夜だけの友達
満月が浮かぶ夜俺はいつものように木の上に寝転がっている。
そして零時手前になるといつものように来るんだ……。
「ヴァン今日はどんな夢を見ていたの?」
木の根元から小さな声が響く。
俺は目を覚まして木から降りていく。
「今日は……お前に助けられた時の夢だ、巫」
黒い長い髪の女は降りてきた俺を見てにこりと微笑んだ。
あの時の事を思い出しているのか少し頬を赤らめながら「懐かしいなぁ」と呟く。
アレから十年の時が経っているからもう長い付き合いだ。
「私さ……あの時すごく不安定だったの。お母様が死んでしまっていて、周りの大人の目が怖かった。私は巫女だから私の事を欲する人が多かった。いつ何をされるか解らなかった、お父様もいなくて味方になってくれる人は誰もいなかった」
そんな話は初耳だった。
だがその話でようやく納得した巫が死にそうな俺を助けた理由が。
心細くてそして誰かが死ぬことを怖れていて、それで命を救った俺に恩を着せて何とかしてもらおうとしたのか。
「でもね、今はもう大丈夫なんだよ。私は子供じゃない十八になって全権を手にしたから。それに身体は弱くても霊力は高いから」
「そうか」
俺が簡潔に答えるが巫は微笑みを崩さない。
昔はなんでそんな冷たいのって泣かれたが、俺が無駄に言葉を多くするのを嫌っていると話したところ何とか泣き止み、その後何年かかけてようやく理解してもらった。
俺は多くの言葉を使って語ることを好まないということを。
「ねぇ、ヴァン……今日も連れてって」
「わかった、お前は相変わらず好きだな、あの場所が」
「うん大好きだよ。だってヴァン好きでしょ。あそこにいると口数多くなるし」
違うと否定しようとしてやめた。
なぜと聞かれたら答えに困るからだ。
それに俺には……こんな感情を持つことなんて許されないだろうしな。
俺は巫を両手で抱えて跳んだ。
木々を跳び渡り川を越え町を超えて着いた山。
そこには一部だけ平面になっていて町を一望でき辺り一面に色とりどりの花を咲かせている巫のお気に入りの場所。
「ここは綺麗だよね……」
「そうだな、人々の手に脅かされていない、自然の景色だ」
人はこのような綺麗な場所を切り崩し町を作り、文化を発展させる。
文化の発展聞こえだけは良いが人ではない俺には疑問しかない。
なぜこのような……化物である俺ですら消したくはないと想うほど美しい場所を消すのか微塵も理解できはしない。
「ねぇ、ヴァン……私、今がとっても幸せ。ヴァンの傍にいるときは私普通の女の子なの。月の巫女でもなければ一族の跡取りでもない」
「そうか」
「本当にヴァンったらそんな反応しかしないのね」
巫はもみあげをいつもの気品を感じさせる動作で耳にかける。
だが、俺はそう答えるしかないんだ。
俺に幸せを感じる権利なんか……。
「ないわよねぇ、私を不幸にしたんだから」
「巫逃げ……!?」
その瞬間には巫が血を流していた。
「どうしたのかしら昔のあなたなら反応してたわよ。それどころかその女の子を助けながら反撃で私を殺してた。腕……訛ってるって話本当のようね」
「ルナ!!!!」
俺は怒りに巫を傷つけた女を睨みながら声を上げる。
「ヴァン……私は…いから。逃げ……て」
巫が俺のズボンの裾を握って涙を流して掠れた声で言う。
俺は巫を仰向けにして寝かせる。
なぁ、巫。お前さ無茶言うなよな……。
「おい、ルナなぜこんなことをした?」
「なぜって、決まってるでしょ……たかが人間のくせに月の神様の男を盗ろうとしたのだから」
今の俺は怒りで逃げる事なんて選べない!!