出てきそう・・・

「なにキレちゃってるのかな~?そんなにその子が大事なワケ~?もう『半身』を見つけちゃった~?」

 ピクリと天野くんの身体が強ばったのが分かった。

 ハンシン?

 阪神?

 まさかね(笑)

 天野くんは必死に力を押さえつけようとしてるみたいに見えた。

 拳の血管浮き出てるし・・・

 でもトカゲ男は尚もネチネチ攻撃してくる。

「その様子からすると、その子は『半身』じゃないみたいだし?なら、オレが頂戴してもいいんじゃない?」

「黙れ!」

 天野くんの身体が小さく震え出した。

「覚悟しろよ」

 そして、またあの変化が――――――ってダメ!!

「ザイツァル!ダメ!」

 天野くんの背にくっつき、私は咄嗟に叫んでいた。

 もう必死だった。

 こんなに人が大勢いるとこで、ドラゴンに変身しちゃったら、大パニックになる。

 それこそ死人が出るかもしれない。

 それだけは避けたかった。

 天野くんを後ろから抱き締める。

「ダイジョーブだから・・・落ち着いて」

 私の声がその耳に届いているのかいないのかは分からなかった。

 ただ、天野くんの身体から力がすっと抜けたような気がした。

「・・・・・早く消えろ」

「あ~あ。残念。せっかく面白くなりそうだったのに~」

 トカゲ男は小さく舌打ちすると、天野くんの背にくっついている私を見た。

「『半身』じゃないくせに・・・。ま、いっか。またね、お嬢さん」

 投げキッスひとつ、ピアス男は雑踏の中に溶けていった。

 な・・なんだったのよぉ・・・あいつ・・・

 しばし、呆然とトカゲ男が消えていった方を見ていた私の頭上から、コホンと小さな咳払いがした。

 そして、

「抱き締めてくれるのは嬉しいんだけど・・・もういいか?」

「は?えっ・・・?あ・・・?」

 いつの間にか力いっぱい天野くんの腰に抱きついていたらしい。

 端から見たら・・・コアラだろうか・・・

 慌てて手を離し、ごめんと俯いた。

「お前が謝るなよ」

 苦笑混じりに言う天野くん。

 彼は長い息を吐いた。

「ちょっと話さないか?聞きたいこととか・・・あるだろ?」

 私はこくんと頷いた。





 ショッピングモールの中にあるカフェに入り、それぞれ注文したものが届いた後、私は静かに尋ねた。

 あのトカゲ男はなんなのか。

 なにしに来たのか。

 ハンシンとはなんなのか。

 他にもなんたら国からワープして来たヒトがいるのか。

 天野くんはブラックのコーヒーを一口すすると、

「あいつの目的もおそらく同じ」だと言った。

「トカゲ族も似たような境遇だから、おそらく女を探しに来たんだろう」

「女って・・・お嫁さんでしょ?」

 私の言葉に天野くんは「まぁな」と頷いた。

「それが『半身』。自分の片割れみたいなもんかな」

「あぁ、なるほど。それで『見つける』になるのか・・・。ん?何か目印でもあるわけ?」

「・・・ああ」

 天野くんはあまり言いたくは無いようだったが、ポケットから青い宝石のついたブレスレットを取り出して見せた。

「これと同じもんを持ってる・・・らしい」

「らしいって・・・分かんないの?」

「飛ばされたのは俺は初めてだからな」

 言うとまたコーヒーを飲む。

 私は「ちょっと見せて」とそのブレスレットを手に持った。

 青い宝石はキラキラと輝いている。

 エメラルドでもないし、トパーズとかでも無さそう。

 試しに手首にはめてみた。

 と、何かが頭の片隅を掠めて消えた。

「うん?」

「どうした?」

 思わず声に出していたのか、天野くんがカップから口を離し、訊いてきた。

 私は「ちょっと」とだけ言うと、またブレスレットをしげしげと見つめた。

 何だろう・・・どっかで見たことあるような・・・?

 私がずっとブレスレットとにらめっこしてる間、天野くんは「ああ、そうだ」と思い出したように口を開いた。

「なぁ、俺の本名・・・誰に聞いたんだ?」

「え?」

 視線をブレスレットから天野くんに戻す。

 天野くんはやや顔が赤いような気がした。

「・・・ザイツァル・・・って、呼んだだろ」

「・・・私が?」

「覚えてない、のか?」

 私はう~んと考えた。

 確かに天野くんが変身しそうだったから、何かしなくちゃと思ってたけど・・・

「・・・呼んでた?」

「ああ。だから驚いて・・・正気に戻った」

 ありがとな、と天野くんは笑った。

「何とかしなきゃって思ってたから・・・咄嗟に叫んだのかな?本名のほうが効くかもって考えたのかも」

「すげー効いた」

 優しく微笑む天野くん。

 キレたときとはまるで別人のよう・・・

「で?誰から聞いた?」

「えっとね、冷蔵庫くん」

「なるほど」

 笑顔のままで、天野くんは頷いた。

 でも先程の穏やかさは微塵もない。

 何かどす黒いオーラを感じますが・・・?

「あ・・天野くん?なんか・・・怒ってる?」

「まぁな。機械が勝手にご主人様の本名を人に教えるなんて有り得ないってだけだ」

「そ、そうなの?」

「ああ。まずないな」

 頷くと、空のカップをソーサーに置いた。

 その表情から何か考え事をしているらしいことが分かった。

「あ、天野くん?もしかして、冷蔵庫くんをどうにかしようなんて、思ってないよね?」

「なんで」

 ギロリと睨まれた。

 目付きが怖くなってますよぉ!

 私はブレスレットをギュッと握りしめ、

「だっ・・だって、冷蔵庫くんは洗濯機ちゃんが好きなのよ?壊したりなんかしたら可哀想よ・・・」

 天野くんは何も答えない。

 私はさらに続けた。

「それに冷蔵庫くんを改造したのは天野くんだよ?そういう性格にしたのも天野くん。最後まで責任持たなきゃ・・・ご主人様なら尚更でしょ?」

 私を睨んでいた瞳が、少し揺らいだ。

 こいつは何を言ってるんだ、とでも思ってるんだろうか。

「・・・冷蔵庫くんは・・悪くないよ・・・」

 ぽつりと呟き、私はミルク入りコーヒーを飲んだ。

 目の前に座る天野くんは、頬杖をついて、何やら考えているようだった。

二人とも無言のまま、どれくらい経っただろう。

 長い溜め息の後、天野くんはやっと口を開いた。

「やっぱり、お前は・・・・バカだな」

「は?」

 どうして、どうやったら、私がバカという結論に達するのか?

 私が目を点にしていると、天野くんはフッと笑った。

「フツー、機械を(かば)ったりしないんだぜ?」

「そうなの?」

「ああ。規則があってな。あいつも分かってたと思うんだけど・・・。タブーを犯した時点で処分だな」

「処分・・・」

 じゃあ、やっぱり・・・ 

 冷蔵庫くんの運命を知り、私は暗い気持ちになった。と、

「ばーか。そんな顔すんな。あいつは処分しねーよ」

「ほんと?」

 思わず伏せていた顔を上げて、天野くんを見る。

「あいつがお前に教えてたおかげで、俺は正気に戻れたんだ。今回は特別、だな」

「良かった・・・」

 思わずほっと胸を撫で下ろした。

 冷蔵庫くんのあの軽い口調を思い出した。

 彼ならきっと、「プーちゅわ~ん、サンキューで~す」とでも言うのだろうか。

 口許が緩んでしまう。

 コーヒーカップを口につけたとき、天野くんと目が合った。

 目が笑っている。

 な・・なんだろう・・・?

「そんなに、あいつが気に入ってるのか?」

「気に入ってる・・・というか、友達みたいな感じ?」

「ま、なんでもいいけど」

 言うと、天野くんはクスクスと笑った。

 私には何がそんなに面白いのかワケがわからず、冷めたコーヒーを黙々と飲むしかなかった。




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